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人事考課とは、企業が従業員を一定の基準をもとに評価し、賃金や昇進等に反映させる制度のことです。うまく活用することができれば、従業員のモチベーション向上等の効果が望めるため、導入を検討する企業が増えてきています。一方で、一歩間違えば目標市場主義になってしまう可能性や、従業員の不公平感・企業への不信感を生む恐れがあります。今回の記事では、人事考課を導入する目的やメリット、具体的な評価基準や評価フロー等をご紹介します。
人事考課とは、具体的にどのようなことを意味するのでしょうか。人事考課の意味や目的、人事評価との違いをご紹介します。
人事考課とは、業務に対する貢献度や業績、能力などさまざまな指標から一定の基準をもとに企業が従業員を評価し、給与や賞与、昇進等の人事に反映させる制度のことです。人事考課は単に従業員の賃金等を決めるだけではなく、他にも目的が2つあります。1つ目は、目的意識と成果の可視化です。人事考課を導入することで、会社としての方向性や従業員に求めているのを示すことができます。2つ目の目的は、従業員のモチベーション向上です。仕事におけるモチベーション向上のためには「自分の成果を認めてもらえている」という達成感が重要ですが、人事考課で従業員の頑張りを評価する基準を明確にすることで、モチベーションが上げやすくなります。
人事考課とよく似た言葉として知られているのが、“人事評価”です。両者には類似点が多く区別せずに使用されているケースもありますが、評価結果の扱われ方が違います。人事考課では主として給与等に反映されますが、人事評価では従業員の能力開発や人事異動の参考としても使われています。人事考課と人事評価では、人事評価の方が広義の意味を含んでいると言えます。
企業が人事考課の導入を検討するとき、まず知っておきたいのがメリットについてです。人事考課を導入することで期待できるメリットをご紹介します。
人事考課を導入するメリットの一つは、企業と従業員の信頼関係の向上です。昇給や昇進の可能性を明示することで、従業員は自分が企業の中で何を求められているのかを具体的に知ることができます。また、従業員の行動に対する評価を適切にフィードバックすることで、「日頃の業務を見てもらえている」という安心感と帰属意識が生まれ、信頼関係の向上にもつながります。
人事考課には、従業員のモチベーションと生産性の向上にもメリットがあります。従業員は自らの行動や成果によって給与や待遇の改善が見込めるため、モチベーションの向上につながります。また「頑張れば評価される」と従業員が認識することで自発的な改善が促され、生産性の向上も期待できます。
人事考課を導入することで、従業員のスキルを把握することができるため、一人一人の課題やどのようなスキルが不足しているのかを明確にすることができます。その結果をもとにした研修プログラムの策定やスキルアップ制度の検討等、今後の人材開発に役立てることができます。
給与等を決めるために行わる人事考課に関しては、原則的に企業側に裁量権が広く認められていますが、評価方法等によっては例外的に違法と判断される場合もあります。違法とならないための注意点をご紹介します。
法律上禁止された差別に基づいて行われた評価は、違法です。国籍や社会的身分、組合活動、性別等を理由とした差別等がこれに該当します。これらの差別に基づく評価は、絶対に行わないようにしましょう。
労働契約法第3条5項に記載がある「濫用」に当たる場合も、違法となります。人事考課に基づき著しく均衡を失する賃金や待遇等が決定されたときや、制度の趣旨や手続きに反した不適切な運用が行われたとき等に、人事考課権の濫用と判断されます。人事考課権の濫用が訴訟に発展するケースも多いため、注意しましょう。
人事考課に関する就業規則等の定めに反する評価をした場合も違法になります。評価は就業規則等の従業員との契約内容に則って作成し、それに反した評価は決して行わないようにしましょう。
実際に人事考課を行う際に基準となる3つの軸をご紹介します。
人事考課の重要な判断軸の一つとして、成績が挙げられます。一定の期間で目標に対してどの程度達成できたのかという観点で、従業員を評価します。KPIなどの定量的な業務成績だけでなく、成績の過程となる定性的な取り組み姿勢も評価の対象となる場合があります。
