「僕らは新しい組織を目指したわけではない」階層フラット・情報オープンを実践する企業のリアル
「ティール組織」「ホラクラシー組織」をはじめとして広がる、新しい組織のかたち。2つの組織体系の傾向にあるのは、情報のオープン化と組織階層のフラット化です。しかし、マネジメントなくして成果は本当に出るのか?また、給与情報など全てをオープンにすることは可能なのか?といった疑問も、同時に浮上してきます。
このような問いに答えるイベント「実践企業5社の経営陣が語る | “新しい組織”のリアル」が2019年2月12日、自然経営研究会によって開催されました(当日は4社参加)。「新しい組織運営」を実践する企業への実態調査結果や、パネルディスカッションを通じて、”新しい組織のリアル”に迫りました。本イベントを前編と後編にわけてレポートします。
ティール組織は1980年代から存在した
最初に、実践企業の実態を解き明かすアンケート結果が公開されました。自然経営研究会の代表理事・山田裕嗣さん解説のもと結果を振り返ります。
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今回のアンケート調査は「ティール組織、ホラクラシー組織を運営する25社」を対象に実施。25社の企業は開示できませんが、イメージを掴んでいただくにあたって、従業員数を紹介いたします。
回答企業の規模感のバランスを踏まえ、調査の回答結果を「情報公開」「権力・権限」「組織の階層」「新しい組織運営を開始した時期」の4つに分けて紹介します。
まずは「情報公開」に関する調査結果から。
各社とも情報公開は積極的に取り組んでいることがわかります。「コミュニケーション」「財務情報」「経費」に関しては、基本的に非開示のところはありませんでした。さらにいえば、8割の会社は社内のコミュニケーションや財務情報を、7割の会社は経費情報を「全体に公開」しています。
各社大きな差が出たのは「給与」について。これはすごく興味深い結果ですね。平たく言うと、6割の会社がなんらかの給与情報を開示しているという結果でした。4割の会社が非公開です。前述のコミュニケーション、財務情報、経費と比べると少ない印象ですが、そもそも給与情報は、公開に躊躇されるもの。情報をちゃんと公開するということに、各社真剣に取り組んでいることがわかる特徴だと思いました。
2つ目は「権力・権限」に関する調査結果です。
「アドバイスプロセス」「プロジェクト型」は意思決定権を特定の人に依存させないやり方です。部署がきっちりと決まっているわけではなく、プロジェクトベースで進めている会社が大半でした。各社差が出たのは「給与を当事者が決める」項目で、当事者が給与を決める仕組みを持つ会社が25社中13社あるということ。そして「権限を伴う肩書」の項目も差がでました。「ない」を選んだ組織はより自立的な組織であると言えます。25社のおおよそ半分が、何らかの肩書や部署を持っていない傾向が見てとれます。
3つ目は「組織の階層」に関する調査結果です。
25社中14社が1階層、つまり完全にフラットな組織という結果です。この並びで見ると3階層以上は「多いな」という印象を受けますが、3階層は社長、役員・マネージャー、現場があれば3階層なので、一般的な形態ですね。逆に言うと、3階層以上の会社が25社中4社しかありませんでした。かつ、調査企業の従業員数の全体平均96人に対して、この4社の従業員数の平均は266人。比較的規模の大きい会社が集中したのではないかと推測できます。
最後は「新しい組織運営を開始した時期」の調査結果です。
「創業当初からティール組織、ホラクラシー組織に取り組まれていたんですか?」というのはよくある質問です。結果、最初から取り組んでいたのは9社。ただ興味深いのが、従来のヒエラルキー型ではないマネジメントをしている会社が、創業時80年代、90年代の企業にも存在しました。
「ティール組織」「ホラクラシー組織」は新しい概念だという印象を受けてきましたが、実は昔からあった形態で、近年トレンドとして脚光を浴び始めたのかもしれません。イベントにこれだけ大勢の方(参加者200名)にお越しいただいていることからも、新しい組織形態に対する注目度の高さが伺えます。今後ますます新しい組織の形が顕在化して、各社のチャレンジする姿が見えれば良いですね。
ティール組織は最初から目指すものではない?
