管理職は不要。世界進出したフリットが構想する、カントリーマネジメントの戦術

フリットジャパン株式会社

代表取締役 冨山 亮太(とみやま りょうた)

プロフィール

2012年に韓国で創業され、昨年上場を果たしたスタートアップ「Flitto Inc.」の日本法人、フリットジャパン株式会社。世界中にクラウドソーシング翻訳サービスを展開する新進気鋭の言語データソリューションカンパニーである。大きな特徴は、約8割の社員が、プロジェクトごとの業務委託契約による就業を実施している点。副業・兼業としてフリットに関わる社員は勤務先もバラバラ。どうやってこの多国籍チームのマネジメントをするのか。そこに敷かれているカントリーマネジメント制度とその役割について迫ってみよう。

多国籍チームを形成する企業はカントリーマネージャーにリードさせる

言語データソリューションカンパニー

国内のAIビジネス市場全体規模は年々拡大している。特に金融業や製造業などでAIを含むICTツールの導入が進んでおり、今後はさまざまな分野や業種でのAIの導入が見込まれている。ちなみに2030年度の国内AIビジネス市場の規模は、2兆1286億円に拡大すると予想されている。(※1)

そんな目覚ましい発展を遂げるAI産業において、翻訳サービスとひもづく新たなプラットフォームを展開する新星が日本市場に登場した。それがフリットジャパン株式会社(以下、フリット)。多様なオンライン翻訳サービスを提供するFlitto Inc.(本社韓国・ソウル)の日本法人である。もともとFlitto Inc.はWebブラウザやアプリを通じてサービスを提供しており、世界173カ国1,030万人のユーザーと約300万人の翻訳家が登録されている翻訳専門プラットフォームを展開している。ちなみに韓国スタートアップ初となるビジネスモデル特例で、KOSDAQへの新規上場を果たしていることも特筆しよう。

さて、Flitto Inc.は2012年9月、クラウドソーシングプラットフォームとして発足して以来、専門翻訳者や人工知能翻訳などを総合的に活用できる翻訳プラットフォームをリリースして脚光を浴びる。そして累積された言語データを、有数のグローバル企業に販売することにより、世界市場への躍進を確かなものにした。テクノロジーファーストの機械翻訳ではなく、一貫してユーザー目線を大切にし、世界中の人々が言語の壁を超えてつながる世界を構想しているのである。

さらに、アジア最大級のコーパス(※2)データプラットフォームも構築して提供している。チャットボット、音声認識システム、自然言語処理、機械翻訳などのAI開発環境に必要なコーパスデータは不足がちだが、これらを同社が解消することで、開発市場の活性化や、国内AI開発企業のグローバル競争力を高められるという。Flitto Inc.およびその日本法人フリットジャパン(以下、フリット)は、こうしたサービスやプロダクト開発によりAI産業の発展に寄与しているというわけだ。特質があるマーケットのため、今後も市場シェアしていきたいを拡大したい構えである。

(※1) 富士キメラ総研 調べ
(※2) コーパス(英:corpus)…個別の言語や作家のテキスト、母語話者の発話記録などを網羅し、言語研究のために集積された資料のこと。特にコンピュータを利用してデータベース化された、大規模な言語資料を指す。

多国籍チームを形成する企業はカントリーマネージャーにリードさせる

●多国籍チームを結成。それをまとめる「カントリーマネージャー」の存在

さて、ここまでお伝えした通り、フリットは日本以外に本社の韓国、そして中国にも拠点を持つグローバル企業であり、当然そこで働く従業員たちも多国籍メンバーで構成されている。現在、日本法人フリットの従業員数は7名、そのうち外国籍の従業員が3名という構成だ。中でも、副業として業務委託契約を結んでいる社員が7名中5名。さらには社員全員が国を跨いだフルリモート下での就業となっている。さながら、社員全員が個人事業主のような体裁である。

以下が、同社の主な組織構成だ。

・社内言語で使用する言語は日本語・英語・韓国語
・平均年齢29歳
・勤務地による時差を利用し、会社自体は24時間稼働
・多国籍チームのマネジメントを行うカントリーマネージャーを配置

では、順を追って見ていこう。飛び交う社内言語はグローバル。本社の韓国語、日本法人の日本語、そして共通言語である英語などさまざまだ。そして平均年齢も29歳と比較的若い。次に、同社の事業の柱は、オンライン翻訳サービスの提供である。翻訳サービスで得た言語データ(コーパスデータ)を、AIの開発会社に提供することでマネタイズしている。その上で世界のグローバル企業がデータを購入するため、それぞれの企業やサービスに合わせてプロジェクトチームが組まれる。

