ヤフーにおける人事戦略とは。人財開発企業に向けた取り組み【セミナーレポート】

ヤフー株式会社

コーポレートグループ ピープル・デベロップメント統括本部 カンパニーPD本部 本部長
金谷 俊樹(かなだに としき)

プロフィール

「広告」「eコマース」「決済金融」の3分野を軸に100を超えるサービスを運営しているヤフー株式会社。その事業はエンジニアを中心とした約7000人のスタッフが支えています。人事・採用担当者、経営者の中でも『Yahoo! JAPAN』のサービスを利用している方は多いと思いますが、大胆な人事改革を行い、働き方改革や採用を成功させている企業としても知られています。今回は、コーポレートグループ ピープル・デベロップメント統括本部カンパニーPD本部 本部長の金谷俊樹氏をお招きし、講演を実施しました。その内容をレポートします。

(本記事はdodaが主催したセミナーの内容を編集・要約した上で構成しています)

社員の能力を引き出すため、100を超える人事施策を遂行

社員の能力を引き出すため、100を超える人事施策を遂行

当社の人事戦略をより深く理解していただくために、まず当社のことを少しご紹介させていただきます。当社は1996年に設立し、インターネットを介してメディア、eコマース、データ活用を中心とした事業を展開しています。社員は新卒・中途入社を含めると約7000人です。競合となる企業には皆さんよくご存知の世界的企業が名を連ね、世界で数万人のスタッフを抱えているところもあります。一方、当社は日本に根をおろし、日本のお客様に最高のサービスを提供することを目指しています。そこが他社と大きく異なるところでしょう。

設立から十数年は、人事については特に目立った施策はなく、いわゆる従来の管理型の人事を行っていました。しかし、2012年に社長が交代し、「爆速経営」を掲げました。これ以降、人事も事業も採用も大きな変革を遂げることになります。その一つの表れが、人事の部署名を「ピープル・デベロップメント」に変更したことでしょう。これには私たちヤフーは「人財開発企業」になるという思いが込められているのです。当時の社長や経営陣からは単なる数値報告だけではなく、“社員の現状や考えていること、真の姿を知りたい”との要請が大きかった。異動こそ人財開発につながるという考えから、「社員が希望すれば毎月でも異動できる仕組みにしてほしい」という要望もありましたね。

私たちカンパニーPD本部では、常に模索しながら人事制度・業務改革に取り組んできました。人事はこれまでセントラル型体制だったのですが、地方分権のような各カンパニーに紐づくようなHRBP型がいいのか、それとも中央集権型で経営直下におき人事企画・人事制度を考えそれを展開していくのか…。いろいろ展開していった中で、現在では大きく3つの機能を備える組織として運営しております。

・人事制度企画(人事施策や制度の企画・展開・浸透)
・4つあるカンパニーに向き合う人事組織
・全国の拠点を横串しで連携

2012年『爆速経営』を受けて行った人事改革は100を超えています。その中には、iPhoneやノートPCの貸与や育児休暇の規程の充実化や整備、1on1ミーティングやコアタイム時間見直し…などさまざまな施策がありました。では、施策を検討するときに重要視していたことは何か。それは「社員の才能と情熱を解き放つ」ということです。

社員の才能と情熱を解き放つ

評価制度を変え、モチベーションアップの表彰制度を設けたのも、すべてこのためです。
マネージャーの役割もこれまでのトップを走り背中を見せるリーダーとは一線を画し、後ろからサポートしていく「サーバント(羊使いの犬のような)型」が好ましいとなりました。つまり、会社として部下のやりたいことを見つけ出し、応援し、正しい方向に導いていくことこそ、マネージャーの役割と定めたのです。

性善説のもと、働き方をアップデートしていく

性善説のもと、働き方をアップデートしていく

さて、当社は人財開発企業を志し、社員の才能と情熱を解き放つことを目指すため、人事施策のチューニングを行ってきました。このベースとなる考えには、3つのポイントがあります。①性悪説から性善説へ ②権限委譲 ③チャレンジ10倍(成功2倍、失敗5倍)です。まずは「性悪説から性善説」についてお話しします。現在ではテレワーク導入企業も増えてきたと思いますが、パソコンにカメラを組み込む、ログイン時間をチェックできるようにするなど「正しく働いているか常に管理している」企業もあると伺っています。私たちはそこまでできません。やるからには社員を信頼する。管理をしないことに切り替えたのです。

