それは体験型フィールドスタディから始まった――。コンサルの真価を突き詰めるPwCコンサルティングが組成する「SII」とは

PwCコンサルティング合同会社

公共事業部・パートナー/SII(Social Impact Initiative)リードパートナー
宮城 隆之

プロフィール

PwCコンサルティング合同会社

シニアマネージャー/SII(Social Impact Initiative)実行リード担当
下條 美智子

プロフィール

「クライアントの直面する課題に対してどのように解決していくか」――。

数多(あまた)のビジネスシーンで用いられる「課題解決」。しかしこれらのソリューションを届けるうえで、社会背景やニーズを鑑み、未来に向けた真の課題解決ができている企業や組織は一体どれほどあるのだろうか。

コンサルティングファームであり、PwC Japanグループ全体(保証業務、税務、M&A、法務等)と連携して、企業戦略から実行・実装までを行うPwCコンサルティング合同会社(本社:東京都千代田区/代表執行役CEO:大竹伸明)。従来の経済価値である「リスクとリターン」を重視するビジネスモデルから、社会的価値である「インパクト」も追求するビジネスモデルへのシフトを果たしている。

2019年からは、包括的かつ真の社会課題の解決に挑むため、Collective Impact Approach/コレクティブ・インパクト・アプローチを体現する組織、「Social Impact Initiative(以下、SII)」を社内に立ち上げている。これが既存の社員(コンサルタント)のスキル、意識や視点向上といった育成の観点でも効果的であり、同社を唯一無二の企業として、業界内にその存在感を示している。

PwCコンサルティングが目指す社会課題の解決とは、そしてコレクティブ・インパクト・アプローチやその体現組織SIIとはどのようなものか――。その取り組みについて見ていこう。

SDGsなどへの取り組みがビジネスモデルのシフトを促進させた

総合系コンサルティングファームである、PwCコンサルティング合同会社。事業戦略やIT戦略の立案からシステム化、構想策定といった上流工程へのコンサルティング、あるいは企業・組織総体としてさまざまなコンサルティングサービスを提供する会社として、日本で最大手と数えられる。

同社は、ストラテジー、マネジメント、テクノロジー、リスクコンサルティングを柱とした戦略コンサルティングを主としているが、独自のコンサルティングアプローチ「BXT/Business eXperience Technology」を実践。

以前の同社が提供するコンサルティングサービスは、経営体質強化や経営ポートフォリオの見える化、新規事業戦略策定、M&Aによる戦略実践などが主なテーマだったが、現在は、SDGsへの取り組み、インバウンド依存脱却からの産業構造の変革、企業の危機管理の在り方などに対する取り組みなどが主流に。

時代の移り変わりに合わせてそのアプローチを変え、リスクとリターンを重視するビジネスモデルから、社会課題解決に向けた価値を可視化し、そのインパクトをも追求するビジネスモデルへとシフトしたのだ。

そして同社は、ヒト中心のコンサルティングを体現して、日本が抱える社会課題の、真の解決に向けて動き出している

同社が定義する社会課題とは、1つの企業や産業が抱える問題のことではない。幾重に複雑な問題が絡み合いながら、中長期的な目線で解決していくような課題を指す。

例えば、男女格差問題海洋プラスチック問題社会資本老朽化問題フードロス問題など――。こうした問題は、日本だけにとどまらず、社会課題先進国が中心となって取り組む問題として増えている現状だ。

では物事の本質を見極めながら、民間の一企業でもあるコンサルティングファームが社会課題の解決に向けてできることは何か。こうした背景から、同社は社会課題解決のためのコンサルティングを追求するようになっていく。

もちろん質の高いコンサルティングを実践していくためには、相応のスキルを持ったコンサルタントが必要だろう。

一般的にコンサルティングの世界では、専門性が深まるほどに業界特化していき、視点もぐっと狭まったものになっていきやすいという。従って、同社が掲げる社会課題の解決には、幅広い視野とネットワーク、柔軟な発想などを備えるコンサルタントが不可欠となるわけだ。