プロジェクトは世界各地で発足するため、同社でアサインされるメンバーはプロジェクトごとに業務委託契約を結ぶ。先述したように、社員の中には本業を持ち、副業としてフリットのプロジェクトに参加するメンバーもいる。もちろん居住地は世界中に散らばっているため、勤務地の時差を利用し、フリット自体は24時間稼働の業務遂行が可能というわけだ。メンバーが副業という形で業務委託契約を結び、プロジェクトアサインしてもらうためには、もう一つの目的がある。

日本法人の代表取締役を務める冨山亮太氏(以下、冨山氏)は、次のように語る。

副業といっても、片手間でできるようなプロジェクトではありません。全員がプロジェクトマネージャー、つまりプロフェッショナル人材をアサインしています。まず業務委託契約を結んでフリットという会社と、手掛ける業務を知ってもらい、いずれは社員に招きたいという狙いがあります。業務委託契約の締結は、言わばメンバーにとってお試し期間であり、エンゲージメントを高める期間でもあります。当社の風土や業務内容を気に入ってもらえれば、そのままコアメンバーとして活躍することも可能ですし、横のつながりで社員紹介も期待できる。そのため業務委託契約はフリットとの最初のタッチポイント。現在7名在籍しているメンバーは、全員リファラル採用で獲得しました」。

中でも目を引くのは、そんな多国籍チーム・プロジェクトを取りまとめるカントリーマネージャーの存在だ。前述のように、勤務地も就業時間もバラバラなメンバーを取りまとめるのは、さぞかし苦労が多いと推察できるが――。

(多国籍チームのまとめ方に関して)
「強いて言えば本社や他拠点とのコミュニケーションに苦労しますが、実はメンバーレベルで言うと『管理する』必要がありません。国籍も、育ってきた環境も、商習慣も何かもが異なる人間を一つにまとめることはできませんから。ですが、要はプロジェクトごとにゴールを定め、プロジェクトの完成(納品)というKPI(重要業績評価指数=Key Performance Indicator)に対していかにアプローチしていくか、またいかに計画を立てていくかは、すべてメンバーたちに任せています。この『スタートとゴールだけを決める』『それまでの途中ルートは自分で考える』というスタイルさえ提供しておけばそれぞれで自走してくれるのです。こういった習慣は、日本の風土で育っていないこともポイントとしてあるでしょう。むしろ、日本以外の国に住む人たちにとっては、こうしたKPIの立て方がオーソリティなんです」と冨山氏は語る。

世界同時運用しているプロジェクトの確認も実は簡単だという。カレンダーを共有し、勤怠連絡をSlackで入力してもらうだけ。業務を行っているときはオンライン、業務を行っていないときはオフライン表示というルールを決めるだけだ。メンバーの就業状況は実にわかりやすい。また、報酬は成果型ではなく、時給で換算される。PMは成果が見えづらいため、勤務時間を自己申告してもらい、3カ月ごとにパフォーマンスを含めて人事評価されるという仕組みだ。特徴的なのは、メンバー全員がパフォーマンスに沿って自己申告してくれること。副業では自分の時間をどのように確保するのかが重要で、本業の方でも重要なポジション に就いている人にとっても、このような申告制の仕組みの方が個人のスキルセットに合っているという。まさにプロ人材の集合体だ。

プロジェクトの運用方法も、シンプルそのものだ。データの集め方はたくさんあるが、自社のクラウドソーシングを使うことが大前提。収集したデータに対して、さらに加工する際はベンダーを使う。そのために多少のクリエイティブな作業が発生する。手法は何でもいい。データを作つくる方法を自ら生みだし、それを期日というゴールまでに納品してもらう。ただそれだけである。

冨山氏は「答えの出し方まで日本は教育してしまうので、『どうやったらいいですか?』という質問をしてしまいがちです。自分の場合、もともと1社目に働いた企業がイギリスの金融機関で、その社長から教えてもらったことでもあるのですが、『スタートとゴールは教えるが、ルートは自分で考えなさい』というスタンスを取っています」。この到達性(成果物)の質を高めるためには、期日を設けることが大事なのだという。期日は夏休みの宿題と同じで、コツコツやる人もいれば提出期限ぎりぎり一気にやる人もいる。要は集中力を小出しにする人と高まった時に一気に取り組める人の違いだ。

