【弁護士監修】ワクチンハラスメントとは?職場で起こりえる事例、対策方法を詳しく解説
ワクチン接種に関連した嫌がらせである、「ワクチンハラスメント」。新型コロナウイルスワクチンの接種が本格化する中、職場におけるワクチンハラスメント対策が、企業の急務となっています。「どういったことが、ワクチンハラスメントに該当するのか」「問題が発生した場合、企業としてどう対応していけばよいのか」などを知りたい企業の人事・総務担当者もいるのではないでしょうか。今回は、ワクチンハラスメントの定義や具体的な事例、相談があった場合の対応方法などについて、ご紹介します。
ワクチンハラスメントとは?
新型コロナウイルス感染症のワクチン接種が進む中、社会問題となりつつある、「ワクチンハラスメント」。まずは、ワクチンハラスメントの定義や職場におけるワクチンハラスメントについて、ご紹介します。
ワクチンハラスメントの定義
ワクチンハラスメントとは、ワクチン接種に関連した嫌がらせなどの差別的な対応のこと。法律上の定義はありませんが、「ワクチンを接種しない人への差別的な言動」や「ワクチン接種の強要」などが挙げられています。ワクチンハラスメントは、地域社会や学校、職場など、さまざまな場所で起こりえます。今回の記事では、「職場」におけるワクチンハラスメントに焦点を当てて、ご紹介します。
厚生労働省は、新型コロナウイルスワクチン接種について、以下の見解を示しています。
厚生労働省の見解
新型コロナワクチンの接種は強制ではなく、接種を受ける方の同意がある場合に限り接種が行われます。職場や周りの方などに接種を強制したり、接種を受けていないことを理由に、職場において解雇、退職勧奨、いじめなどの差別的な扱いをすることは許されるものではありません。
特に、事業主・管理者の方におかれては、接種には本人の同意が必要であることや、医学的な事由により接種を受けられない人もいることを念頭に置いて、接種に際し細やかな配慮を行うようお願いいたします。
(参考:厚生労働省『新型コロナウイルスに関するQ&A(一般の方向け)|1.政府の方針』)
「接種は強制ではない」「本人の意思に基づき、接種を受ける」というスタンスを厚生労働省が示していることからもわかるように、ワクチンハラスメントは社会的に許容されるものではありません。また、中には「ワクチンが受けられない方」や「ワクチン接種に注意が必要な方」もいるため、そうした人たちへの配慮も必要です。
ワクチンが受けられない方とは?
以下に該当する方は、ワクチン接種を受けられません。
ワクチンが受けられない方
●明らかに発熱している方
●重い急性疾患にかかっている方
●ワクチンの成分に対し、アナフィラキシーなど重度の過敏症の既往歴のある方
●上記以外で、予防接種を受けることが不適当な状態にある方
●ワクチン接種後に血小板減少症を伴う静脈もしくは動脈の血栓症を起こしたことがある方(アストラゼネカ社のワクチンの場合)
●毛細血管漏出症候群の既往歴のある方(アストラゼネカ社のワクチンの場合)
(参考:厚生労働省『新型コロナワクチンQ&A|ワクチンを接種することができないのはどのような人ですか。』)
ワクチンを接種するのに注意が必要な方とは?
