Hondaの知能化領域。ときにミラクルを起こす「はずれ値人材」が、人と分かり合い協調する自動運転を実現

株式会社本田技術研究所 先進技術研究所

知能化領域 エグゼクティブチーフエンジニア/博士(工学)
安井裕司

プロフィール
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知能化領域 スタッフエンジニア
吉村美砂子

プロフィール
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知能化領域
小池陽介

プロフィール

統計学の世界には、はずれ値(Outlier)と呼ばれる概念がある。それに人材を当てはめると「他より著しく異なるため一般的結論を導けない人」という意味になり、海外では例えばアインシュタインやダヴィンチらをOutlierと呼ばれる。そんな彼らのことを、株式会社本田技術研究所(本社:埼玉県和光市、代表取締役社長:大津啓司)(以下、Honda)は敬意と親しみを込めて「はずれ値人材」と呼んでいる。そうした「はずれ値」とされた人材が集まった、同社の知能化領域を受け持つ先進技術研究所では、世界中の一人ひとりの「移動」と「暮らし」の進化を支える、新しいクルマの開発が日々進められている。

より多くの人を幸せにする知能化モビリティ実現を目指して結成された組織

空想の世界だと思われていたクルマの自動運転。そのテクノロジーがまさに現実になろうとしている現在、世界各地で実証実験の取り組みが盛んになり、実用化も加速している。日本の自動車メーカーも、その潮流に乗り、導入・普及に向けて各社で技術のしのぎを削っている現状だ。

そのような中、Hondaは20年11月、自動運転レベル3に求められる国土交通省の型式指定を取得したことを発表。さらに21年3月には、世界初となる自動運転レベル3を実現した「Honda SENSING Elite」を搭載する新レジェンドを発売したことは記憶に新しい。

そもそも自動運転に関して、ここで簡単にまとめてみよう。まず自動運転のための技術はレベル0~5に区分されており、これまで実用化されているのはレベル2の「運転支援車」まで。いわゆる「自動運転ができるクルマ」はレベル3以降の話だ。

そして理想的な「完全自動運転化」には、まだまだ時間がかかると言われている。しかしながら自動運転車の恩恵は大きく、交通事故の防止や渋滞の解消や緩和、さらにはさまざまな人の移動手段の確保などが期待できる。その完成と導入に関して世界中から求められている技術であることに異論を挟む余地はないだろう。

一方でその導入と普及には数々の課題もある。その一つに、レベル2が操縦の主体をドライバーとしている一方で、レベル3以上では操縦の主体は自動車に搭載されるシステムとなり、求められる技術力と難易度は格段に上がるということ。つまり完全自動運転化までに越えなければならない技術の壁が、レベル3以降急激に高くなるという問題だ。

Hondaでは、自家用車の自動運転レベル3領域の拡大,および,ドライバーの能力拡張による交通事故の低減や苦手運転シーンを支援する運転支援システムの技術を確立すべく研究開発を行っている。そのため知能化領域に携わる人材確保を以前から進めており、目下組織力強化に向けて注力している。

そこで今回は、Hondaの自動運転/運転支援技術を追求するために結成されたチームのひとつ、知能化領域の組織デザインとその採用ブランディングについて、現在絶賛活躍中のエンジニアの方のコメントを交えて迫ってみたいと思う。

若い世代が活躍する組織へ

まず、同社、先進技術研究所の知能化領域に携わるチームで、エグゼクティブチーフエンジニアを務める安井裕司氏(安井氏)は、自身の所属する組織を以下のように説明してくれた。

「もともと知能化領域におけるHondaの立ち位置は、AIベンチャーやIT企業などの他社と比べて後塵を拝す形となっておりました。そこでHondaが自動車メーカーとして他社とは違うアプローチで何ができるかを考えたとき、それは完全自動化したクルマではなく、あくまで人が主体のクルマを作ろうというコンセプトにたどり着きました。AIの先進技術へのチャレンジですが、そこに『Hondaらしさ』ももちろん必要。

