“やる気がなくても真剣にやる”とは⁉自律型人財開発に成功している木村石鹸の「じぶんプロジェクト」【連載 第14回 隣の気になる人事さん】

木村石鹸工業株式会社

代表取締役社長 木村祥一郎(きむら・しょういちろう)

プロフィール
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  • 職場を良くしていくために適任なのは経営者ではなく、現場で起きる問題を最も理解している社員たちである
  • 多少の負荷を生じさせ、やるべきことを増やしたほうが、本質的な業務改善につながる可能性がある
  • 問題は、互いのことをよく知っているだけで解決できることが多いため、ウェットな人との関わりが重要だと感じる

全国各地の人事・採用担当者や経営者がバトンをつなぎ、気になる取り組みの裏側を探る連載企画「隣の気になる人事さん」。

第13回の記事に登場した株式会社バリューブックスの中村和義さんと鳥居希さんは、創業約100年の老舗メーカーでありながら、「クラウドファンディング発のシャンプー」など独自のブランド展開でも注目される木村石鹸工業株式会社(以下、木村石鹸)を気になる企業として紹介してくれました。

▶バリューブックスの中村さんと鳥居さんが登場した第13回の記事はコチラ
チャレンジしたいときにできれば制度はいらない。“人起点”の組織をつくる、バリューブックス

木村石鹸では社員自らが会社全体の課題解決について議論し、アクションを担う、その名も「じぶんプロジェクト」が進められています。多くの企業が自律した人材の育成に注力している昨今だからこそ注目したい取り組みです。なぜ同社では、社員が全社的な課題を自分ごととして捉えられるのでしょうか。

プロジェクトは「自分をさらけ出す」ことから始まる

——じぶんプロジェクトの実施背景について伺います。木村さんはnoteの投稿で「自分が働きたい会社は、自分たちでつくっていってほしい」という社員へのメッセージをつづっていますね。

木村氏:職場を良くしていくために最も適任なのは、現場で起きる問題を最も理解している社員のみんなだと思っています。でも以前の木村石鹸では社員が「職場を良くするのは経営者がやること」だと思い込んでいて、自分たちがその権限を持っているとは認識していなかったようです。だから、社員のみんなにもできることがたくさんあることを実感してほしいと思っていました。

私が家業に戻る前の数年は業績を含めて当社の状況があまり良くなかったこともあり、みんなネガティブな考え方になっていて、新しい取り組みにも後ろ向きでした。そんな状況も変えていきたいと考えていましたね。

 

——じぶんプロジェクトの具体的な進め方を教えてください。

木村氏:全体では6〜8カ月をかけて進めています。大きく分けると「参加者が互いについての理解を深めるフェーズ」と、「問題を議論して解決策を練っていくフェーズ」があります。

参加メンバーは異なる部門から集まっているので、最初は互いのことをよく知りません。この状態で会社の問題を議論しようとしても、遠慮して言いたいことを言えない。だからまずは互いのことをさらけ出す場をつくっています。

——参加者はどのようにして自分をさらけ出すのですか?

木村氏:それぞれに自分自身の課題を話してもらい、他の人は「ひたすら質問をするだけ」という場を設けています。ここでは誰かが開示した課題に対して、解決策を提示したり問題点を指摘したりするのはNG。質問だけでコミュニケーションを図り、課題を話す本人自身に気づきを与えることを目的にしています。

これをやると全員が自分自身をさらけ出すことになるので、参加者同士の理解が深まり、仲良くなっていくんですよ。ここまでおおむね3〜4カ月、じぶんプロジェクトが始まる前哨戦のようなものですね。

次に会社の問題をみんなで洗い出し、整理して、根源的な課題を特定してもらいます。その後の解決プランや予算案もプロジェクトメンバーで考え、私をはじめとした役員陣に提案してもらい、実際にアクションを担ってもらうという流れです。

柔軟な発想で課題解決に挑む若手メンバーへの期待

——じぶんプロジェクトのメンバーはどのように選抜しているのでしょうか。

木村氏:基本的には私が選んで指名しています。最初の年はマネージャー陣が対象でした。当時はマネージャーたちも、自分たちが会社を変えていく当事者だと思っていなかったんです。2年目からは主に、各部門の要となりそうな若手に声をかけていきました。

——社長の声かけに対し、「やりたくない」と取り組みに対して後ろ向きな声は出ませんでしたか?

 

木村氏:ほとんどが前向きに取り組んでくれましたが、一人、「なんで私が参加しなきゃいけないんですか?」といった反応がありました。そのとき私は「参加は“いやいや”でもいい」と伝えたんです。そのうえで、「参加しているときは、“いやいや”ではなく、真剣に取り組んでほしい」と言いました。若手の中でもそのメンバーがキーマン的な存在だったからです。

——“いやいや”な気持ちでも、真剣に取り組んでもらえればいい理由は?

木村氏:遊び半分だと、「○○のせいでプロジェクトがうまくいかなかった可能性がある」となってしまうかもしれないけれど、真剣に取り組めば、プロジェクトが功を奏しなくても、「参加した意味がなかった」と私を批判してもらえればいいんです。そのメンバーは結果的に私のオファーを受けてくれて、のちに「プロジェクトに参加して良かった」と言ってくれましたね。

じぶんプロジェクトは担当業務とは直接関係のないことに取り組む可能性もあります。でも、じぶんプロジェクトを通して、メンバーの存在価値や強みをより引き出すことができる。それを社内で示せたひとつの事例ですね。

——若手を中心にした理由は?