従業員が持つ能力も、人事考課の評価軸の一つです。成績が同程度でも、完遂のための過程が難しい業務を担当した従業員により高い評価を与える傾向があります。「元々持っている能力を発揮しているか」という観点に加えて、資格取得等による新たな能力の習得を推奨・評価する場合もあります。
人事考課では、成績や能力だけでなく情意も評価軸の一つです。情意というのは、周りに対する接し方、対応の仕方などを指します。これらを、従業員の評価として参考にすることもあります。自己評価や上司からの評価だけでなく、同僚や部下の評価も加味されるのが一般的です。
企業に対する貢献の仕方は、職務や部署によっても大きく異なるため、人事考課の3つの判断軸のウエイトも役職や部署に応じて設定する必要があります。結果が求められる管理職に対して、成績で判断するウエイトを上げていくとよいでしょう。また営業や製造といった成果の見えやすい部署・職種であれば成績で判断するウエイトを、総務や経理といった成果の見えづらい部署・職種であれば成績だけではなくそれ以外のウエイトを高めることも重要です。
人事考課では、相対評価ではなく絶対評価を行うことが重要です。部署内の複数人と比較する相対評価は公平性や客観性に欠け、従業員個々の評価を正しくするのが難しくなるという傾向があります。人気のある特定の社員だけ高く評価されるといったことが無いように、明確な評価基準に基づいた絶対評価を行いましょう。
職種によって業務内容が異なるため、成績に基づく人事考課を行う場合には、その職種の特徴に基づいた目標項目を設定する必要があります。いくつかの職種を例に、目標項目の立て方をご紹介します。
営業職は、数値目標を立てやすい職種です。販売目標の達成や新規顧客の獲得、収益性の高い商品の拡販、新規商品の拡販などの項目・・・などイメージがつきやすいと思います。具体的な金額や件数を目標項目に設定するとよいでしょう。
事務職は比較的、数値目標が立てづらい職種です。数値目標を立てにくい場合には、自身のミッションに対する達成率で図る場合が多いと言えます。また、期日を目標とするのも効果的です。受発注業務の精度向上や業務の効率化、マニュアルの作成、消耗品代の削減、事務系の資格取得等を目標項目にしましょう。
技術職の場合には、予定していた計画の完遂と開発コストの削減を目標項目に設定するのが効果的です。開発を納期どおりに行えたかどうか、業務効率化や外注先の変更等で開発にかかる人件費を削減できたかなど、確認できるような目標を立てましょう。
医療や介護職の場合には、利用者やその家族への対応、介護計画の策定、事故防止に向けた取り組み等を目標項目に設定しましょう。また、技術向上に向けた取り組みや新たな知識の習得、利用者やその家族への傾聴力等を評価するのも効果的です。
能力に基づく人事考課では、以下の3つの能力に着目して評価を行います。
●保有能力:
業務を遂行する過程で必要となる知識や技能等、成果を生み出す源となる能力のこと。具体的には、専門知識、業務処理、企画立案、推進力、責任感、持続性、ストレス耐性等が該当します。
●発揮能力:
保有能力を実際に発揮するのに必要な能力のこと。能力を保有しているだけでは意味がなく、能力を発揮してこそ成果につながると考えられています。
●潜在能力:
評価する時点では可視化できないが、今後現れてくると考えられる能力のこと。従業員の将来性に期待する根拠となります。
この3つのうち、特に重視されるのは保有能力と発揮能力です。保有能力と発揮能力は、会社の方針や理念、事業目的等に合致しているかどうかも重要になるため、定期的に見直しましょう。潜在能力は判断するのが難しく、今後の業績に影響するかどうかが不明確なため、企業によっては判断基準に含めないところもあります。
情意に基づく人事考課では、以下の4要素に着目して評価を行います。
規律性とは、企業のルールを遵守し、上司の指示に従うことです。従業員は企業という組織の一員で、ルールに従うことが求められるため、人事考課の際には規律性に着目する必要があります。従業員にルールや慣習を守ろうとする意識があるのか、守るための行動を実際に行っているのか等を評価しましょう。