次に権限委譲です。性善説に基づいて会社運営をすると、自ら何かを成し遂げたい!という社員も増えてくるでしょう。そのためには、意思決定はスピーディーにしていくべきです。そこで権限移譲を行い、必要なスキルは人事がフォローしていくという考え方です。このような取り組みの結果、社員のチャレンジが10倍になると、あわせて成功が2倍、失敗が5倍になるだろうと。当然、失敗を許容する土壌づくりも重要です。このようにどこまで社員を信じ、どこまで自由を与えるのか、かなりせめぎ合いながら制度を整えていきました。

事業や会社の動きに合わせ、評価制度も随時アップデート

社員に「才能と情熱を解き放ってもらう」ためには、評価や目標設定の考えも大幅に変更しなければなりません。まずは2012年、業績評価・行動評価を見直ししました。たとえば業績ですが、今まではTo Do管理型で行われていました。やらなければならない項目を設定しそれに対して成果をはかるものですね。しかし、それでは何か新しい業務が発生しても、「これは目標で設定してないから」とチャレンジ精神が失われてしまいます。そこで大きな目標に挑戦してもらうために、個人の業績は会社の短期業績にも影響を与えるとし、「賞与」に還元することにしました。一方、行動評価。こちらは今まで、一般的な行動ができているかどうかという基準から、ヤフーのバリューを体現できているかどうかへ変化させました。「バリューに沿った行動がとれていること」こそ、将来的に業績に貢献できるとし、「給与」に反映するようにしました。

そして今年、さらに評価制度の見直しを行いました。個人の業績だけではなく、そこに至るまでの行動なども加味して総合的に評価し、それをきちんと給与や賞与へ反映していきます。一方、行動評価は、「この人と一緒に働きたいか」というシンプルかつシビアなものにしています。それを自己の成長につなげてほしいと考えています。目標は、半年や四半期に一度設定し後は放置、ということも多いと思いますが、当社では頻繁にフィードバックを行い、上司や当事者が「どこを目指していくのか」常に把握できる状態にしています。

「変えてならぬもの」は何ひとつもない

目指すべき状態に向け、制度や評価制度を変えてきましたが、現状のものが絶対ということはありません。社員も事業環境・フェーズも、経営者も変化し続けるのが会社経営です。ですから私たちは、社員や経営陣の声を聞きながら、環境変化に合わせて柔軟に適応させていくものだと定義づけています。「永遠に完成しないもの」だと捉えてしまってもよいでしょう。もちろん、いきなり大きな変更するというわけにはいきませんから、全社適応前に、必ずドッグフーディング(※)を実施するように徹底しています。使ってみてどうなのか、使いづらいことはないか…など、意見を収集し、チューニングを行う。新しい施策を検討する場合は必ずスモールスタートでトライすることがおすすめですね。
(※ドッグフーディングとは、正式リリース前の製品や制度などを社内テストで積極的に使用すること)

今の時代だからこそ、なぜ「オフィスが必要なのか」を考える

今の時代だからこそ、なぜ「オフィスが必要なのか」を考える

社員に権限を与え、制度は変えた。しかし、オフィスや働き方はこれまで通り…。それでは、不足感が否めませんよね。今後時代にあわせて個人の働き方が変わってくるはずです。もちろんテレワークなども主流になっている中で、ヤフーにおけるオフィスとはどうあるべきなのか。そこで私たちは、「なぜ会社に行くのか?」を改めて考え直し、再定義しました。なぜ会社に行くのかって、非常に壮大なテーマですよね(笑)。議論を重ね私たちが導き出した結論は、「人と情報が集まり、イノベーションを生み出せるから会社に行く」ということ。このように再定義したからには、オフィスのあり方もイノベーションが生まれるようなコミュニケーションを行える場に変えていかなければなりません。これまでのように、長い机でグループごとに固まり上司が奥に座る。まるで会議室で形式的に話をするスタイルでは、活発なコミュニケーションもイノベーションも望めないでしょう。

