中高年の余剰人員はいまや経営課題。2021年の人材活用は”出向”がキーワード【1/3】
d’s JOURNAL編集部
プロフィール2020年、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、世界的な経済危機に陥ったことは周知の通り。日本においても会社や店が閉まり、給与が減り、それに伴い失業した人も増加傾向にある。その影響の大きさは、2008年に起きた「リーマン・ショック」と呼ばれる世界的な経済危機とよく比べられているが、コロナ禍においての人材の流動性やその影響はどうなのだろうか。今回から全3回にわたって、社会を取り巻く人事の情勢や、中高年のキャリア形成とその雇用の在り方など、「戦略人事としての中高年キャリアを考える」と題してフォーカスしていく。
「社員出向」が運輸・旅客の世界で現実に
2020年の新型コロナウイルスの感染流行拡大の影響により、日本でも多くの経済的影響を受けた。その大きさは、2008年に起きた「リーマン・ショック」とよく比べられるが、とりわけ日本においては、実に10年周期で経済危機が起きている事実がある。例えば、1990年台のバブル崩壊、次に2000年台には米国で起きたITバブル崩壊に牽引する形で日本経済への影響、そしてリーマンショック、最後にコロナショックである。特に、コロナ禍におけるHR・人材市場は大きな変化が見られたと言えよう。
実体経済への影響により雇用情勢が一変した
先のリーマンショック時では、実体経済よりも金融経済に影響が出たと言われる。しかしコロナ禍である現在は、実体経済が大きなダメージを被り、金融経済や株価には直接的なダメージは少なかった。先述とは真逆のことが起きているわけだ。同じ景気後退でも状況はまるで違うと言えるだろう。
そんな経済状況の中、2020年に生きている私たち自身は、自分の働き方、会社や組織の在り方、商品や・サービス、社会構造といった全ての仕組みの見直しを余儀なくされた。特にHR・人材市場においては流動的であり、新型コロナウイルス感染流行拡大の影響で、雇用情勢は厳しさを増す一方だ。有効求人倍率は、2019年4月の1.63倍から2020年10月には1.04倍まで低下(一般職業紹介状況(令和2年10月分)について|厚生労働省)。失業率は2019年12月の2.2%から2020年10月には3.1%まで上昇している(総務省統計局:12/1公表)。
一方で、私たちの働き方や生活体系も、「テレワーク」や「オンラインコミュニケーション」、「巣ごもり」「デリバリー」といった、人によってはまったく違うスタイルに変化していった。とりわけ毎日オフィスに通勤していたビジネスパーソンにとって、特に4月の緊急事態宣言以降、物理的に働く環境が会社からロックアウトされるなどして、その変化がストレスになる人も少なくなかった。
また、働く環境の変化が著しかった業界は、既知の通りではあるが、特に飲食、旅客、サービス業分野が挙げられる。賞与カットは当然として、年収減に悩む人たち、会社にいたっては早期希望退職制度を敢行したり、雇用調整による再就職支援サービスを設置するケースも増加したのだ。特に、2013年の改正高年齢者雇用安定法の制定により、従業員が65歳まで働けるようになったため、企業側は雇用環境や賃金、労働時間の見直しなどに取り組む必要が生じたことも、上記のような対策を早めることにもつながった。
雇用調整を実施する会社が増加に
現在、多くの企業が頭を抱えている問題がある。それは中高年正社員の雇用だ。実は、日本における正社員の給与の内訳を見てみると、約半分程度は40~50代前半の社員に支払われていると言われる。年功賃金や終身雇用といった日本独自の雇用制度がその問題を膨らませているとも言えるだろう。
そこで上場企業を中心に早期・希望退職者を募る動きも出ている。早期・希望退職者募集を実施している会社は、72社1万4000人(11/2時点)。これは2019年通年(35件)の2倍増である。年間で実施企業が70社を超えたのは、リーマンショックの影響の後を引く2010年(85社)以来、10年ぶりとなる。
さらに、募集総人数も判明している分だけで1万4095人を数え、2019年通年(1万1351人)をすでに上回っている状況だ。そして新型コロナの影響を要因(間接的含む)に挙げているのは29社。全体では約4割に上る。業種別の内訳では、アパレルと外食分野で各6社。次に電気機器メーカーとサービス分野が各5社、輸送用機器が3社、小売2社である。