以下に該当する方は、ワクチン接種に際し、注意が必要です。
ワクチンを接種するのに注意が必要な方
●過去に免疫不全の診断を受けた人、近親者に先天性免疫不全症の方がいる方
●心臓、腎臓、肝臓、血液疾患や発育障害などの基礎疾患のある方
●過去に予防接種を受けて、接種後2日以内に発熱や全身性の発疹などのアレルギーが疑われる症状がでた方
●過去にけいれんを起こしたことがある方
●ワクチンの成分に対して、アレルギーが起こるおそれがある方
(参考:厚生労働省『新型コロナワクチンQ&A|ワクチンを接種するのに注意が必要なのはどのような人ですか。』)
職場におけるワクチンハラスメントについて
ワクチン接種に対する考え方は人それぞれのため、職場でもワクチンハラスメントは起こりえます。職場におけるワクチンハラスメントには、「接種の同調・強制をする」「接種しない理由をしつこく聞く」などが挙げられます。
これらの行為は「さまざまな理由により、ワクチンを打ちたくない」「病気やアレルギーなどにより、ワクチンを打てない」といった従業員の意思を尊重していない行為といえます。たとえ悪意がなかったとしても、ワクチンハラスメントとみなされる可能性があるため、注意が必要です。
ワクチンハラスメントの実態
日本弁護士連合会(日弁連)が2021年5月および10月に実施した、弁護士による無料電話相談「新型コロナウイルス・ワクチン予防接種に係る人権・差別問題ホットライン」の結果をもとに、ワクチンハラスメントの実態をご紹介します。
ホットラインには、「計301件」の相談が寄せられました。相談者の属性は、看護師、医師を始めとする「医療関係者」、高齢者施設や障がい者施設で働く「福祉関係者」、その他一般企業の「会社員」など、多岐に渡ります。
具体的な相談内容(一部抜粋)
●「ワクチン接種しないなら、医療法人の方針で退職してもらう」と言われた。(看護師)
●職場にワクチンを「受ける」「受けない」にチェックする表が張り出されている。「受けない」にチェックできる空気ではない。(医療関係者)
●職域接種が行われ、クライアントから職域接種を受けていない人のリスト提供を求められており、未接種者は毎週PCR検査を受けなければならない。(会社員)
●会社がワクチン接種者に「接種済みバッチ」を付けさせている。(会社員)
●職場でワクチンの話題になったときに、「受けていない」と言うと、周囲から何か言われるのではと不安。(福祉関係者) など
(参考:日本弁護士連合会『新型コロナウイルス・ワクチン予防接種に係る人権・差別問題ホットライン概要まとめ』『第2回新型コロナウイルス・ワクチン予防接種に係る人権・差別問題ホットライン概要まとめ 』)
このように、さまざまな職場で「実際に、ワクチンハラスメントが行われている」「ワクチンハラスメントを受けるのではないかと不安に感じている人がいる」というのが、ワクチンハラスメントの現状のようです。
これってワクチンハラスメント?具体的な事例に沿って詳しく解説
企業がどういった対応を行うと、ワクチンハラスメントに該当するのでしょうか。具体的な事例を例に、ワクチンハラスメントに該当するかを解説します。
自社従業員に対する行為について
自社従業員に対するどういった行為がワクチンハラスメントに該当するのかを見ていきましょう。
(参考:厚生労働省『新型コロナウイルスに関するQ&A(企業の方向け)|10 その他(職場での嫌がらせ、採用内定取消し、解雇・雇止めなど)』)
新型コロナウイルスワクチンの接種を拒否した労働者の解雇、雇い止め
新型コロナウイルスワクチンの接種を拒否したことのみを理由とする労働者の解雇や雇い止めは、ワクチンハラスメントに該当します。ワクチン接種の拒否のみを理由に、解雇や雇い止めを行うことは認められません。
新型コロナウイルスワクチンを接種していない労働者の、人と接することのない業務への配置転換
新型コロナウイルスワクチンを接種していない労働者に対する、人と接することのない業務への配置転換は、場合によっては、ワクチンハラスメントに該当する可能性があります。通常、企業には、従業員に「転勤」や「配置転換」などを命ずることができる「人事権」が認められていますが、「業務上の必要性が乏しい場合」「不当な動機・目的がある場合」や「従業員の不利益の程度が非常に大きい場合」には「人事権の濫用」として違法な配置転換となります。そのため、「ワクチンを接種しないこと」のみを理由に人と接することのない業務に配置転換を行った場合には、ワクチンハラスメントに当たり、配置転換それ自体も違法と判断されやすいでしょう。