ちょうど本社移転が決まっていたこともあって、オフィスの在り方からレイアウトまで大きく変えました。コンセプトは、「グッドコンディション、オープンコラボレーション、ハッカブル」です。

座席はフリーアドレスとし、今までの組織ごとという縛りではなく、組織を横断したプロジェクト単位に変更。自然に会話が生まれるようにしました。また、社員の健康が維持できるように、社内に診察所や社食、仮眠スペースなどを設置することで常に「グッドコンディション」を保てる状態を目指しました。また、「オープンコラボレーション」という軸では、「LOGDE」というコワーキングスペースを用意。社外の人も利用できるようにしました。単にスペースを開放するだけではなくコミュニケーターを配置したところがポイントです。社内外お互いの情報をマッチングさせ、コラボレーションが生まれる場づくりにこだわりました。また、「ハッカブル」はエンジニアがイノベーションを起こせるように意識。雑談のように気軽にミーティングができるような場を用意しました。

このように、オフィス環境においても、本質はどこなのかを考え抜き、社員が最高のパフォーマンスが発揮できるように徹底しています。もちろん、ここでも性善説の考え方がベースとなっています。

「才能と情熱を解き放つ」人材育成のため、重要な1on1

ここで人財開発企業に向けての取り組みとして重要である、当社の1on1についても触れておきましょう。1on1は社員の才能と情熱を解き放つことを支援する手法として、企業文化の一つとなっています。ヤフーの1on1とは、経験学習をコンセプトに考えられたものです。人間は約8~9割が「過去の経験」を通じて物事を学んでいるということがわかっています。自分が何をしたのか、どうしてしたのか…など過去の学習から新しいことが生まれているのですね。先ほどお伝えしたように、目標に対するフィードバックを行う場としても上司と部下の1on1は頻繁に行われています。しかし、定着するまでには紆余曲折ありました。開始を宣言した際に、「余計な時間が増える」「やる意味が見いだせない」など、ほぼすべてのマネージャーから不要だとの反発の声が上がったのです。

もちろん人事が一方的に「やってください」と言い続けるだけでは浸透しません。そこで、全マネージャーに対してコーチング研修を行い、さらには継続的なサーベイを実施しています。メンバーに対して「1on1の時間はどれぐらいだったか」「マネージャーばかりが話していないか」など、定期的にアンケートを行い、スコアリングをしているんですね。1on1のスコアが高い優れたマネージャーを選抜して「社内コーチ」として認定。スコアが低いマネージャーには、認定コーチの指導のもと再研修を受けてもらうなど、1on1のやり方を徹底的にインストールするように支援しています。

ありがたいことにヤフーの1on1は大きく取り上げられており、よく、「1on1ってどれぐらいのペースで行っているんですか?」「金谷さんのお話を聞いて、弊社でも月1回実施するようにしました!」という声をいただくこともあります。しかし、正直それでは意味付けが不足していたり、回数も足りないし、本質的な1on1としては機能しないと思います。当社では1on1をベースに人財開発を行うとした考え方を徹底し、最低でも隔週で1on1を実施しないとマネジメントができないような人事制度とすることで、単なるコミュニケーションとしての1on1にとどまらないように設計しました。

1on1

(ヤフー株式会社社 登壇資料より)

ビジネスにおいて1カ月の間に様々な事象が発生しますし、変化のスピードも速い。あの時話したことが1カ月後何も意味をなさない…なんてことも大いにあります。1~2週間でplan・do・checkを回せるようにする。これが私たちヤフーの1on1です。今もし1on1を中止せよという命令が出ると、社内は大混乱に陥ることが予想されるほど、当たり前となっているのです。