同社はそうした「高い視点」でのコンサルティングを行えるメンバーを、育成という観点からも増やしていく施策として、SIIという組織を2019年から立ち上げている。

「コレクティブ・インパクト・アプローチ」がコンサルタントに高い視点を与えていく

SIIのスタートは、まったく別の取り組みから着想されたものだった。

SIIの原点は、社内有志による合宿形式の体験型フィールドスタディの開催であり、いわば課外活動が起源である。その内容は、課題を孕んでいる自治体や地方を訪問し、実際に現地調査や聞き取りをした体験から、「自分にできることは何か?」を考えるきっかけとする活動である。

例えば、福島県の事例では、福島第一原発や避難解除がされていないエリアを視察し、復興に取り組む団体やその関係者、関連省庁や東京電力社員などからヒアリングを実践。これらのコミュニケーションから課題やその解決法を探っていくといった具合だ。

だがここまでは、単なる企業のCSR(コーポレート・ソーシャル・レスポンシビリティ)プロボノ活動でしかない。これをPwCコンサルティングが展開するビジネスと結びつけることを次のステップとした。

そうした構想の中、たどり着いたのが「コレクティブ・インパクト・アプローチ」という概念だった。

コレクティブ・インパクトとは、さまざまなステークホルダーがさらにほかのプレイヤーを巻き込み、社会課題に対して起こすインパクト/Impactを最大化するビジネススキームの一種のことだ。個別ではなく、Collective(集合的)にインパクトを起こすことがポイントであり、その実現のために多面的な提案を行うことが求められる。

SII発案者であり、スタートアップからリードパートナーを務める公共事業部の宮城隆之氏(宮城氏)は、このコレクティブ・インパクト・アプローチに「一企業や一産業の枠組みを超えて課題解決を行う」という思想設計(コンセプト)を加えた。

同社のクライアントには、企業各社はもちろん、社会には政府、自治体、NPOなど、さまざまな組織や専門領域が存在する。これを1つの組織や産業で解決するのではなく、関わるすべてのプレイヤーが社会課題解決に向けて、共同で取り組んでいくための枠組みを作るというのである。

そして次の3つを課題解決のための方法論として確立させ、フレームワーク化させた。

それが、「ソーシャルイノベーションの創出支援」「社会的インパクトマネジメント手法の確立」「社会的インパクト投資の普及」である。これらのフレームワークを活用して、世の中にアプローチしていくことをSIIの最大のミッションとした。

「SIIは、より良い社会を作りたい、自分が取り組みたい社会課題の解決をしたい、といった熱意あるメンバーが自然発生的に集まって、約40名のメンバーでスタートしました。現在は、その倍以上のメンバーが、それぞれ関わる粒度は違うものの、部門・タイトルに拘らず活動してくれています。

そのポイントは、コンサルタントが一組織だけでなく、業界やインダストリーなどの壁を越えて、束ね、アプローチすること。クライアントの組織能力はしっかり踏まえつつ、それぞれの分野で違うスキルや経験を持ったメンバーが、それぞれの良い点を持ち寄って解決していくスタイルです。直接プロジェクトには関わりませんが、意見やアイデアのみ提供して参加するメンバーもいます。

SIIに加わる資格や条件はありません。自薦他薦も問わず、熱意さえあれば誰でも参加できるのが特徴ですね。

特に、若手メンバーは社会課題への関心度が高く、フィールドスタディなど積極的に参加してくれます。それによってビジネスの視点も高くなりますし、本来長年かけて成長するフェーズを、SIIに加わることで一気に経験できてしまう。育成という観点で見てもこの取り組みは効果的です」(宮城氏)

新たな気づき、刺激の多い環境。SIIがもたらす社員へのモチベーションの変化とは

SIIが立案する社会課題の解決に向けたテーマと取り組みはさまざまだという。

同社のコンサルタントが手掛けている案件をワークショップという形でアプローチしていくケースや、参加メンバーがそれぞれの研究テーマを定めて領域や分野を超えてさまざまなコンサルタントに参加してもらうケースなど、そのスタイルは多岐にわたる。活動の頻度や進行については、個々のプロジェクトメンバーが自主運営しているという。