そこへ管理者は関与せず、メンバーに任せた方がいいと冨山氏は考えている。ただし、リスクの高い納品の場合は、中間ポイントで分割納品などを行い、リスクヘッジは決して忘れない。こうした仕事の進め方は、多国籍チームの運用には向いている。ほとんどのメンバーは「こう考えるけど、こう進めていいかな」という提案を行っている。

このように国を跨ぐプロジェクトを遂行する場合、国籍、就業時間や場所、働き方や文化的背景までさまざまな要素が絡んでくるが、フリットはカントリーマネージャーを置くことにより、その障害を突破している。次に日本法人をまとめる冨山氏に、グローバル社会・グローバル企業への向き合い方や、次世代のリーダー論などを語っていただこう。

「どうなりたい?」を明確に示すリーダーが必要

冨山氏

新型コロナウイルス感染症の蔓延により、働き方や管理職の在り方などが改めて問われる世の中になりました

冨山氏:今後の日本の組織で必要となってくるのはマネージャーではなくリーダーです。現行のマネジメントシステムは、将来的にどんどんテクノロジーに置き換わっていくでしょう。従業員の満足度についても、データを見ればわかる社会になりました。別に1on1(対面ヒアリング)を実施しなくても、従業員のすべてがわかる。得てして、管理しようとするマネージャーは将来、恐らく生き残れないんじゃないかなと見ています。それよりも、組織をリードできる存在の方が必要です。それも自ら結果を出せる人、組織の掲げるビジョンを体現できる人、中長期的な構想を語れる人、こういったことが次代のリーダーに必要な要素だと考えています。

日本企業が取っている対策は、世界的な視野で見るとかなり後手に回っていると言わざるを得ません。現状の探索をするのは、経営者やリーダーが行うべき最低限の仕事です。次を考えていかなければならないと思います。ちなみに「DX(Digital Transformation)」は日本でしか通用しない言葉です。旧態依然としていた日本が抱える課題であり、コロナ禍によって顕在化したニーズにすぎません。本当は昨日終わっていないといけない課題なんです。

「リモートが整いました」、「リファラル採用や副業がうまくいきました」、と言っているそばで欧州や北米、アジア圏などでは次のフェーズに乗り出しています。ですから、そこに対して市況を先読みするチカラが今の日本には必要です。欧州や北米のリーディング企業がどう市況を読み、どう動くのか。それに追従していった方が賢明だと感じますね。特にアメリカは地理的な問題もあって、車で通勤するか、リモートワークかの二択というケースも珍しくない。ですからテレワークとは言わずに、work from homeという言葉があるくらい、当たり前な働き方なのです。アメリカなどでそういったことを当たり前にこなしてきたリーディングカンパニーをフォローしていく方が、むしろ将来のヒントをつかみやすいのです。われわれも韓国、中国、日本にそれぞれ拠点があるため市況感や働き方などは共有できていることは有り難いですね。

リーダーとして、カントリマネージャーの位置付けとはどのようなものでしょうか。

冨山氏:ほとんどのメンバーには副業として業務をこなしてもらっているので、朝と晩にSlackで「オンラインにします」「オフラインにします」と勤怠報告だけしてもらっています。メンバーの一人はオーストラリア人。彼は現在ロンドンに住んでいるのですが、日本時間の19時に他のメンバーが「オフラインにします」と報告すると、同時に「オンラインにします」とくるわけです。彼の住むロンドンは朝の10時ですから。面白いですよね。でもカントリーマネージャーはそこで寝られなくなってしまうので、より明確な目標だけを設定することでマネジメントしている状態です。つまり、本人の自主性を重んじているわけです。

もちろん、自主性だけに任せてしまっては駄目ですが、この時代、先の見えないことに対して、どれだけチャレンジするかが大事となってくるわけで、そうしたメンバーばかりが集まってくれたのは幸運だったといえます。また、一人一人のメンバーと話していても感じますが、本当に生まれ育った国や背景、生活文化がまったく違う。自分がどれだけ相手の文化を理解して柔軟に対応するのかが求められますね。ですから、彼らのスキルや考え方、文化的背景や生活様式などを全部受け入れた上で、最高のパフォーマンスを発揮できるようにリードしていくこと。それがもっとも難しく、また逆にもっともやりがいを感じる点です。