責任性とは、与えられた役割を責任をもって最後まで成し遂げることです。従業員には役職や入社年数に関わらず任された業務を遂行する責任があるため、人事考課では責任性も評価対象とされます。担っている役割をこなそうとする態度と実際の行動を評価しましょう。
積極性とは、現状に満足しない上昇志向をもつことです。企業の成長のためには従業員一人一人が指示を待つだけでなく自ら仕事を見つけようとする姿勢が求められるため、人事考課では積極性も評価します。自ら仕事を作っていこうとする姿勢があるか、新たな可能性にチャレンジしようとする意欲があるか等を評価しましょう。
協調性とは、メンバー同士で協力して業務に取り組むことです。日本の企業では「和」を重んじる傾向が見られるため、仲間とうまく付き合っていけるかどうかも人事考課で評価する要素とされます。仲間と協力しようとする態度が見られるか、価値観の違いがあっても相互理解をしようとする姿勢があるか等を評価しましょう。
人事考課は人が人を評価するものなので、論理的に考えようとしてもどうしても感情が働いてしまい、正しい評価が行えないという人事考課エラーが発生する可能性があります。
人事考課を行う側が個人の好き嫌いをもとに評価を変えるという意図的な人事考課エラーは問題外ですが、気をつけたいのが日頃の考え方や判断の癖によって生じる無意識の人事考課エラーです。実際にどのようなエラーが発生しやすいか理解しておきましょう。
ハロー効果とは、ある一つの評価項目を高く評価した場合、それ以外の項目でも良い評価をつけてしまうことです。ハローは英語で「後光」という意味ですが、後光の眩しさに目が眩むと他の景色が見えなくなってしまいます。これと同様に、従業員の優れた一面の印象に引っ張られる形で、他の評価項目も同様に高い評価になってしまう可能性があります。
第一印象効果とは、評価結果が従業員の第一印象に影響されてしまうことで、ハロー効果と似た効果と言われています。第一印象と実際が違うということも多いため、第一印象は必ずしもその人の能力等を正しく評価できるものではありません。
先入観によるエラーとは、「性別」、「学歴」、「年齢」などのスペックに影響され、先入観に基づいた評価を行ってしまうことです。先入観に引っ張られると、その人物自体の能力を正確に把握することができないため、正しい評価が行えない恐れがあります。
親近感によるエラーとは、評価とは無関係のことで従業員に親近感を抱くことで、つい甘い評価をしてしまうことです。出身地や出身校、趣味等が共通していると、つい親近感をもって本来の評価以上に高く評価をしてしまうことが懸念されます。
帰属によるエラーとは、従業員の行動以外の外的要因を必要上に大きくまたは小さく捉え、それを評価に反映させることです。例えば、「成績が良かったのは、景気が良かったからだ」といった認識をもってしまうと、必要以上に厳しい評価をしてしまう恐れがあります。
近時点効果によるエラーとは、従業員の最近の働きぶりだけを考慮して、評価を決めてしまうことです。本来は対象期間全体を通じての評価を行う必要がありますが、最近の成功や失敗の印象が強く残っていると、それだけに基づいた評価をしてしまうことが懸念されます。
対比誤差とは、企業の定めた評価基準ではなく、自分と評価対象の従業員を比べて評価をしてしまうことです。自分の得意としている分野が従業員の苦手な分野であったり、逆に自分の苦手な分野が相手の得意な分野であったりすると、必要以上に低い評価または高い評価をつけてしまう恐れがあります。
厳格化傾向とは、どの従業員に対しても全体的に厳しい評価をしてしまうことです。管理者としての責任感が強い場合や人に厳しい性格の場合、厳格化傾向が現れやすいとされます。評価する側の能力が高いときにも起こりがちなエラーです。
寛大化傾向とは、厳格化傾向とは逆に、どの従業員に対しても全体的に甘い評価をしてしまうことです。評価対象の従業員への配慮等がその原因とされます。「評価はするけれど、相手に好かれたい」、「評価しないといけないが、仕事ぶりを把握していない」といった場合、寛大化傾向になりがちです。
中心化傾向とは、どの従業員に対しても無難で平均的な評価をしてしまうことです。評価対象の従業員の反感を買いたくない場合や、自分が評価を下すことに自信がない場合、中心化傾向が起こりやすくなります。このエラーが生じると従業員の評価が中央値に集中するため、人事が最終的な判断をしづらくなるという副次的な影響も懸念されます。