募集人数は、日立金属の1,030人(21/3期、22/3期)。次にレオパレス21の1,000人、コカ・コーラボトラーズジャパンホールディングス900人、ファミリーマート800人、グループ子会社での複数募集を行うシチズン時計が約750人という内容である。ただしこれは、新型コロナ流行前に計画されていた構造改革が、コロナ禍においてその実行が早まったと見ることが一般的だ。株式会社パーソル総合研究所の石橋誉氏(以下、石橋氏)は次のように説明する。
「コロナショックの影響を受けて雇用調整策に乗り出してくる企業は、実はこれから本格的に増えていくのではないかと予想しています。具体的には、今年度の決算が終わり、来年2021年の株主総会の時点で英断を迫られるタイミング。コロナの影響による特別損失を計上して、早期・希望退職者を募るという流れです」。
事実、4月~6月末までの早期・希望退職者募集に踏み切る企業は少なかった。しかしながら人材サービス会社への相談件数は増えていた。その相談内容も「社員出向に関する雇用調整の面倒を見てほしいから何とかしてくれないか」といったものである。
今年を代表する雇用流動、それは――
そうした背景を経て、日本では雇用情勢に新たな動きが見られた。それはANAホールディングスの最終損益が5100億円の赤字見通しとなったことを受け、それまで客室乗務員の8割に当たる約6400人を一時帰休などの措置をとっていた全日本空輸(ANA/NH)も、400人以上の社員をグループ外の企業に出向させると発表した。つまり大きな雇用調整に入ったのである。
「彼らは、雇用は維持していきたいが、国際線は前年比で9割減の状況です。本来、旅客・運輸分野では2020年に開催される国際的なスポーツ大会の需要を見込み、人材や施設、経費増強に注力していました。全てこれらにシフトしていたのが大きな仇となったのです。そこで雇用調整のひとつとして、社員を外部企業へ送り出す『出向』を決意した。出向形態を受け入れやすい企業が出れば、人材の流動を促すことができるし、政府としても雇用助成金を出して雇用の維持を守ってもらえるのであれば歓迎するといった状況になります。
出向という言葉が大きくフィーチャーされたのは、やはりテレビドラマ「半沢直樹」(TBSテレビ/2020年)が記憶に新しいでしょう。実は銀行やグループ会社の多い企業集合体では当たり前の世界でした。例えば銀行では、定年まで勤め上げられる人はごくわずか。一般的には50歳前後で同期年次社員がある程度、昇格などで上へ抜けていくと、本体に残れない人材はキャリア研修などに召集されるようになっています。その際に当事者は『いよいよ残れないんだな』と思い、覚悟を決めるわけです。銀行での出向は代謝政策の一環としてあったわけです。
しかし半面、出向は世間ではおよそメジャーとは言い難いものでした。ほとんどの人にとって馴染みの薄いもの。ですから今回、運輸・旅客の世界で、出向という動きが出てきたのは、今年を象徴する出来事のひとつになったと言えるのではないでしょうか」(石橋氏)。
出向は再配置措置
人材の足りていない場所や部署へ、人材が余っている場所や部署に再配置する――。それが本来、出向の考え方だ。またそれは企業内での再配置、あるいは資本・取引関係のある会社への再配置が一般的であった。今回のコロナ禍で起きた再配置の措置は、これまで資本・取引関係のない企業や土地への再配置だった。
「例えば、銀行の出向がなぜ成立するかをご説明します。それは銀行と当該企業に融資関係があるからにほかなりません。つまり受け入れ企業と出し先企業は受益関係で紐づいているわけです。その上でメインバンクとの関係性を維持するために銀行員の人材を受け入れるのが一般的でした。あるいは出資率の関係性で受け入れることが暗黙の了解というルートが備わっていた。例えばそのルートもグループ会社だと10%~30%、多い企業では50%に上ることもあるわけです。いずれも取引の関係性があるかどうかがポイント。これが出向の王道パターンです。
ところが今回の全日空の出向要請はまったく取引関係のない企業だったのです。また出向政策は、これまで人事の課題とされていました。人材サービス会社には、個別に出向のためのエージェントを依頼してくるパターンが往々にしてあったわけですが、今回のケースでは、いわゆる余剰人員における対策規模がとても大きい。全社的な経営課題として出向を推し進めていかざるを得なくなったわけです。
