独自戦略で疾走するマツダ。100年に一度の大変革期、製造業のITイメージを壊す新組織「先進ITチーム」とは

マツダ株式会社

MDI&IT本部 主査 (先進ITチーム担当)
吉岡正博

プロフィール
マツダ株式会社

MDI&IT本部 主査 (IT人材戦略担当)
豊田 裕三

プロフィール

「SKYACTIV-X」搭載車のリリース、ソウルレッドクリスタルメタリックで実現する美しい外装デザイン――。これまでに数々の名車と先進的な技術を生み出してきたマツダ株式会社(本社:広島県安芸郡、代表取締役社長兼CEO:丸本明)は、2020年で創立100周年を迎えた。

同社は、自動車業界が「100年に一度の大変革期」に突入する中、製造業のIT部門のイメージを破る、ベンチャー的でいて、かつスピード感のある新たな組織を編成している。それがMDI&IT本部 先進ITチームだ。

2008年リーマンショック後の厳しい経済状況において、当時フォード傘下ではなくなったマツダ。2006年から取り組む「モノ造り革新」を加速化させ、「SKYACTIV TECHNOLOGY」を搭載したクルマを多数展開。多様な製品を同じプロセスで開発・生産できる「コモンアーキテクチャー構想」や、混流ラインによる新たな生産方式を築いた「フレキシブル生産構想」など、独自の進化を歩んできた。

今日のマツダは、いかにして現在の独自の立ち位置を築いたのか。世界の自動車メーカーの中でもSmall Companyと称する中、その開発・生産体制を支えた組織、構想とはどのようなものだったのか。

CASE (つながるクルマ、自動運転、シェアリング、電動化)と呼ばれる変革が進む自動車業界において、同社が描く未来への取り組み、そして新設された先進ITチームについて迫っていこう。

先進的な自動車開発技術、体制をつくりだしてきた、マツダの「らしさ」

近年、快進撃を続けるマツダの車両製品群に多くの注目が集まっている。

例えば、次世代ガソリンエンジン「SKYACTIV-X」を搭載した「MAZDA3」や「CX-30」といった、エンジン横置き型スモール商品群の導入。また、2022年発売の新型車から搭載が決定している自動運転支援技術「マツダ・コ・パイロット/Mazda Co-Pilot」(※1)や、2025年以降に投入を予定するEV専用プラットフォーム「SKYACTIV EV専用スケーラブルアーキテクチャー」など、マツダは次々と革新的な技術と車両を打ち出している。

そもそも同社には、「飽くなき挑戦、独自性、共創」をうたった組織風土がある。そして、新しい技術(価値)を生み出すための挑戦の歴史がある。

これまでにも、ロータリーエンジンやクリーンディーゼルエンジンといったパワートレインで市場を拡大してきたことや、デザインと生産技術の融合のフィロソフィー「魂動(こどう)デザイン」による美しいボディデザインの実現、そして「モデルベース開発(MBD:Model Based Development)」(※2)を活用したSKYACTIVテクノロジーの創出と進化を成し遂げてきた。

こうした名称やプロダクトを一度は目や耳にしたことがあるという人は、少なくないだろう。

一方、IT領域に関しても先進的であった同社。1960年には日本で始めてコンビュータによる自動車の生産管理を開始したのもマツダだ。また、設計領域でも早くから導入していたコンビュータなどを活用して、1964年に広島カープが巨人軍王貞治対策で敷いたという守備シフト「王シフト」をあみだしたことは、往年の野球ファンの間では有名な語り草となっている。

「モノ造り革新」で独自の立ち位置を業界内で確立

マツダがこれまでに魅力的なパワートレインやプロダクトを生み出し続けてきたのは、2006年より取り組んでいる「モノ造り革新」を発展・進化させ続けてきた背景に由来する。

モノ造り革新とは、同社が「世界中の自動車メーカーが驚くような革新的なベース技術を搭載したクルマをつくる」ことを目的に、高い生産性と商品力の両軸を実現するために構想した取り組みの総称である。