論理的誤謬とは、評価項目についての理解が不足していることが原因で、自らの理屈に基づいた評価を行ってしまうことです。そもそも評価基準を正しく理解できていないため、下した評価も当然歪んだものになってしまうという問題があります。
人事考課を導入する際には、どういった手法で評価するかを決めておくことも重要です。人事考課の5つの手法を紹介します。
360度評価とは、上司や部下、同僚といった複数人によって、従業員を多面的に評価する手法のことです。上司が評価する従来の評価制度とは異なり、普段一緒に仕事をする同僚や部下も評価するというのが、360度評価の大きな特徴です。複数人が評価するため公平性や客観性が高まり、評価される従業員も自分への評価に納得しやすくなるというメリットがあります。本人の認識と周囲の評価のギャップが明確になることで、具体的かつ客観的なフィードバックができるといった効果も期待できます。
一方、部下からの評価を恐れて上司が適切なマネジメントができなくなる、人間関係が悪化する、評価することに慣れていないとバラツキが生じるといった問題が発生する可能性があります。このため、評価結果を給与等の処遇には反映させない、匿名性を確保する、説明会や研修を通じて従業員全体から理解を得るといった対策を行いましょう。
ポイント制とは、従業員に期待する行動や成果の項目ごとにポイントを設定し、達成するとポイントが付与されるという手法のことです。ポイントが付与される項目はさまざまで、営業で新規顧客を獲得した場合や企業にとって有益な情報をシェアした場合等が対象となります。またポイントが付与されるだけでなく、同僚への感謝としてポイントをプレゼントできるようにしておくと、社内の活性化が期待できます。
一方で、馴染みのない手法なのでなかなか浸透しない、ポイントが容易に付与されると従業員の成長が期待できないといった問題が生じる可能性があります。ポイント制度をうまく活用するには、社内に制度が浸透するまではじっくり時間をかける、頑張ればなんとか達成できるような項目を設定するといった工夫をしましょう。
コンピテンシー評価とは、コンピテンシーと呼ばれる業務の遂行能力が高い従業員に共通する行動特性に基づいて設定された評価項目に従って評価を下すという手法のことです。安定的に良い成績を出し続けるための知識や技術、基礎能力といった行動特性を分析することで、評価基準が明確になるため、評価のブレが発生しづらいという特徴があります。コンピテンシー評価を導入することで、業績や成果につながる、従業員が評価に納得するといったメリットがあります。
一方で、コンピテンシー評価を行う際には正しい手順で進めないと、期待通りの効果が得られないという可能性もあります。まず、各部門で優秀な従業員の行動特性についてヒアリングを行い、各部門で目指すべき優秀な社員像を設定しましょう。ヒアリングが終わったら、評価基準となる項目をまとめます。具体的かつ評価がはっきりできるような項目を設定しましょう。その後、従業員が評価項目を達成するための目標設定を各自行います。評価する際には、自己評価と上司からの評価の他、同僚等からの360度評価をするのも効果的です。評価項目を満たしていればより高い目標を設定し、達成できなかった評価項目があれば原因を分析して行動改善を考えましょう。
プロブスト法とは、業務の遂行に必要な勤務態度や能力等に関する事柄を短文で列挙したチェックリストを作成し、どの項目を満たしているのかチェックを入れていくという手法のことです。チェックリストの項目は規則性がないため、ハロー効果等の人事考課エラーを防ぐ効果が期待できます。一方で、チェックリストに載せる項目の選定に手間がかかるという課題もあります。
段階択一方式とは、評価基準とする要素を決めてから要素ごとに4段階ほどの段階を文章で明記し、最も近いと感じる段階を選んで評価を下すという手法のことです。段階が要素ごとに具体的に書かれているため、評価段階の違いが誰でも理解しやすく、初めて評価することになった場合でも評価しやすいといったメリットがあります。
一方で、各段階を文章で書くので人事考課表の作成に時間がかかる、違いを明確に書く必要があるため人事考課に関する専門知識がある程度ないと作成が難しいといった課題があります。作成にとまどった場合には、段階択一方式での人事考課の資料集等を参考にしましょう。