木村氏:ベテランが新しいことに取り組んで頓挫すると、そのプライドを大いに傷つけてしまうかもしれません。でも若手だったら、仮に失敗しても大目に見てもらえるじゃないですか。それに若手のうちから全社的な課題の解決に挑むことは貴重な経験となるはず。ベテランには「若手がこれから挑戦していくからサポートしてほしい」とお願いしました。ベテランメンバーも、若手メンバーからの相談はうれしいはずだと。

プロジェクトの成果という意味でも若手の存在は大きいです。若い人たちは組織の常識に染まりきっていないので柔軟な発想ができるし、未来が長い分だけ課題解決への意識も高いはずですから。

——木村石鹸では残業がほとんどなく、定時に帰るのが普通だと聞いています。この状況で新しいプロジェクトを動かし、業務時間を割くことについて、社員から反対や懸念の声はありませんでしたか?

 

木村氏:取り組みを始めたころは、割と業務量に余裕があったんですよ。その意味では大きな反対の声はありませんでした。

一方で、余裕がある状況は決して悪いことではないのですが、それゆえに業務改善への意識は高いとは言えませんでした。じぶんプロジェクトによって多少の負荷を生じさせ、やるべきことを増やしたほうが、本質的な業務改善につながるかもしれないとも考えていました。

「会社の課題解決の一翼を担える」。プロジェクトメンバーが得た気づき

——じぶんプロジェクトを通じて可視化された課題や、その解決策として実行したアクションについて具体例をお聞かせください。

木村氏:アクションの具体例としては、今も続いている「社内報」や、社員同士が互いを評価し合う「社内アワード」などがあります。

こうした取り組みが生まれたのは、根源的な課題が社内コミュニケーションにあったから。毎年、じぶんプロジェクトを通じてさまざまな議論が展開されますが、最終的には「他部門へ相談しづらい」「風通しが良くない」などの社内コミュニケーションの問題に行き着くことが多いんです。

——取り組みによって、社内にはどのような変化が見られますか?エンゲージメント指標などは測定しているのでしょうか。

木村氏:いいえ。定量的な指標は測定しておらず、じぶんプロジェクトがどれほどの効果をもたらしているのかは正直に言うと測りきれていません。

ただ、会社の業績は伸び続けていますし、新たに取り組み始めた自社ブランドも好調です。各部門がそれぞれに裁量を持ち、自分たちで自分たちの課題を解決していくことが定着しつつあるからこそだと思っています。その意味ではプロジェクトの影響は着実に現れていると感じます。

 

——じぶんプロジェクトの参加者からはどのような声が寄せられていますか?

木村氏:印象的だったのは、ある社員の「会社の問題を自分の問題だと思っていなかった」という感想ですね。「でもプロジェクトに参加してからは会社の課題解決の一翼を担えることに気づいた」と続きます。私の抱いていた想いが伝わったのだと、うれしい気持ちになりました。

また、プロジェクトを一緒に進めたメンバーは、ものすごく仲が良いですね。今でも集まっている姿をよく見かけます。部門を超えて関係性をつくる場があることは、みんなにとって大きな意味を持っていたのではないでしょうか。

木村石鹸のものづくりを支えるのは、人と人の「ウェットな関わり」

——先ほど、じぶんプロジェクトでは「社内コミュニケーションの課題に行き着く」というお話がありました。くり返しアクションを重ねていても解決しない部分があるのでしょうか。

木村氏:コミュニケーション、つまり人間関係の問題は、完全になくなることはないのだと思います。人が増えたり変わったりすれば組織は少しずつ変わっていく。その時々で職場のコミュニケーションに課題を持ち、改善しようとするアクションを続けなければいけないのでは。

これが大企業なら、指示系統や情報共有の流れを決めるなどして、ルールによってドライに解決しようとするのかもしれません。でも木村石鹸は今でも50人程度の組織なので、ルールで縛るのではなく、一人ひとりが自主的に動いてほしいと思っています。一人ひとりがウェットに人と関わり、解決策を考え、コミュニケーションの課題に向き合ってほしいんです。

 

木村石鹸には大きく分けて開発・製造・営業の部門があります。どのパーツが欠けてもビジネスは成り立ちません。でも普段の仕事では、営業から製造へ「工場の状況はわからないけど、とにかくつくってくれ」と無茶振りするようなことが起こります。逆も然りで、別の部門へ対する不満が渦巻くことも。

こうした問題は、互いのことをよく知っているだけで解決できることが多いんですよね。“人と人”の良好な関係性があれば、何か無茶なことをお願いしなければいけないときに営業が工場に駆けつけ、「今度一杯おごるから何とかお願い!」とウェットに交渉することもできます。日頃からよく知る者同士としてやり取りしているので、頼まれた側も「こいつが言うなら一肌脱ごう」と思えます。

私はこれこそが、じぶんプロジェクトの本質的な成果だと感じています。ルールや仕組みに頼らなくても、互いにうまくやり取りして仕事を進められる。そんな社員みんなの人間力が、今の木村石鹸のものづくりを支えてくれているんです。

取材後記

「こんなやり方は、大企業では許されないのかもしれませんけどね」。ウェットな人間関係に基づく仕事の進め方について、木村さんはそう話していました。確かに組織が大きくなればなるほど職場はシステマチックになり、仕事以外の会話が減って、一緒に働く仲間への理解は浅くなっていってしまうものなのかもしれません。しかし、「互いのパーソナルな部分を知って仕事が進めやすくなった」という経験がある人も多いはず。自分と仲間を深く理解し、大きな目的に向かって協力する。そんな風土を生み出したからこそ、木村石鹸では自律的にアクションを起こす社員が増えているのではないでしょうか。

企画・編集/海野奈央(d’s JOURNAL編集部)、編集・取材/野村英之(プレスラボ)、文/多田慎介、撮影/牛久保賢二

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