実は同社は、年間売上が3兆円を超える大企業だが、「私たちは業界のSmall Player(スモールプレーヤー)です」と称している。実際のところ、世界の市場シェアはわずか2%程度であり、トヨタやHondaと比べると、その規模は決して大きくはない。

しかしSmall Playerであることにメリットを見出し、開発、生産、販売とあらゆる機能が一か所に集中している利点を活かすことで、部門を超えた協業と意思決定をスムーズにした。その過程で生まれたのが、「コモンアーキテクチャー構想」「一括企画」「フレキシブル生産構想」などだ。

「コモンアーキテクチャー構想」とは、従来、開発・生産において車種ごとに最適設計を行っていたものを、すべての車種の開発・生産コンセプトを共通化、ラインアップ全体でスケールメリットを得る考え方だ。

そして、「一括企画」は、開発、生産、購買、サプライヤーなどが一体になり、共通化した開発・生産コンセプトのもと、5~10年先を予測して全商品を最初に企画することで、理想の構造・工程を追求する。関連する部門がまとまることで、相互の実現したい想いを、よりスムーズかつ正確に理解し合うことができる。

また、「フレキシブル生産構想」は、例えば複数車種を同一ラインで混流生産することで、高い操業レベルを維持することを目的に構想化された。生産変動や新車追加の際も短期間で生産準備を実現することができる。

話を戻そう。この「モノ造り革新」を推進する中、同社は限りある会社の資産・資源、そして利点を最大限工夫する形で、開発、生産、購買の三位一体活動を展開。その後ブラッシュアップして、物流、品質を加えた五位一体活動に体制を進化・強化していく。

このように今日のマツダのベースは、このSmall Playerである環境と「モノ造り革新」推進により構築されていった。

ちなみに、「よいものをつくる」という共通目的のもと、開発と、デザイン、生産が一体となって生み出されたのが、上述の「魂動デザイン」である。

造形をより美しく見せるための陰影表現を追求することで、ブランドを象徴するカラー「ソウルレッドクリスタルメタリック」「マシーングレープレミアムメタリック」などが実現した。マツダにはこうした他部門が対立せずに共創する文化が育っている。

業界で独自の立ち位置を走る同社は「マツダらしさ」を体現してきた。同社では「100年に一度」と言われる、自動車業界の変革期において、安心・安全な未来のクルマ社会の実現と、それに伴うビジネス変革を目指している。

(※1)「マツダ・コ・パイロット/Mazda Co-Pilot」とは…自動運転支援技術の一つ。ドライバーが運転不能な状態に陥った際に、素早く察知して自動運転走行に切り替えるシステム。車外センシング技術で交通状況をモニターしながら、周囲を巻き込むことなく安全な場所に移動・停車し、緊急通報を行うといったコンセプトを確立するという

(※2)「モデルベース開発(MBD:Model Based Development)」とは…設計とシミュレーションを同時に行い、開発期間の短縮と、高度な技術の両立を実現させた画期的な自動車開発手法のひとつ。マツダやトヨタ自動車など国内自動車メーカーが集い、発足させた、その普及を目的とする新組織「MBD推進センター」も注目を集めている

技術プロジェクト「MDI」と全社のITを全面サポートする戦略部隊とは

例えば、マツダが展開する「SKYACTIV」。

SKYACTIVテクノロジーの進化にはMBDの活用が不可欠だった。だが、そもそもMBDには原点がある。それが同社の開発・製造プロセスのIT革新「MDI(Mazda Digital Innovation)」という技術プロジェクトだった。

実は、同社はITを活用した開発体制を築く方針へ早期から舵を切っていた。それがMDIであり、その技術プロジェクトを進め、後に設立されたマツダ全社のDXをリードするIT戦略部門「MDI&IT本部」である。

マツダのIT戦略部門とは、どのような組織なのかー―。ここからは、これまでの部門の成り立ちの歴史を簡単に追う中で、現MDI&IT本部の主査を務め先進ITチームを担当する吉岡正博氏(以下、吉岡氏)と、同本部IT人材戦略を担当する豊田裕三氏(以下、豊田氏)に、その特徴と組織デザインについて聞いてみたいと思う。