多国籍チームをまとめる上で大事な要素は、自分たちが所属するチームに誇りを持たせることです。連帯感とでも言いましょうか。それには、本社が抱えるビジョンはもちろん最優先であるにしても、グループで掲げるビジョン、あるいはローカルで掲げるビジョンをそれぞれ分けて持つことが必要です。そこで大事なポイントが2つ。1つは、国籍は違えど同じ人間なので、感情に訴えかけるストーリーの提示。もう1つは明確なゴール設定です。また他拠点をライバルでもあり仲間だと認識すること。時に協力し、時に意見をぶつけ合う環境があるのは貴重だと思っています。明確で定量的な数字(予算や実績など)を持って競争する。みんなですごく良いゴールに到着することが必要なのです。

リモートワーク下では、国も環境も違うので、メンバーの仕事は”作業”になりかねない。そこで自分が仕事をすることによって、世界の人々がどう幸せになっていくかを想像させるストーリーをつくることも大事になるわけです。つまりこれは、仕事に対して情熱を持ってもらうための大事な要素です。たとえば、当社のサービスに当てはめると「言語の壁を超える」というビジョンがある。われわれのサービスで国際結婚ができた、グローバルなビジネスが成功したなどのストーリー設計です。そして、それらをメンバーと共有する。もちろん、まとめるリーダーは視野を広げ続けて、ドメスティックなマネジメントにならないことも必要です。

リモートワーク下

ニューノーマル時代と言われる、これから求められる人材と働き方についてどうお考えですか

冨山氏:ありきたりですが、やはり世界に目を向けるべきです。今、社内から社外へ向けて活躍できるようになったので、同じようにマインドセットも内から外へ、国内から海外へ向ける。そうすれば自分の視点も広くなるので、マクロで市況も見れるようになる。そうすると自分の会社はどんな事業をやっていて、マーケットではどのような位置にいて、こういう質のプレイヤーがいて、世界とはこう連動している――などの見方ができるようになります。興味のある市場や企業に目を向けたとき、その会社にいる人はどうやって働いているんだろうとか、自分の人生観や働き方も違って見えてくるはずです。

日本というドメスティックな視点だけで考えてしまうと、常識とルールと固定概念、敷かれたレールがどうしても目に入ってきてしまうので、そこにstruggle(反抗やあがき)を覚えてしまう人は少なくありません。彼らのパフォーマンスを発揮できる環境を整えるのが、われわれ大人や社会の役割だと思います。

先日、高校生と将来の夢についてヒアリングする機会がありましたが、なりたい自分像を言語化できないんです。きっとあるはずなのに…。ところが、なりたくない将来像について問うと、全部きれいに言語化できる。たとえば「毎日満員電車乗りたくない」「時間に縛られたくない」「夏にスーツを着て汗をかきたくない」など。若者のなりたくない像がはっきりしているのは、良くないなと思いました。だから「どうなりたい?」と聞かれたときに明確に言語化できるよう、組織の先輩やリーダーが行動でもって示さなければならないと、そのとき感じましたね。

カントリーマネージャーという仕事はもっと広まっていいと思っています。現在UberやGoogle、Instagram、Facebookなどはすべて海外生まれのツールです。昔は「TOYOTAのクルマを作りたい」「Sonyでゲームをつくりたい」などの夢を若者は語っていた。だからテクノロジー系の企業の採用がより進んでいます。現代社会に生きる私たちは「今使っているツールの次をつくってみたいと思いませんか」と提示できなければならない。われわれもグローバルに見ると社員100名以上の上場企業となりますが、日本で見ると社員7名の会社です。ですから「世界を見ていこう、その上で取り入れるべきものは取り入れていこう」と考えるわけです。仕事となると急に職場や身近な人といったローカルな話題になる、日本人の癖もそろそろ脱却したいですね(笑)。

冨山氏

【取材後記】

国籍も、育った環境も、信じる宗教もまるで違う――。そんな多国籍チームをまとめるカントリーマネージャーというポジション。リモートワークが進み、一人一人の価値観や働き方が大事にされるべき時代において、私たちは改めて世界の多様性を受け入れ、そして実行していくフェーズに来ているのかもしれない。「すべてをまず受け入れる」という冨山氏が語るリーダー論に、いったいどれくらいの人が当てはまっているのだろうか。まずは自分の所属する一人一人のメンバーとの対話を試みるのもいいだろう。

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【関連資料】
『コンピテンシー評価シート【サンプル】』
『【Word版】副業・兼業申請書』
『企業は副業を解禁すべきか?20代・30代の副業意識/実態調査』

取材・文/鈴政 武尊、編集/鈴政 武尊