実際に人事考課の流れ・フローについて紹介します。
人事考課をするときには、まずは従業員の目標を策定することが重要です。従業員と直属の上司が話し合い、両者が納得する目標を策定しましょう。目標を具体的に定めておくことで、従業員は行動に移しやすく、上司は評価しやすくなります。
目標策定の際のポイントは2つです。一つ目は、企業や部署の目標との整合性があるかや、ポジションに見合った目標になっているかを確認することです。もう一つは、複数の目標がある場合には優先順位を明確にし、達成困難な目標であれば面談の場で伝えておくことです。これらのポイントを守ることで、価値のある目標を設定し、従業員の迷いや不安を解消することにつながります。
評価対象期間が終わったら、従業員一人一人が自己評価を行います。業務を振り返り、設定した目標をどの程度達成できたかや、そこに至るまでの過程を従業員自らが振り返ります。自己評価をすることで、目標と実績のギャップが明確になるという効果が期待できます。評価に関係すると思われるエピソードを具体的に伝えたり、イレギュラー対応で日常業務に影響が出た事例について報告したりすることも重要です。
自己評価のコメントを書く際のポイントは、正確かつ客観的に書くということです。何を改善すべきなのかも明確にしましょう。また、従業員に求められていることは職種によっても違うため、それを踏まえた内容を書くことが求められます。
上司は部下による自己評価を受け、個々の目標と実績の差をもとに、評価を下します。個別の目標に対する評価を最初にすることで、全体評価がしやすくなります。評価基準をあらかじめ明確にしておいたり、人事考課エラーを起さないように意識したりすることも重要です。
上司による評価のコメントを書く際のポイントは、何をどれだけ成し遂げたかだけではなく、実現に向けてどのくらいの能力を得たかなども考慮して書くということです。そのためには、部下の日常の様子をよく観察し、目に見えにくい努力も評価できるようになることが求められます。
最終的な評価をもとに、達成できたこととできなかったことを従業員に伝える場がフィードバック面談です。フィードバック面談には、来期以降の目標策定や従業員のモチベーションを高めるといった効果があります。部下を育成、教育する良いきっかけとして活用するのも効果的です。
フィードバック面談をする際のポイントは、2つです。一つ目は、結果を伝えるだけにとどまらず、評価した根拠や今後へのアドバイスを伝えることです。もう一つは、一方的に話すのではなく相手の話も聞く姿勢を見せることです。これらのポイントを守ることで、課題やその原因が明確になり、これからどう行動するかを自ら考え実行に移すことが可能になります。
フィードバック後の人事考課資料の保存期間は、「労働基準法」によって定められています。同法第109条で、「使用者は、労働者名簿、賃金台帳及び雇入、解雇、災害補償、賃金その他労働関係に関する重要な書類を3年間保存しなければならない。」とされているため、法律上決められた保存期間は3年間です。
一方で、資料の保存期間の上限は設定されておらず、人事考課資料は厳重な保管が必要な個人情報だということを踏まえ、社員の退職時まで保存し続ける企業もあります。
従業員が人事考課結果の開示を求めた場合、企業はどのように対応するのが望ましいのでしょうか。結果の開示を前提としていれば問題はありませんが、開示を想定していなかった場合には対応を検討する必要があります。
人事考課の結果は個人情報に該当するため、「個人情報保護法」により開示義務があると思われがちです。しかし、人事考課の結果を開示してしまうと、職場の人間関係等への悪影響を避けるために今後の人事考課で適切な評価をしづらくなることが懸念されます。このため、同法で例外的に開示を拒否できる「当該個人情報取扱事業者の業務の適正な実施に著しい支障を及ぼすおそれがある場合」に該当すると推測されます。同様の規定が、「労働者の個人情報保護に関する行動指針」やそれに関する「行動指針解説」にもあります。従って、人事考課の結果の開示を拒否することは可能です。
一方で、訴訟等のリスクを避けるため、事前に労働組合と協議し人事考課結果を開示しないことを決めておく、開示しない理由を従業員にきちんと説明するといった対応をすることが望ましいでしょう。