それにより結成された部隊が、現在私たちの在籍している部署とチームになります。現在はより多くの人の自由な移動と安全を支える自動運転/運転支援技術の実用化に向けてメンバー一人一人がその英知と価値を発揮してもらっています」。

安井氏を筆頭とした知能化領域に携わる組織、中途採用者・グローバル採用者が多く所属しており、製造エンジニアの組織としては若手層が多いことが特徴である。この組織デザインを安井氏は次のように語る。

「組織が比較的若いのは、私が意図的に集めた、という背景もあります。従来では、電装部品の比率が増え、さまざまな電子制御機能を備えたいまの車の開発現場とはいえ、車体やブレーキ、ステアリングなどの従来自動車技術主体のエンジニアが、コアメンバーとなる組織が一般的でした。つまりクルマのエンジニアの先輩がいて後輩がいる。技術伝承も含めてのピラミッド型組織です。しかしAIの研究開発においてはその限りではなく、様子が違ってきます。

知能化領域は、IoTを含めたこれまでとは全く違った発想やアプローチ、そして技術が必要になる分野です。例えば、IT業界でよく採用されるティール組織やアジャイル型開発の方が、効率的な推進が可能となる側面がありますし、革新的な技術を生み出していくためには技術要素など基礎研究を長期的に担ってくれる若い方が必要なのです。幸いHondaにはワイガヤの風土が醸成されているので、そんな若い彼らが中心となって活躍する舞台として、知能化領域は特に相性が良かったのです」

「ワイガヤ」とは、自分の夢や仕事のあるべき姿などについて、年齢やポジションにとらわれずワイワイガヤガヤと腹を割って議論するHonda独自の文化のこと。合意形成を図るための妥協・調整の場ではなく、新しい価値やコンセプトを創りだす場として、本気で本音で徹底的に意見をぶつけ合う環境である。

業界初、世界初といった、Hondaがこれまで世に送り出してきた数々のイノべーションも、ワイガヤから生まれてきたのだそうだ。

さて、こうして編成された若手中心のチーム。彼らはどのように集められたのか。知能化領域を担う技術を持った若手エンジニア――、条件は厳しそうだ。次項ではその採用の母集団形成とブランディング戦略について見ていこう。

既存のものさしでは測れない「変人」に出会う、彼らがHondaを変えていく

話を少し前に戻す。Hondaでは知能化領域に携わるメンバーを集めるためのプロジェクトチームが立ち上がった。Hondaのビジョンを体現し、かつまったく新しい知能化領域でのHondaらしいクルマを世に生み出せることのできる人材を集めるために――。

実は最初から、あるキーワードを持った人材を集めようという構想が、プロジェクトチーム内の共通の見解として持たれていた。

それが「変人(Henjin)」である。

通常の商品開発とは異なり、クルマのAI研究開発とはいわば未来を模索するような作業であり、失敗も成功も予測不能な世界を自ら切り開いていくこと。そのため既存の枠や常識に捉われずに発想や行動する人材が必要となる。

そこで定義されたのは、発想力、挑戦力、集中力、発信力などどれかひとつが優れている人物といった概念ではなく、普通の枠組みから外れて発想する、違った視点で考えられる、本質をとことん追求する、没頭する、変化を楽しむ、といったポテンシャルを秘めている人物像である。つまりそれが「変人(Henjin)」だったというわけだ。随分とキャッチ―な言葉を用いているが、それは要するに、平均からはずれた部分にいる人のことを指しているのだ。

「統計学の世界には、はずれ値(Outlier)と呼ばれる概念があります。そこには「ほかと比べて著しく異なるため一般的結論を導けない人」という意味があります。当社はそんな変人である彼らのことを、敬意と親しみを込めて『はずれ値』の人材と呼ぶことにしたのです」。

安井氏は、変人を求めた経緯とその呼称を「はずれ値人材」としたことを説明してくれた。

Hondaの知能化領域で求めている人材は、顕在化していないポテンシャルを秘め、とんでもなくはずれた部分で革新的な可能性を見つけ出せる人だそうだ。及第点を卒なく出す優等生よりも失敗を恐れずにチャレンジし、ときに0点を取ってもなお果敢に挑戦する、そして奇跡の120点を叩き出すような人であった。