SIIの活動について、同じく立ち上げ・運営に携わり、実行リードを担うシニアマネージャーの下條美智子氏(以下、下條氏)は、以下のように説明する。

「SIIは有志メンバーで構成されているため、各々が自由に、研究テーマや漠然と課題意識を持っているテーマなどを持ち寄り、それに対して個々に、自由なスタイルで参加してもらっています。SIIが触媒となって機能しているイメージです。

例えば、誰かがアジェンダを持っている場合は、周囲に声掛けをして仲間を集めます。社歴や職位に関係なくそれぞれが得意なこと、知っているテクノロジーやネットワークなどを紹介し合います。そして課題を構造化して方法論を確立するなど、何かしらのゴールを定めて、それに向けて邁進(まいしん)・活動していくわけです」(下條氏)

当初は熟練のメンバーが議論の主となり、若手が意見をするのに消極的になるようなシーンが多く見受けられたが、参加メンバー全員で意見を出しやすい環境、意見を吸い上げやすい環境をつくり上げていった結果、心理的安全性が担保されたフラットな組織に錬成されていったという。

SIIという組織設立の成果は抜群だった。

参加メンバーであるコンサルタントは、産業分野や領域の垣根を超えてさまざまな世界とつながれるため、視点やネットワークが広がるきっかけとなる。それにより各メンバーはより自立・自走ができるようになり、何が課題で、何に取り組むのかが各々でより明確にできたという。

それによりSII参加メンバー各々のスキルも上がったため、質の高いコンサルティングの提供につながるなど良い影響を与えた。

例えば、公共事業分野において政策の観点や知見のあるメンバーを民間プロジェクトに加える、それによって一つの視点だけでは気づかない側面が見えてくるようになり、社会課題の解決がぐっと真理に近づいていったという事例。

あるいは、同社だけの知見では解決が難しいテーマに対して、競合他社のコンサルタントに声がけを行い、協業して問題解決に当たるなどした事例も。視野の広がったコンサルタントだからこそ成し得た事例が数多く生み出された。

さらに、働くモチベーションに関しても副次的なメリットがある。

それはベテランメンバーの再活躍だ。コンサルティングファームに関わらず、ベテランのビジネスパーソンは、長年仕事を続けているとある種のルーチン化、いわゆるマンネリを起こしやすく、同じ環境でずっと同じ仕事に慣れてくると仕事に飽きてくるものだ。これはd’s journal読者の中にも共感する声が上がるだろう。

SIIは、職域やポジションを超えたメンバーとの交流や、自分が経験してこなかった分野やテクノロジー・知見に触れるきっかけにもなる。こうした新しい知識や体験談などがベテランメンバーの刺激につながっていき、仕事の新しい活力にもなり得るというのだ。関わるメンバーで大きな共感を生み出していき、よりメンバー間でつながっていく。結果的に、それがメンバーの居場所を作ることになるのだという。

このようにSIIは、外部の刺激を受けつつ、自分に足りないものを自覚して埋めていく作業ができる。つまり自己研鑽(けんさん)の場にもなるのだと、下條氏は説明してくれた。

これからの時代に求められるコンサルタント、そしてビジネスパーソンとは

現在のコンサルタントは、真の社会課題解決のため、同社のようなSIIなどのボーダーレスな組織を組成して独自に活動を進めるといった、新しい働き方を探っている。

しかし、社会課題の解決は、一般的に民間非営利団体(NPO)非政府組織(NGO)などといった営利を目的としない団体が一手に担う印象があるだろう。先のCSRやプロボノ活動とは違う、コンサルティングファームのコンサルタントが今後手掛けていかなければならない、収益性を考えた社会課題の解決とは何だろうか。

