4カ月で全社員の給料を9万円増額。コロナ禍でも社員還元を優先した理由

株式会社シーラホールディングス

取締役会長 杉本宏之

プロフィール

不動産の売買、賃貸、管理及び仲介業を展開し、自己資本比率40%、保有物件の稼働率99.9%という数値で年商200億をたたき出す総合不動産デベロッパーの株式会社シーラホールディングス(東京都渋谷区)。コロナ禍において日本経済への影響が深刻化する中で、「社員への還元」を重視した施策を展開し、見事V字回復を遂げた。前回記事より引き続き、今回は同社の取締役会長 杉本宏之氏にインタビューした。第1回はこちらから。

社員にお金を還元すること――。それは社員に試されていると感じた使命感から

社員にお金を還元すること――。それは社員に試されていると感じた使命感から

●「社員への還元」をよく英断しましたね

杉本氏:リーマンショック後をどうするか。それは常に会社としても、私自身としても常に念頭に置いた10年でした。会社としてもっと成長 することはできる。しかし私は激情を抑え、忍耐の経営采配を採り続けてきました。「またあの時のように会社が沈むかもしれない」。そう思い起こさせるほど、今回のコロナショックは強烈な体験でした。

業界には必ずゲームチェンジというチャンスがやってくる。それがないと我々のような中小不動産デベロッパーに成長の機会はありません。で すから、ひたすらBSを積み重ねて、その時が来るまで派手な行動は控えていました。なにせ大手デベロッパーの中には200年前からアセットを積み上げている会社がある訳ですからね。真面に勝負して勝てるわけがない。だからこそ、我慢して自己資本比率を高めて、力を蓄えていく10年でした。また 長期的な目標としていたのは、社員の販管費で5年分のキャッシュを蓄えること。仮に売り上げがゼロになっても、何年か生き残れる会社にしようと設立当時から考えていました。そしてちょうど3年分貯まっていたところにコロナショックがやってきたのです。

リーマンショックや東日本大震災の際に経験がありましたが、経営陣が焦ると社員はそれを敏感に感じ取る。「大丈夫かこの会社は?」
となるわけです。そうするとトップダウンの組織であればあるほど、ガバナンスが利かなくなるのです。ですから社員を第一に考えた時、とにかく安心させることが最優先事項となりました。そして決断したからには矢継ぎ早に決めていかなければならないと感じ、役員会でリモートワーク環境支援金を3万円支給、ベース給与の増額などを承認させました。結果4カ月で全社員の給料を9万円増やしました。ツイートには3カ月と書いたのですが、経理から指摘を受け、4カ月と気付きました(笑)。

あとはPCR検査や社員専用の医療相談ダイヤルの開設、提携医療機関で病床も確保してもらい、何かあったら入院できる環境も整えました。4カ月で実に5,000万円くらい使いましたね。

当社には大手金融機関の副社長だった監査役、東京証券取引所の常務だった社外取締役、そして大手企業の顧問がいらっしゃいます。その時はご意見をいただきました。先輩方からは口々に「会長、急いては事をし損じる。やりたい気持ちは分かるが、時期尚早ではないか」というご意見です。

コロナ禍で当社の売り上げも銀行も物理的に止まっている状況でしたし、緊急事態宣 言が出るタイミングでは、経済活動自体がストップすることを危惧し、多くの社員が意気消沈していました。しかし、なぜだかは分かりませんが、私はこの瞬間をずっとシミュレートしてきたので、とにかく力強く決断していこうと希望に満ちた思いだったのです。

最後は代表取締役である湯藤善行の確認がありましたが、決意は変わりませんでした。「もしこれで損失が出たら個人資産で 1 億円を補填する」とも言いました。湯藤からは「会長本当にやるんですね。やるも正義、やらぬも正義がありますが」と念を押されましたが、信念をもって遂行しました。その結果、例のツイートにもつながったのです。

●役員会で承認を得ることができた秘訣を教えてください

杉本氏:最後は気合いですかね。役員全員が反対ムードでしたが、「社員に僕達の姿勢が試されている」そうカッコいい事を言って反対し辛くしました(笑)。あの時の論拠は役員や顧問の皆さんの方が正しかった。私の論拠はアナログな信念のみです。でも、一応こう言いました。「自分の中にビッグデータがあり、杉本AIはこのように指し示している。だいたい7 割の確率で成功すると出ている」。これは半分冗談ですが(笑)。

4 月は売り上げも半分以下、社員も動揺している、金融機関も止まった。「内部留保を貯めるべき」などいろんな意見も出ました。全員 が会社のためを想っての意見のぶつかり合いでした。繰り返しですが、私はこの時、全社員に私達の意思が試されていると強く感じました。それはリーマンショックを経験したから私だからこそ、本能的に会社の精神がバラバラになる恐怖を感じたからかもしれません。