「採用戦略」も抜本的に見直し

「採用戦略」も抜本的に見直し

最後に、当社の採用戦略について紹介させていただきます。当社は、データとテクノロジーを活用した上で、日本の皆さまに日本のことを最も知っている事業者としてよいサービスを提供することを目指しております。これを実現するために、鍵となるのが「エンジニア」です。一方で、IT系人材の倍率は15倍という統計もあり、さらには、競合となる企業たちもあの手この手で社員にとって魅力的な施策を打ち出しています。非常に困難な戦いを強いられているのですが、そもそもの前提として「ヤフーはあまり求職者に知られていない」ということがありました。「ヤフーは知っていても、ヤフーが何をしている会社か知らない」という声が多かったのです。学生を含む求職者に対し、PRが不足していた点は否めません。

こうした状況を踏まえ、解決策として、次の3つのことを行いました。「母集団形成」「選考基準のデータ化」「魅力的な制度の拡充と情報発信」です。まず「母集団形成」についてですが、新卒一括採用を止め、通年採用でのポテンシャル採用を導入しました。通年で募集をすることによって留学中の学生や研究発表で忙しい学生などにも応募の窓口を広げるようにしました。そしてキャリア採用においては「待ちの採用」から、「攻めの採用」へのシフトチェンジを実施。求人広告を出稿して応募が来るのを待つだけではなく、こちら側からキーマンとなる優秀な人財を探しハンティングする「攻めの手法」へ切り替えたのです。そうすることで転職市場には顕在化していない候補者へもアプローチできるようになりました。

攻めの採用手法

(ヤフー株式会社社 登壇資料より)

首都圏だけで採用人数を満たすのは限界があるので、地方拠点を新設しています。現在は大阪と福岡に出していますが、この2つの拠点は採用のためだけに作ったといっても過言ではありません。地方に住む人財を惹きつけるため、当社の中でも知名度が高くわかりやすい仕事を地方拠点が担当するなど、工夫が凝らされています。

続いて、「選考基準のデータ化」については、これまでの属人的なものを一切排除し、再定義しました。ちょうどこの図の真ん中に合致することが選考基準ですね。これを可視化したのです。

選考基準

(ヤフー株式会社社 登壇資料より)

採用にあたり重視しているのは、入社後の教育や研修で伸ばしにくい能力です。例えば、ロジカルシンキングやコミュニケーション能力はセミナー受講で十分に伸ばすことが可能ですから、入社時に重視しません。能力の見極めについては、これまで蓄積されたデータを活用し、数値化・可視化しました。この際、ある能力だけが突出して高い「異能人材」を取りこぼさないよう工夫しています。合わせて、面接官のトレーニングも徹底し、翌日の全員分の面接結果を振り返り、面接内容の確認と合否の判断ポイントのすり合わせを必ず行いました。
最後に、手がけた施策を自社で発信するのはもちろんのこと、メディアに一つでも多く取り上げてもらうよう働きかけました。これが「魅力的な制度の拡充と情報発信」ですね。ありがたいことに、ポテンシャル採用や地方拠点新設などは多くのメディアに取り上げていただきました。こうしたことの積み重ねが功を奏し、2015年から2018年の3年間で、ダイレクト・ソーシング(ダイレクトリクルーティング)経由で約6倍、リファラル経由で約2倍の採用実績を出すことができています。

【まとめ】

ヤフー株式会社では、2012年に社長が交代したのを機に、人事制度においても大変革を起こしました。つい制度ややった取り組みにフォーカスされがちですが、同社が徹底したのは、「本質が何か、見直し定義すること」「そして、必要があれば変更し続けること」です。人財開発企業になるというビジョンのもと、「社員の才能と情熱を解き放つ」ために自分たちは何ができるのかを考え抜く。これがこれからの人事部門の在り方と言えるのではないでしょうか。

「ヤフー株式会社だからできる」のではなく、取り組みの姿勢や考え方、巻き込み方など参考になる点は少なからずあるはずです。金谷氏も指摘するようにスモールスタートでいくつか実施してみるのはいかがでしょうか。

(文/中谷 藤士、撮影/石山 慎治、編集/齋藤 裕美子)