下條氏はこのように語る。

「当社がこれまでに提供してきたコンサルティングサービスは、社会に大きな影響を与えるものが多く、その影響力を日々肌身で実感する毎日です。これらの大きなものを動かすコーディネート力は、コンサルティングファームでこそ果たせる役割と認識しています。

ですから1企業・1産業を超えてさまざまなマテリアルを束ねて実践するコレクティブ・インパクト・アプローチを実践できるコンサルタントは、時代に求められる存在になるといっても過言ではないでしょう。

そのアプローチも『あなたの課題はこれです』といった内容ではなく、『こことここを組み合せて、こんな世界を描いてみませんか?』といったニュアンスへ変化します。こうした創造性こそがもっとも重視されるでしょう」(下條氏)

加えて、宮城氏はこれらの素養もコンサルタントには必要、として以下を挙げる。

「これまでのコンサルタントは、提案やプレゼンなど費やした時間分だけ価値があった。それがリモートワークなどニューノーマルな働き方が一般的となってからは、時間の概念よりリレーションを深めるパートナーシップを大事にする信念や覚悟を言語化する、といった新しい価値が求められるようになりました。

要は、残業をたくさんしたから評価されるのではなく、なわばり意識を捨てて、誰と何を共有するか、思っている価値観を何人と共有するか、といったことを大事にする人が評価される。そうなると仕事の進め方が、競合他社とも協業の可能性が出てくる。そういう世界です。

私はよく若手などに伝える言葉があります。『その会社だけで完結するのは、やめましょう』と。個人の志向が多様性を帯びる中で、企業って何だろうか、社会とは何かを考える。そうすると自ずと解決したい社会課題が浮かび上がってきます。今後のコンサルタントに求められる本質ではないでしょうか」(宮城氏)

またコンサルティングファームに限らず、ニューノーマルな社会での企業の存続には、個人のスタンドプレーだけに頼って収益を高めるといった組織デザインでは限界があるという。評価の制度設計の見直しも必要とのことだ。

以前の同社は、売上、稼働率、パフォーマンスなどか絶対だった。それがコロナ禍に入り、パーパスキャリア活動のインパクト性組織貢献度中長期的な視座などが重要視されるようになったという。これはすべての企業の評価制度にも当てはまる話だ。これらの見直しが今後のサスティナブルな事業を展開する企業のキーワードになるかもしれない。

では最後に、コンサルタントに限らず、時代に求められるビジネスパーソンとはどのような人物像なのかを宮城氏に語っていただこう。

「ビジネスの在り方も、時代はロジカルシンキングからデザインシンキングへ。フォーキャストのみならずバックキャスト思考も必要になっています。現在は、自分を売り込む能力よりも共感性や創造性が重視されます。

自分の情報をいかにオープンにして、どうしたら喜ばれるかを考えられる能力とでも言いましょうか。そして自分の信念と組織のビジョンを照らし合わせながら周囲をリードしていく力も大事ですね。

SIIは、立場の違うステークホルダーとの対話ができる力を特に重視して育んでいこうとしています。こうしたビジネスパーソンを育成するためには、SIIのようなボーダーレスな組織を立ち上げ、運営していくことも効果的かと思います」(宮城氏)

【取材後記】

コンサルティング会社に求められるのは、CSRやプロボノ活動ではなく、経済的価値と社会的価値を両立させるビジネスモデルの構築だ。今後はサスティナブルなビジネスモデルが一般的となっていく中、コンサルティング会社へのニーズも多様かつ拡大していくだろう。

そんなコンサルタントを希望して同社や業界の門を叩く求職者の数は、20年前と比べると約3倍近くに拡大したという。会社や業界が目指すべきビジョンやミッションを明確にすれば、意志あるビジネスパーソンの集う魅力的な会社へ成長するのではないだろうか。

今回のSIIの組織の成り立ちや効果のお話から、自社の採用ブランディングなどにその手法を活かすことが出来そうだと感じた。

取材・文/鈴政武尊、編集/鈴政武尊・d’s journal編集部

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