新型コロナウイルス感染症拡大防止のために配置転換を実施する際は、その「目的」や「業務上の必要性」「従業員への不利益の程度」だけでなく、「配置転換以外の方法で代替可能かどうか」についても慎重に検討することが重要です。感染拡大防止のため、やむを得ず配置転換をする際には、従業員に十分な説明を行い、理解を得るようにしましょう。また、職場における優越的な関係を背景として配置転換の同意を強要した場合には、パワハラに該当する可能性があるため、併せて注意が必要です。
(参考:『【弁護士監修】不利益変更を実施する場合の対応方法とこんな時どうする?16の事例』『【弁護士監修】パワハラ防止法成立。パワハラ問題へ企業はどう対応する?対策法を紹介』)
採用時に新型コロナウイルスワクチン接種を条件とすること
企業には採用の自由が認められており、「新型コロナウイルスワクチンの接種を受けていること」を採用条件とすること自体を禁止する法令はありません。そのため、ワクチンハラスメントに該当すると明確に言うことはできないでしょう。しかし、ワクチンの接種を採用条件とする理由が「合理的」であるかどうかについては、社内で十分に判断することが望ましいとされています。その上で合理的だと判断した場合には、ワクチン接種を採用条件とする理由について、応募者にあらかじめ示した上で、理解を求めることが望ましいでしょう。
また、採用面談時などにワクチン接種の有無を確認することも、目的や確認方法の内容次第ではワクチンハラスメントに該当することもあるでしょう。採用手続きにおいてワクチン接種の有無を確認する場合は、あくまで応募者が回答するかどうかを任意に判断できるような方法とすることが必要です。
新型コロナウイルスワクチン未接種の従業員の名前を職場に貼り出す
新型コロナウイルスワクチン未接種の従業員の名前を職場に貼り出すことは、ワクチンハラスメントに該当します。名簿が貼り出されると、「接種したくなかったけれど、周囲の目が気になり、接種せざるを得なかった」という従業員が出てくる可能性も高いでしょう。ワクチン接種を直接的に強要する行為とまでは言えないものの、実質的には接種の強制につながりかねないという意識を持つことが重要です。
なお、ワクチン接種に関する情報は個人情報保護法上の「要配慮個人情報」に当たる可能性があります。業務上の理由で、従業員のワクチン接種状況を取得・共有したい場合には、必ず事前に本人の同意を得るようにしましょう。
取引先に対する行為について
取引先に対するどういった行為がワクチンハラスメントに該当するのかを見ていきましょう。
(参考:衆議院『予防接種の任意性に関する質問主意書』『衆議院議員岡本充功君提出予防接種の任意性に関する質問に対する答弁書』)
ワクチン未接種を理由とした取引停止や出入り禁止
ワクチン未接種を理由に「取引停止」とすること自体を禁止する法律はありません。政府は予防接種を受けていないことを理由として、「(取引停止などの)不利益な取り扱いが行われることは適切ではない」という見解を示していますが、ワクチン未接種の取引先を「取引停止」することも、契約内容にのっとった方法であればワクチンハラスメントに該当する可能性は低いと考えられます。しかし、契約継続の条件としてワクチン接種を要求する場合は、ワクチン接種の強要であるとしてワクチンハラスメントに該当する可能性があると考えられます。いずれにしても、取引先がワクチンを接種していないことが明らかとなっており、感染リスクを懸念される場合は、取引先と誠実に協議の場を持ち、双方が納得できる解決策を検討することが望ましいといえるでしょう。
ワクチン未接種を理由に「取引先従業員の、自社への出入りを禁止」することについては、政府の明確な見解は示されていません。個人と企業の関係であれば、人権と営業の自由のどちらが優先されるのかという問題となり、合理的な理由がないにもかかわらず「客の入店を拒否すること」は違法であるとして不法行為に該当する可能性もあります。他方で、取引先従業員との関係はあくまで企業間の問題ともいえるため、ワクチン未接種を理由に「取引先従業員の、自社への出入りを禁止」することも直ちに違法とまでは言い切れないでしょう。ただしこの場合も、取引先に事情を説明し理解を求めるなどして、誠実に対応していくことが望ましいといえるでしょう。
取引締結時に新型コロナウイルスワクチン接種を条件とすること
取引締結時に新型コロナワクチン接種を条件とすること自体を禁止する法律はありません。しかし、政府が「予防接種を受けていないことを理由として不利益な取り扱いが行われることは適切ではない」と示した項目の中に「契約をしないこと」が含まれています。実際、取引締結時に新型コロナウイルスワクチン接種を条件とすることは、ワクチン接種の強要であるとしてワクチンハラスメントに該当する可能性があると考えられます。
たとえ医療従事者であっても、接種を求めることはできないの?