MDI&IT本部の成り立ち、そして先進ITチームの誕生

MDIは、1996年にデジタル革新として構想・構築された。IT/ICTを活用することで、新車のデザイン開発から設計、実験、生産準備までを共通のデジタルデータで結び、バーチャルシミュレーションによって、車両の機能性と生産性の両軸を同時に実現できる構想である。1996年~2003年が創世記、2004年~2008年が拡大期として、約12年を掛けて構築された。後のMBDの礎である。

そして構想立ち上げから20年後の2016年。モノ造り領域だけでなく、調達、物流、販売・サービスなど多岐に渡る業務革新をリードし、MDIを体現する組織として「MDIプロジェクト室」が立ち上がる。

同組織は、各領域の業務をIT面でサポート。モノ造りはもちろん、調達、物流、販売・サービスにおいて、IT のエキスパートによるコンセプトづくりも担うのだ。

さらに、2019年4月には、加速するデジタルイノベーションに対応するために、MDIプロジェクト室とITソリューション本部が統合。MDI&IT本部が誕生する。ITやデジタルを活用して業務改革・業務設計を行っていたMDI本部と、社内システムの企画・導入などを担当するIT本部が合流する形となった。

2019年からスタートしたMDI&IT本部は、各領域の業務要件とITシステム双方に取り組める人材を集約し、業務設計からシステムの企画、導入、運用までを一貫して行う。そのメリットとして、業務改善とシステム開発をより効率化することができ、商業面での効果を最大化することができる。つまり全社のDXをリードする組織というわけである。

そして、最後にMDI&IT本部内に先進ITチームが立ち上がった。主にコネクテッドカー関連のシステムや基盤、アプリケーション開発などを強化し、コネクテッド通信サービスといった技術進化への対応のほか、IT領域においてグローバル展開を効率的に実施することがミッションとなる。このチームを率いるのが吉岡氏である。

「MDI&IT本部の発展型組織として先進ITチームは、2021年4月に9名体制で結成されました。今後数年間を掛けて100人規模の組織に構築していく予定です。現在は二十数名まで構成され、多様な人材が内外から集まっています。従来の製造業のIT部門ではまず見られない、アジャイル開発なども推進しています。革新性も十分です。

また、先進ITチームは、年齢も幅広い人材で構成されているため、実にフラットな関係性を持って運営できているのもポイントです。チーム内の雰囲気は…、そうですね、たとえるならスタートアップやベンチャー系のようです。

さらに、社内でのスムーズな連携を可能にするため、先進ITチームは広島に加えて、東京にもオフィスを構えています。それに伴い、全国でのリモート勤務を可能とするなど、フレキシブルな環境と働き方が実現できています。

先進ITチームでは、幅広いキャリアの選択が可能ですので、マネジメント系としての成長も、エンジニアやスペシャリストとして成長するコースも完備。心理的安全性が確保され、開発が好きな方にはぜひ集まってもらいたい組織になっています」(吉岡氏)

同チームのメンバーたちが、これからのマツダのITプロダクトの中心に位置することは間違いない。

RPOサービスの活用で、IT人材の母集団形成を成功させる

現在のマツダのプロダクトワークを支える一つはITの力であり、もちろんそれを開発・運用する人材である。「将来的に100人体制として構築する予定」だという、先進ITチームに所属するメンバーはどのようにして集められたのか、そしてさらに増員していくのか。

採用戦略について、人事・採用を統括する豊田氏は、以下のように説明する。

「先進ITチームの採用プロジェクトが立ち上がったのは、2021年です。MaaS(Mobility as a Service/モビリティ・アズ・ア・サービス)をはじめ、お客様とデジタルでつながる仕組みの開発を主に行ってもらうため、これまで自動車業界には縁のなかった、さまざまなバックグラウンドや経験、スキルを持つITエンジニアを集めることが必要になります。