人事考課は正しい順序にそって導入を進めることが重要です。人事考課導入時の手順についてご紹介します。
人事考課といっても、さまざまな評価制度があります。このため、まずは企業の理念や現状の課題を再確認し、どういった評価制度を取り入れるのかを検討しましょう。評価制度を検討する際には、時代の流れに従うのではなく、企業にあったものかどうかを考慮することが重要です。
取り入れる評価制度が決まったら、次に何をどう評価するかを明確にしましょう。評価項目や評価基準は、職種や役職によって変える必要があります。従業員が納得し、モチベーション向上につながるような評価基準を策定するようにしましょう。
人事考課の結果を、給与や賞与、昇給などに反映する企業も多くあります。この評価を受けると、等級はこれで、給与や賞与はこうなるといった明確な規定を作りましょう。こうすることで、従業員のモチベーション向上や人事考課への満足度向上が期待できますので、重要な項目です。
人事考課を円滑に進めるためには、評価FMTや評価システムを導入するのが効果的です。評価システムを導入を検討する際には、まず目的と予算、どのように運用したいかを明確にする必要があります。その上で、企業にあったシステムをいくつか選び、見積もりを依頼します。見積もり等をもとに、人事担当やシステム担当、経営陣といった複数名で検討し、導入する評価システムを決定しましょう。
人事考課を導入する際には、従業員からの理解を得ることも重要です。導入前には、従業員へ周知を徹底しましょう。また、評価をする側になる管理職に対する研修も行うようにすると、制度がより運用しやすくなります。
社内への説明が済んだら、ようやく人事考課の運用を開始できます。運用開始後に課題が見つかったら、適宜見直しを行い、企業にマッチした制度へと変えていきましょう。
従業員を評価するのに有効な人事考課ですが、近年ではこれまでのような評価を廃止する動きもあります。アメリカの大企業で始まった、「ノーレイティング」という人材に点数をつけるのを廃止する動きを受け、日本でも人事考課の廃止や見直しを検討する企業が増え始めました。
人事考課には、評価結果によっては従業員のモチベーション低下する可能性や、人事考課エラーを完全には防ぎきれないという課題があります。こういった課題を受け、生まれたのがノーレイティングという考えです。ノーレイティングとは、評価すること自体を廃止するのではなく、S評価やA評価等のようにランク付けする評価を廃止することです。上司と部下が一対一での面談を頻繁に行うことでリアルタイムのパフォーマンスを評価し、フィードバックを行えるという特徴があります。このため、上司と部下の双方が納得する目標設定や評価の実施、成長を実感することによる従業員のモチベーション向上といった効果が期待できます。一方で、頻繁に面談やフィードバックをするため、管理職の負担の増大や過剰なコミュニケーションによる従業員や現場に混乱が生じる可能性もあります。
ノーレイティングはこれまでの人事考課とはやり方が異なるため、急に導入するのは難しいでしょう。導入するのであれば、特定の事業部門だけに導入してから徐々に対象とする部門を広げるなど、部分的、段階的に進めていくことが大切です。
一定の基準をもとに企業が従業員を評価し、給与や賞与、昇進等の人事に反映させる人事考課は、目的意識と成果の可視化や従業員のモチベーション向上等に効果的な制度です。成績、能力、情意という3つの軸で評価を行うときには、人事考課エラーを引き起こさないように意識しましょう。人事考課を成功させるポイントは、企業にあった評価方法を決めた上で、明確な目標設定やフィードバックの実施といった手順をきちんと実行することです。企業と従業員の成長のために、人事考課の導入を検討してみてはいかがでしょうか。
(制作協力/株式会社はたらクリエイト、編集/d’s JOURNAL編集部)
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社会保険労務士法人クラシコ 代表 柴垣 和也(しばがき かずや)【監修】
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