こうして立ち上がった採用プロジェクトが「はずれ値人材Meet Up!」である。30歳以下を対象にした、上記の「はずれ値人材」を集める採用ブランディングおよびイベントの名称だ。

これまでの採用では、それこそ「AIに携わったことがない」人が応募の大半を占めていた。まれに書類審査を通過しても、それ以上の選考に進める人は1カ月に1人いるかいないかのペースだったという。

ところが「はずれ値人材Meet Up!」を推し進めていくうちに、応募者の質も次第に変わりはじめるようになる。大前提としてAI開発に必要な技術を持った人材が、なんと1カ月に5~6人まで最終選考に進むようになっていったのだ。母集団形成のフィルタリングを、「はずれ値人材」という奇をてらったキャッチ―な言葉の認知とともに各イベントや説明会で展開していった効果が表れたのである。

もちろん、はずれ値人材と定義しただけで、求める人材が獲得できるわけではない。特に注力したのが、はずれ値人材たちに対してHondaの目指す知能化領域における開発コンセプトや方向性の伝達であった。

HondaのAI開発のコンセプトとはこうだ。AIを搭載した先進自動運転技術のクルマは本来、クルマが起こす自動車事故をこの世からなくし安心安全の未来社会を実現することを目的としている。

Hondaはこの大前提に加えて、いざというときだけに発動する機能で事故を減らすのではなく、ドライバーの意図を理解してAIがいかに誘導(サポート)していけるか。主体はドライバー(人間)であり、あくまでAIは完全自動化することなく人間をサポートする側に回る、というのが開発の主たる方向性だ。

こうした概念をCI(Cooperative Intelligence)、協調人工知能と呼ぶ。機能重視のAIではなく、人と知能システムが互いに作用・影響を与える際に必要な信頼関係を構築すること。それをHondaは定義している。

「例えば、交差点を右折するとき、高速道路に合流するとき、渋滞列に入るときなど、ドライバーは前後のクルマの流れや他ドライバーの考えを読み取って『交渉』し、自分の行動に移します。こうした他者と協調しながら目標を達成することを人工知能に行ってもらうのです。自律だけでなく協調・協力するといった一連の行動を、人間と機械がスムーズにコミュニケーションをとりながら実現する世界を、私たちは目指しています。

Meet Up!のイベント関連では、特にそのことを実現したいビジョンとして伝えています。新しい世界を築くために『はずれ値を叩き出すあなたたちの視点が必要なんです』というメッセージを、常に大事にして発信しているわけです」(安井氏)。

さながら企業説明会で、自社のビジョンや、目指すべき理想の会社像を伝えるようなものだ。こうしたメッセージを丁寧に周知していった結果、上記の応募者増につながったのである。

ワイガヤの精神を実現したフラットな場からイノベーションは生まれる

こうして集められた「はずれ値人材」で結成された知能化領域に携わるチームだが、若手中心にメンバー構成がされており活気のある組織となっている。そんな彼らが活躍する日々の開発環境や雰囲気を、若手エンジニア2人のコメントを交えながら見ていきたいと思う。

まずは2016年に新卒入社し、有機材料の量産開発やサスペンション制御(乗り心地制御)などの分野での経験を経て、2019年から知能化領域で自動運転の緊急回避システム開発を担当する吉村美砂子氏(以下、吉村氏)。

「私は就職に当たって人を助ける仕事に就きたいと思っていました。エンジニアとして携わっている現在の緊急回避システムは、人命を守る最後の砦のような存在。交通事故などによって亡くなる人がゼロになるかもしれない、未来の命を救う仕事に携われているのはとても満足しています。特に、AIが自分でトライ&エラーを繰り返して、適切な行動を選択できるようになる強化学習(Reinforcement Learning)は、チャレンジのし甲斐があります。