先進ITチームの募集では、まず以下のような人物像を人材要件として定めることにしました。

□ IT関連業務に携わった経験のある現役エンジニアであること
□ 仕事を通じて、社会に貢献し、それを認知されたい意欲が強い人
□ デジタル技術を通じて、革新的な世界の最前線に立ちたいと思っている人
□ 旧来型の要件定義に基づく開発・導入ではなく、フレキシブルな開発環境を求めている人

また、そんな彼らに自動車業界への興味・関心を持ってもらい、当社へ応募していただくため、製造業のIT部門のイメージを覆すことも課題でした。一般的な製造業のITのイメージと言えば、仕事の進め方は旧来型で、基準が細かく、スピードが遅いなど――。

こうしたイメージを覆しつつ、IT関連技術を持った方に入社してもらうことが最大のミッションとなりました」(豊田氏)

上記の人物像を定めて、母集団の形成を行うためには、採用のノウハウを持ったパートナーと組んで、効率良く推進していくことが必要だ。そこで同社は、人材サービス会社と協業してRPO(Recruitment Process Outsourcing)サービスを活用することにした。

しかも、部分的にサービスを利用するのではなく、総合型として採用戦略立案から、採用ブランディング、人材要件の策定、母集団の形成、そして求人メディアの活用などを包括的にサポートしてもらうという、協業の形を選んだ。各施策について適時相談に乗ってもらえる態勢も、魅力的だったという。

もっとも課題となっていたのは、お堅くてITとは無縁だと思われている製造業界に対し、IT関連人材にいかに興味を持ってもらうかだろう。

そこでIT人材に興味・関心を持ってもらうために、製造業のIT部門の現状や工夫、進化などを、丁寧に長い時間をかけて認知促進を図るべく、各メディアへの露出の機会を増やしていった。いわゆる採用ブランディングへの注力だ。

人材サービス会社のサポートもあり、求人メディアや就職イベントへの出展、ダイレクトソーシングの活用などで、徐々に世のIT人材に認知されていったという。

さらには、親身に情報提供してくれる人材サービス会社の姿勢に加えて、同社にも採用ノウハウが蓄積されてきたこともあり、面接官トレーニングによる面接力がアップして、採用スキル向上にもつながったと豊田氏はコメントする。

そうして2021年4月に9人でスタートした先進ITチームは、9月現在で約20数名のエンジニアが集まる組織となった。応募者も日を追うごとに増えていき、毎月安定した選考と採用を行えるようになっている。今後、数年間で100名体制を実現することも夢ではないという。

吉岡氏は、先進ITチームの現在について、次のように説明する。

「私たち先進ITチームがマツダ内で存在感を高めていくと同時に、組織の風土も少しずつ変化が見られました。たとえば、上意下達な雰囲気から、入社年次や性別にかかわらないフラットな関係性とその環境の醸成が進み、さらにはその人の専門性やバックグラウンドを尊重した多様性のある組織へと変わっていきました。

先進ITチームのミッションは、MaaSを始め、お客様とデジタルでつながる各種システムやアプリケーションを自ら構築・運営していくこと。

当社は今、『面白い』状態だと言えます。現在のクルマは最新テクノロジーの固まり。その先進技術を搭載したクルマで、社会やお客様をより豊かに、ウェルビーイングな状態にしていけます。ITのチカラはそのひとつです。

マツダには、そうした技術や想いを実現できる環境が備わっており、もちろんIT畑で活躍してきたエンジニアにとっても、新たな活躍の場所ともなり得るでしょう。そうした未来あるエンジニアたちとともに、マツダの、クルマ社会の明日を作っていきたいと考えています」(吉岡氏)

【取材後記】

初めてRX-8を目の当たりにしたとき、その無駄のない美しい流線型のボディに感動した思い出がある。いわゆる「お堅い」イメージのある製造業は、DXで産業構造自体が変化して、今日のマツダのようなプロダクトが次々と生み出されるようになった。ITの活用により、クルマと自動車メーカー各社は、次なるステージに移っていく。同社がうたう「100年に一度の大変革期」に携わることになるであろうIT人材は、今後どのようなクルマのある未来を描いていくのだろうか。

取材・文/鈴政武尊、編集/鈴政武尊・d’s journal編集部

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