銀行組織であれば、50歳前後になればゆくゆくは出向だろうと本人自身が自覚することもできました。ましてや全日空の社員が佐賀県の観光振興課にいく、あるいはコールセンターで働くなど誰も分からないし、想像ができなかったことでした」(石橋氏)
同じ会社で、同じ職種で勤め上げていくことが当たり前と考えていた人にとって、今回、同じ会社に籍を置いているにも関わらずキャリアチェンジの幅が意図せず広がってしまった。これは幸か不幸か。
総合職制度を採用する日本ならではの課題とは
一方で、出向を命じられている社員の雇用形態にも大きな特徴がある。それは総合職が対象だということだ。具体的には、地域限定社員やジョブ型雇用など、労働契約上、働き方を定めている職種、あるいはジョブディスクリプション上の明記項目以外の仕事は行わない専門職種が除外されているという点だ。総合職は、メンバーシップ型雇用とも言われ、会社の業態やコンセプトに合わせてさまざまな業務をこなす、いわば日本社会で根付いた働き方のひとつだ。
「出向や転勤の指示があった場合、当たり前ですが本人の同意が必要不可欠です。しかし現状、例えばグループ会社への出向辞令であれば、本人の同意なく進めることができる。とはいえ、他社への出向の場合、本人の同意をまったく無視して進めていいというわけではなく、当然本人の意思確認は必要となります。しかし、本来出向の辞令というものは相当の強制力が伴うものなので、今の会社に残りたいのであればオファーを受け入れざるを得ないという状況を生んでいます」(石橋氏)
担う職務や勤務地を特定させるジョブ型を雇用形態としている企業は多くはない。もし、ジョブ型雇用を採用をしていれば、事業の縮退でポジションが無くなると同時に雇用解除をする大義名分も成り立つ。一方で、多くの企業はいまだ総合職雇用、つまりメンバーシップ型を雇用制度として採用しており、転勤やポジションチェンジをさせても雇用を維持することを約束する形態を採っている。それが今回の強制力を伴う出向の辞令にもつながり、多くの企業で出向を可能にしている現状となったのだという。ある面で総合職は雇用の継続性はあるものの、職務の継続性は低い雇用形態であると言えよう。
またメンバーシップ型の出向勤務として課題に挙げられるのは、評価、報酬決定は出向元企業が保持しながら、業務上の指揮命令は出向先で行うことになり、人事制度運用とマネジメントが一体化されていない。このため企業の出向策というものは、人材を戦力として活用する方策として採られるものではなく、メンバーシップ雇用型における雇用調整施策ととらえられる側面も持つのである。
そこで、職務や勤務地を限定しないのが総合職の特徴であった一方で、コロナ禍をきっかけに自身の役割を明確化させる動きが出てきている。毎日職場に出勤していた頃は、隣のメンバーがどのような業務を行っているか、自分の仕事は何なのかなど、一人一人に明確に役割を定めて仕事させるようなことしなくても良かった。
ところがリモートワークに移行したために、職場の周囲の状況を見ながら自分のするべきことを都度都度把握する機会は全くなくなってしまった。得てしてコロナ禍の状況は、「自分がすべきジョブ」を明確化したビジネスパーソンが増えたのも事実である。リモートワークとジョブ型雇用は相性が良いのである。
雇用調整としてジョブ型雇用へのシフトを実施
話を戻そう。雇用調整にはいくつかの事例がある。企業の人事構造改革として、事業遂行において理想と考える要員構成や人件費を踏まえた上で、人余りや払い過ぎを解消することを目的としたジョブ型雇用へのシフトだ。
例えば、三菱ケミカルは10月、人事制度をこれまでとは違う形態へと刷新していく。具体的には約4,000人の管理職社員に対して、職務内容を明確にして成果で処遇するジョブ型雇用を導入。オプションとして50代以上には早期希望退職の道も用意している。さらに管理職以外の一般職でも、希望者だけが転勤できるようにする制度も整えた。社員の専門性や主体性を高め、能力が発揮しやすい環境をつくるのが狙いである。