続いて株式会社ISAO 代表取締役・中村圭志さんと、株式会社ネットプロテクションズ 執行役員・秋山瞬さんを迎え、新しい組織形態の実践企業のリアルに迫ります。
「組織運営のスタイルは途中から変えられるのか?」
「新しい組織運営は事業を伸ばすことに効果的なのか?」
この2つのテーマを軸にパネルディスカッションが進みました。
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中村氏(写真左):よく「モデルの組織はあったのですか?」と聞かれるんですが、より適した組織構造を模索するうちに、今の形に落ち着きました。
ISAOでは役職・階層・部署・情報格差ゼロの「バリフラットモデル」というフラットでオープンな組織運営に取り組んでいます。具体的には部署・階層を廃止し、全てをプロジェクト化。階層がなくなることで、役職者もいなくなり、プロジェクトリーダーが事業を推進しています。会社の情報はもちろん評価やそのプロセス、給料なども全てオープンな状態です。
「我々のビジョンに近づくためにはどんな組織が良いのか?」と取り組むうちに、今の組織体系に行き着きました。今日のパネルディスカッションは、最適な組織の形を見つけるヒントを提供できたらと思っています。
秋山氏(写真右):私たちのミッションは「つぎのアタリマエをつくる」こと。事業では「後払い決済」を20年近くやっています。
組織運営も同様に、「つぎのアタリマエをつくる」というミッションのもと今の体系ができました。いわゆるティール型の組織で、マネージャー職は廃止しています。弊社も中村さんが先ほど仰っていた通り、「ティール組織をつくろう!」と思って今の制度をつくったわけではないんですね。「本質的に、どうなったらメンバーが幸せで、会社の成果が出るのだろうか?」と考え続けた結果、今の組織体系になりました。
中村氏:きっかけは社内の意思決定の遅さでした。 当時は170人くらいの従業員数だったんですけれど、マネージャーインフレのような状態(笑)。肩書きを持った人がたくさんいて、とにかく何をやるのも遅かった。社内の意思決定のスピードを上げるためには、組織をフラットにするのが効果的ですから、徐々にフラットな組織体系に移行していきました。今のバリフラットモデルになるまでに、5年くらいかかりましたね。
そこまで時間をかけたのは、変わった時のデメリットを少なくするためです。当時役員、本部長、部長と、組織の中で高い役職がつくポジションだけでも3階層くらいあったのですが、バリフラット前には、管理職の機能を持つポジションは部長だけになりました。おかげで今の「バリフラット」の状態になっても社内から大きな不満は出なかったと思います。
秋山氏:きっかけになったのは2013年です。私たちの会社の特徴として、新卒で入社した社員が多いんです。今は社員130人中約85%が新卒入社と、いわゆるプロパー社員が多い組織。2013年当時、社員50人の半分以上が新卒メンバーでした。
そういった生え抜きメンバーが多い50人に対し「自分だったらどんな会社にしたいのかを当事者として考えてほしい」という話し合いのもと、新たなミッション・ビジョン・バリューがつくられました。その方向性に合うメンバーは残り、合わないメンバーは卒業していったのです。いわばそこで組織をリニューアルしたような形でした。それから新しい組織形態に向けてググッと前に進みましたね。
トップダウンの情報公開は簡単。ボトムアップの情報公開が重要で最も難しい
中村氏: いろんな人から「フラット型組織にした方が良いですか?」とよく聞かれますが、僕は重要なのはそこではないと思っています。というのも、組織は必ずしもフラットにこだわる必要はなくて、意思決定の早い仕組みがあり、従業員が不機嫌にならないような人間関係が構築できていれば全く問題ありません。それよりも「情報のオープン化」の方が強烈な影響があります。情報の透明化は非常に重要で譲れないところですね。
中村氏:情報量の限界という部分では、それほど大変だとは思っていません。