だからこそ、一時的にどれだけ損失が出ても、社員から「この会社なら大丈夫」と思ってもらえるようにしたかったのです。しかし7月、8月と特別給付を続けていくと予算にも影響が出てしまいます。そこで私が給与を返上して、その中から全社員に1万円ずつ給付したんです。でも「ありがとう」と、直接メールや連絡をくれた社員は少なかったけど、信念に従ってここまでやりきった、という自負は持てたように感じます。

杉本氏

利益追求と社員、そしてお客様の「究極の三方良し」を

●社外の反響はいかがでしたか

杉本氏:前澤友作さん(株式会社スタートトゥデイ 代表取締役社長)から電話がかかってきて、「俺はお金配りおじさんで有名になったけど、お前に『お金配りお兄さん』の称号をあげよう。そして一緒に世の中の困っている人にお金を配ろう」と言われました。もちろん丁重にお断りしましたが(笑)。

また、ある同業の先輩社長と会食したときにも反響をいただきました。「お前みたいなカッコつけるのがいるから、俺たちは困るんだ。お前のツイート見て、うちの社員も給料を上げろと言ってきているんだ」と。もちろん先輩が経営する会社でもしっかりと社員のための補償をつけていますので、愛情をもって接しているのは分かっています。

今回のことで少なくとも世の中の企業や組織は大きく2つに分かれましたね。ひとつはコロナショックのような未曾有の災害時に、自分の身は自分で 守れと考える会社。もうひとつはしっかりと社員のサポートを考える経営者のいる企業の2つです。

何が正解かは分かりませんが、少なくともコロナ禍においては、「自分たちの会社はこうだ」という意思表示ができました。さまざまな意見や圧力に左右されず、自分たちがやりたいことをやれる会社にしていこうという意思表示が出来たと思っています。

ちなみに、前澤さんも意図があって、何かに挑戦したい人やシングルマザー、貧困層などへお金を配っています。基本はベーシックインカムの 発想です。コンセプトがあってお金を配っています。私はそこまではできないので、自分と関わる人達を救いたい。幸せにしたいというベクトルに向けて行動しています。会社の資産といえど、社員たちがこれまでにつくりあげてきたものでもありますので、感謝をこめて還元をしたいと思ったのです。

●コロナ禍による影響もありましたが会社はどのように増収へつなげましたか

杉本氏:コロナ禍ではさまざまな人たちが困りました。特に飲食・サービス業や病院・医療機関の経営者の皆さんです。私が民事再生を受けたこともあってか、そんな皆さんの中から弁護士と共に相談に来られるケースもある。ある病院経営者の方は、コロナ患者を受け入れたために、98%の、いわゆる普通の患者さんが来なくなってしまったそうです。経営者は理念も大事ですが、利益追求もそれ以上に必要です。しかし業績だけを追い求めても中身がスカスカでは困る。コロナ患者を受け入れ、医師や看護師さんたちに良い待遇を与えられないのは経営者としては失格です。しかし一方で、例えば10%のお客様減により経営が苦しくても社員に還元できない経営者も失格です。利益追求と社員、そしてお客様の「究極の三方良し」を作らなければならないのです。

当社としても組織を抜本的に改革しました。当社のお客様とは重要事項説明までオンラインでの面談を義務づけて、双方の効率を向上させました。またオンラインでお会いさせていただいたお客様には、もれなくAmazonギフト券1万円分を贈呈するなどしてプライオリティも高めています。ただ金融機関とのやり取りのみ、先方のDX化が進んでいないケースも多いためどうにもなりませんでした。ただ、弊社の方では、オンラインで完結できるシステムを構築した結果、リーチ数は3.5倍まで増加し、契約数も過去最高となりました。きっかけはコロナでしたが、デジタルシフトを徹底したことがお客様にも喜んでいただき、増収増益にもつながりました。

また、不動産情報アプリ「SpaceCore(スペースコア)」をお客様に活用いただいたことも大きかったですね。収支明細や建物管理費などがオンラインで見れるほか、相談窓口もチャットでできる仕様です。当社が展開するサービスのユーザーは、高速赤外線通信で同期でき、アプリひとつで家電を連動させ雑誌も読み放題となる。新電力と提携して電気料金も15%安くなりますし、ウォーターサーバーやクリーニング代などがディスカウントされるクーポンも用意されています。より収益性の高まるDX化ですね。

コロナ禍による影響もありましたが会社はどのように増収へつなげましたか

第3回はこちらから。
危機の時こそ、リーダーは明確な姿勢を示すべき

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取材・文/鈴政 武尊、編集/鈴政 武尊