たとえ医療従事者であっても、「ワクチンを接種するかどうか」は本人の意思が尊重されるべきものです。そのため、医療従事者にワクチン接種を強要することは、ワクチンハラスメントに該当します。
一方で、医療機関には、「患者や職員の安全を守る」という責務があります。その点を踏まえると、医療従事者の自由意思を阻害しない範囲で「ワクチンをできれば接種してほしい」と要望を伝えることは、ワクチンハラスメントには該当しません。要望する際は、医療従事者が正しい知識をもとに判断できるよう、ワクチンの「有効性」「必要性」「安全性」などについて十分な説明を行うのが望ましいでしょう。
従業員からワクチンハラスメントの相談を受けたらどうしたらよいか?
従業員からワクチンハラスメントの相談を受けた場合には、どのように対応したらよいのでしょうか。企業としての対応方法について、ご紹介します。
ハラスメント相談の受付票などはこちらからダウンロードできますので、ご活用ください。
相談があった際に行うこと
ワクチンハラスメントに関する相談が寄せられた場合には、まずは相談者の話をじっくり聞いた上で、事実関係を確認します。プライバシーの確保ができる部屋を用意し、秘密が守られることを伝えた上で、ゆっくりと時間をかけて、相談者の話を傾聴しましょう。
相談者とワクチンハラスメントを行ったとされる相手との間に、認識のずれがあるケースもあるため、事実確認をすることも重要です。相談者に了解を得た上で、ワクチンハラスメントを行ったとされる相手にも、話を聞きましょう。その際は、「中立的な立場で話を聞くこと」を意識する必要があります。双方の相違が見られた場合には、必ず相談者から了解を得た上で、周囲で働く従業員など、第三者に事実確認を行います。守秘義務について十分に伝えた上で、事実確認に協力してもらいましょう。その上で、ワクチンハラスメントがあったかどうかを総合的に判断します。
事実確認を行う過程で、ワクチン未接種であることが周囲に伝わってしまう可能性が高いため、必ず相談者の了解を得ることが重要です。もし了承が得られない場合は、無理に事実確認を進めることはせず、確認できた範囲で対応を検討する必要があります。
ワクチンハラスメントを行った従業員への対応方法について
事実関係を把握したら、就業規則の規定を確認した上で、ワクチンハラスメントを行った従業員への対応方法を考えます。取るべき措置としては、「注意・指導」「相談者への謝罪」「人事異動」「懲戒処分」などがあります。「危害を加える」「精神的なトラブルを誘発させる」「退職に追い込む」など、悪質性の高いワクチンハラスメントが行われていた場合には、「出勤停止」「降格」「懲戒解雇」といった中程度から重めの「懲戒処分」も視野に入れて、対応方法を検討しましょう。
(参考:『【弁護士監修】懲戒処分とは?種類と基準―どんなときに、どんな処分をすればいいのか―』)
再発防止に向けて取り組むべきこととは
ワクチンハラスメントの再発防止のためには、まず、ワクチン接種に対する企業のスタンスを明確に示す必要があります。「接種は強制ではない」「本人の意思に基づき、接種を受ける」というスタンスを、社内報やパンフレット、ときには経営者メッセージなどを通じて、従業員に周知しましょう。その上で、「ワクチンハラスメントを行った者に対し、継続的なフォローアップを行う」「ワクチンハラスメント防止を目的とした研修・教育を、全社的に実施する」などの取り組みを行うことが重要です。
まとめ
ワクチン未接種のみを理由とした、自社従業員の「解雇」や取引先との「取引停止」などは、ワクチンハラスメントに該当します。まずは、「ワクチンハラスメントに該当する行為」について正しく理解しましょう。従業員からワクチンハラスメントの相談があった際は、事実確認の上、ワクチンハラスメントを行った従業員への対応方法を検討し、再発防止に取り組む必要があります。「接種は強制ではない」「本人の意思に基づき、接種を受ける」という企業のスタンスを示すことにより、ワクチンハラスメントのない職場にしていきましょう。
(制作協力/株式会社はたらクリエイト、監修協力/弁護士 藥師寺正典、編集/d’s JOURNAL編集部)
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