また一緒に働く仲間は良い意味で上下関係がなく、メンバーは一様に『技術の前では皆平等』をモットーにフラットに接してくれています。だから私も気兼ねも遠慮もすることなく、技術的な意見をはっきり発信しますし、逆に自分の発想にはなかった鋭いアドバイスももらえます。技術に没頭できる環境は本当に魅力だと感じますね」。

前述のワイガヤの風土がよく伝わってくるようなコメントだ。

続いて2019年入社で、移動ロボット開発において深層学習(Deep Learning)を担当した後、現在の安心安全領域に加わった小池陽介氏(以下、小池氏)は、はずれ値人材として集められた現在のチームについてこのように語っていただいた。

「変人ばかりを集めたチームとは聞いていましたが、正直、私に変人の自覚はないです(笑)。現在は、カメラ画像から人やクルマを検出し、その行動を予測するAIの開発における行動計画に携わっていますが、自分のような若手にも平等に接してくれて、自分の考えや意見を汲んでくれる先輩方や開発環境は、やはりHondaらしさを感じます。メンバーは皆それぞれの価値観を大事にされていて、私も人に寄り添うAIを作っていくことを信念に、日々技術と向き合っています」。

二人のコメントから、この知能化領域に携わるチームの雰囲気の良さが伝わってくる。同組織は、チームでコミュニケーションをとること、チームワークをとることをとても重視しているそうだ。

それは全員が代えがたい担当領域を受け持っているため、「このフェーズはこの人が主役」、「この分野では自分が主人公として進めていく」といった考えが浸透しているのだ。個を殺す、や、協調性といった類のものではない風土が醸成されているのだろう。こうした環境からHondaのイノベーションは日々生まれているのだ。

「メンバーは皆、猪突猛進でやりたいことに向かって邁進している印象です。とはいえ、まったく気遣いがないというわけではなく、例えば私の場合、メンバーと信頼関係を築く上であえて世間話を振ったり、自分より社歴の浅いメンバーが意見交換で臆したりしないよう、雰囲気づくりも大事にしています」(吉村氏)。

いかに先進技術に携わるはずれ値集団といえど、組織で効率的かつ最大のパフォーマンスを上げるためには、そうしたセンシティブな面も持ち合わせていなければいけない。取材を行っている中で、時々メンバーの互いを気遣う姿が垣間見て微笑ましくなった。

さて最後に、安井氏によるHondaの知能化領域における、今後の展望や将来性について語っていただき、本稿を締めるとしよう。

「知能化領域は、クルマだけでなく今後人類が進化していく中でも要となる技術。将来性と可能性は無限大です。Hondaは四輪だけでなく、二輪や船舶、航空機といった幅広いモビリティを、世界中のお客様に届けている会社です。今後、私たちが研究している協調人工知能や自動運転技術をさまざまなモビリティへ広げていければと思っています。

一方、組織としてはメンバーをさらに増やして拡大していきたいのですが、知能化技術の実用化に向けて安定したパフォーマンス発揮やモチベーション維持は大事にしていきたいと思っています。組織が大きくなってパフォーマンスが落ちていくことがないよう、メンバー一人一人を大切にしながら適材適所でその価値を発揮してもらいたいですから。世の中から常に求められる技術とチーム、そう組織デザインを敷いていきたいですね」。

取材後記

協調人工知能や自動運転技術に挑む、Hondaのエンジニア集団はなんと「はずれ値」とされたOutlierたちだった。

しかし「他より著しく異なるため一般的結論を導けない人」として、敬意と親しみを込めてはずれ値人材と呼んだHondaの知能化領域における躍進は世間の皆が知るところだ。

私たちの、モビリティの未来は、こうした異端であり、異才を持つ方々のクリエイティビティによって無限の可能性を持っている。だから、私たちも敬意と親しみをもって呼びたいと思う。「はずれ値人材」さんたち、と。

なお、同領域では引き続き多くの人材を求めているので、気になった方は同社の採用HPを確認してみるといいだろう。

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取材・文/鈴政武尊、編集/鈴政武尊