また、オープンにする情報は2種類に分けることができます。1つ目は会社から提供する情報です。いわゆる経営や事業、人事の評価などですね。会社から提供する情報をオープンにするのは簡単で、上が「やろう」と決めれば実現します。僕の持っている情報をみんなに公開すれば良いだけですから。社員は「そういうものなんだな」と、状況を受け入れてくれる。このように会社から提供する情報はいわゆるトップダウンの情報公開です。
2つ目はボトムアップの情報公開。これが最も重要ですしオープン化が難しい情報です。「ボトムアップの情報公開って何?」というと、「社員各々が会社でどんな目標を持って、どんな活動をしているのかをシェアする」こと。会社の価値観を最も醸成する方法が、ボトムアップの情報をオープンにした上でコミュニケーションをすることだと思っています。しかし、ボトムアップの情報公開の実行には抵抗があります。いわゆるサイレントレジスタンス=情報をオープンにしないという静かな抵抗です。トップダウンのオープン化は自分が決めればできますが、ボトムアップはそうはいかない点が難しいですね。
秋山氏:2種類の情報はまさにおっしゃる通りだと思います。ネットプロテクションズも会社の情報はほとんどオープンです。そして中村さんが仰っていたようにボトムアップの情報公開が難しいのですが、これを実現するには風土づくりが大切です。社員全員と「この会社を、みんなを信用しても大丈夫だね」といった関係性をいかに構築できるかによって社員が開示してくれる情報量は変わります。僕らはこの風土づくりを地道にやり続けてきました。そして去年「今の関係性だったら実現できるのでは」と情報のオープン化に一気に踏み切った形です。
中村氏:今の「バリフラット」になった結果、意思決定のスピードが上がって業務が効率化して社員がまとまって…正直良いことばかりです。業務効率は最低でも1.5~2倍くらいに改善し、事業の調子も良くなりました。
しかし、これが今の課題なのかもしれませんが、その状態に慣れてくると不満が生まれるんです。なぜならば、我々には掲げているビジョンがあるからです。
ISAOの中長期ビジョンは「世界のシゴトをたのしくする」ですが、現状のマーケットで生きているだけでは仕事をする意味がまったくない。「今のままで世界を変えることはできるのか?」と、ここ2年特に考えています。
そうすると仕事のレベルを一段上げていかなければならない。世界を変えるために必要な厳しさは、社員一人ひとりが持たなければいけません。仕事の緩さを求めてISAOに入った人には苦しいかもしれませんが、ビジョンを実現するため、組織の再編を現在進めていますね。
中村氏:僕も最初、情報をオープンにして階層をフラットにするのは怖かったです。でも「どこに進みたいのか」という覚悟さえあれば、意外とできてしまうもの。世の中に実践している企業はたくさんあるので、各々に合ったやり方が見つかると思います。新しい組織の形を目指そうと決めたら、ぜひチャレンジしてみてください。
秋山氏:ネットプロテクションズのミッション「つぎのアタリマエをつくる」の実現に、僕たちだけが新しい組織の形を実践してもまったく近づきません。僕らの取り組みは「社会実験」だと思っています。僕たちがチャレンジして、良いことも痛みも感じながらPDCAを回している姿は存分にオープンにしていきたいです。
それを見て「意外といけるんじゃない?」と思った方がチャレンジしていくところを、僕らがサポートできたらなと。そして新しい組織の形を検討している方、実践している方とどんどん情報交換をしていきたいと思っています。
【まとめ】
今までの組織構造とは異なり、フラットかつオープンな組織を作っていくことに、最初は抵抗がある企業も多いのではないでしょうか。重要なのは、やること自体が目的ではなく、「何のためにフラット・オープンな組織にするのか」という本質を考えることです。2社も結果的に「フラット・オープンな組織」ができあがったとおっしゃっていましたが、まずは今の組織課題に向き合うことからはじめてみるのはいかがでしょうか。ぜひ、後編もご覧ください。
(文/田中 一成、撮影/二條 七海、編集/檜垣 優香(プレスラボ)、担当/齋藤 裕美子)