ジョブ型雇用は、「人ありきで椅子を用意するのではなく、まず椅子の大きさと数を定義することが先に来る」という特色がある。従来のメンバーシップ雇用では、3000人の管理職がいれば、3000人分の管理職か管理職を置ける組織を外に用意するという考え方だったが、ジョブ型雇用においては事業計画・規模から計算して、管理職は10人、現場には100人配属といった、椅子の数が先に決まる。
例えば、事業計画上、2000人の管理職が妥当であるとされれば、3000人の管理職がいても1000人分の椅子は無いという状況になるのである。そうなると格下の椅子に座り直してもらうか、あるいは外に出てもらうしか道が無くなるわけだ。これが管理職という大きな椅子ではなく、そのもの椅子の数であれば、それは即ち余剰人員。ジョブ型雇用における再配置というのは、ミスマッチ社員のリプレースともとれるのである。
今後、社員出向を促す企業は増加傾向に
さて、今後日本の雇用はどのような変化を見せてくるのだろう。出向にもメリットとデメリットがあると石橋氏は語る。
「人事側から見ると、雇用調整、つまり社員の再配置を促す出向は、雇用形態を解消しなくて良いメリットがあります。日本には整理解雇に必要な4要件(※)があり、それをクリアしない限り人員整理は出来ない。しかしその一方で、日本では異動配置の権利は、自由度が高く認められています。そして、社員も異動配置に対する拒絶はできない。これが日本の雇用の特徴的な部分です。
ですが、異動配置の一環としての出向施策は、グループ内部に異動配置先として受け入れ余力のある組織が存在し、企業の内部で需給ギャップを調整できる受け皿があることが前提であり、いち企業の中だけでは需給ギャップが存在せず、全体的な余剰感のある状況では調整機能としてはもはや機能しない。今回のANAのように企業の枠を超えた出向政策は、国の助成金などの支援策がないことには容易に成立するものではないというのがデメリットです。
また一方で、出向の受け入れ側である企業が、出向してきた社員を活用することに対してどこまでメリットを感じてもらえるかも課題です。例えば、いつかは出向元に戻ることを頭に思い描きながら、「どうせ2年で帰るんだろ」といった具合に腰掛の気分で仕事をしている出向社員を、受け入れ元企業は決して良しとはしないでしょう。既存の社員の配置ローテーションやモチベーションにも大きな影響が出ます。
前職で年収1000万円のパフォーマンスで働いていた人を400万円で使えるとなると、受け入れ組織としてはお得感がありますが、本腰で働いてくれるかどうかは分かりません。そもそも、大企業は同程度の仕事でも報酬が高いものであり、それを割り引いてやる気も下がっているのだとすると、「お買い得」ではなく完全な「割り損」ですから」
しかし、地方、さらに中堅中小企業であれば、出向の受け入れ先として十分メリットを感じられる可能性もあるという。一般的に、地方の中小企業では、求人媒体もハローワーク以外の手段を持たず経験を積んだベテラン社員の不足に悩まされているケースが少なくない。地方になればなるほどその傾向はより顕著だとも言う。そのため出向形態の受け入れ余地としては地方に分があるというのが石橋氏の見解だ。
地方中小企業は、若手社員が集まらずに辞めてしまう。そして教育投資に余力がなく、スキルのある社員が慢性的に足りない状況にある。だからこそ出向人材をうまく活用すれば大きなメリットを生み出せる可能性はあるというのだ。
「出向社員が、自分たちにはない経験やスキルを持っている、大企業から来た人は潰しが効かないと最初は思っていたが意外といいね、と食わず嫌いだったと企業が思う可能性も考え得る。今後そういった認識が広がれば、社員出向により地方企業が大きな成長発展につながる可能性もあります。一方、大企業から中小企業に出向する側の社員も、広い専門性やポータブルスキルをく身につけておく必要があります。これまではファーストしか守れなかった野球選手が、今度はショートもセンターも守れるよう守備範囲を広く持つ必要があるということですね」(石橋氏)。
(※)整理解雇を行うためには原則として、1.人員整理の必要性、2.解雇回避努力義務の履行、3.被解雇者選定の合理性、4.解雇手続の妥当性が充たされていなければならないとされている
【次回】
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取材・文/鈴政武尊、編集/d’s JOURNAL編集部