創業2年半、25名採用で離職ゼロ。個のつながりを基に組織を成長させる「ピープル・リレーションズ」【連載 第5回 隣の気になる人事さん】

株式会社ROUTE06

Community Manager / People Relations 矢野 明里(やの・あかり)

プロフィール

先進的な取り組みを進める人事や経営者がバトンをつなぎ、質問を投げ掛けていく「隣の気になる人事さん」。第4回に登場した株式会社クラウドネイティブ 代表取締役の齊藤愼仁さんからは、DXパートナーとして大手企業のビジネスモデル変革を支援する株式会社ROUTE06をご紹介いただきました。

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2020年に創業した株式会社ROUTE06ではこれまでに25名を採用。急成長を続けながらも、なんと2022年7月時点で「離職者がゼロ」だと言います。その原動力となっているのが「コミュニティマネージャー/ピープル・リレーションズ」として活動する矢野明里氏です。同社と個人との関わりを社内外へ広げ、「お試し業務委託」など独自の取り組みを進めながら、採用CX(採用力向上につながる採用見込み対象者体験)を追求し続けています。

応募してもらう前から、「1人の人間として」接点をつくる

——矢野さんが担う「ピープル・リレーションズ」「コミュニティマネージャー」の役割について教えてください。一般的な人事・採用担当者とは何が違うのでしょうか。

矢野氏:ROUTE06に入社してからしばらくの間は、私も採用担当やHR担当と名乗っていたのですが、自分がやってきたことを整理して2022年1月からこの肩書にしました。

 

「ピープル・リレーションズ」は社外向けの役割で、人と人、人とROUTE06をつないでいます。採用見込み対象者にROUTE06のことを知ってもらったり、選考の際に採用見込み対象者を面接官につなげていったりする仕事です。採用担当を務めていると、応募が来てから採用見込み対象者と関わり始める、「待ちの姿勢」になってしまうことが多いと思うんですよね。私は応募していただく前から採用見込み対象者との接点をつくることを強く意識しています。

もう一つの「コミュニティマネージャー」は社内向けの仕事です。採用見込み対象者に入社してもらうタイミングから、ROUTE06というコミュニティに溶け込み、活躍してもらえるようサポートをしています。採用が決まるまでだけではなく、その後のフォローも重要な役割なんです。

——いわゆる「採用広報」との違いは。

矢野氏:採用広報では、SNSや自社ブログ、自社サイトなどを駆使して広くメッセージを伝えることが求められますよね。私もそうした役割を担っていますが、noteやTwitter、自社ラジオ(※)などを使って広く届ける仕事は、広報やマーケティングなどの他のメンバーと協働しています。情報発信の大切さを全社で共有し、人事・採用担当者任せにならないようにしているんです。

(※)ROUTE06公式Twitterでは、毎週金曜に自社の情報をカジュアルに伝える「ルートシックスラジオ」を配信中

私自身が重視しているのは、より人にフォーカスして個人に寄り添うこと。たとえばTwitterで、当社の記事に興味を持ってリツイートしてくれている人がいたら、私からアプローチして別の情報も届けにいくことが多いですね。1人の人間として誰かとつながり、私をきっかけにしてROUTE06のことを知っていただけるような活動をしています。

「個人の人格を会社に取り入れる」ナラティブな組織づくり

——2020年1月の創業から現在までの採用実績についても教えてください。

矢野氏:私が入社したときは役員と社員合わせて5名の体制でした。2022年7月時点では、入社予定者を含めて30名の体制となっています。さらに2022年度中には50名体制とすることを目標にしています。

 

——短期間で組織が急拡大しているにもかかわらず、創業から現在まで「離職者がゼロ」だと聞いて驚きました。この秘訣はどこにあるのでしょうか。

矢野氏:理由の一つとして、代表の遠藤崇史が常々言っている「個人の人格を会社に取り入れていきたい」という考え方があると考えています。会社の人格ありきで、それに合う人を採用するのではなく、偶然の出会いを大切にして個人によって組織に変化を生み出していく。この考え方を、当社では「ナラティブな組織づくり」と呼んでいます。

もちろんROUTE06にも明確なミッションやパーパスがあるので、これらを理解してもらうことはとても大切です。私たちが目指しているのはミッションやパーパスについて一緒に考え、一緒にアップデートしてくれる人を採用すること。だからまずは個人ありきで、「この人が入社してくれたらこんな化学変化が起きそうだね」とワクワクしながら多様な人材を採用しているんです。このスタンスが一人ひとりの満足度を高めることにつながっているのではないでしょうか。

フルリモート勤務を前提に、誰も迷わないための就業規則を制定

——スタートアップの多くは環境や制度が未完成で、これによって入社をためらったり、早期離職の要因になってしまったりすることもあると思います。

矢野氏:おっしゃる通り、どんなに事業内容に興味があっても、会社の体制に不安があったら働けないと思います。スタートアップは環境や制度が整っていないことが当たり前のように思われがちですが、私はできるだけ早い段階で環境や制度をメガベンチャー基準にして、採用のアクセルを踏むための準備をしたいと考えていました。

そのために最初に取り組んだのが就業規則の制定です。代表は創業時から組織を成長させ、本気で上場を目指していく考えを明確にしていたので、最初からメガベンチャーの基準に詳しい社会保険労務士さんを交えて制度設計をしていきました。その際にはROUTE06ならではの要素も重視しました。

——他社の就業規則ではあまり見られないような内容もあるのですか?

 

矢野氏:はい。当社はフルリモート勤務を前提にして就業規則をつくり、「社内連絡の際は指定のチャットツールを使う」といったコミュニケーションの決まりごとを明確にしました。他にもリモートワークの中抜けの仕方や、チャットで有給休暇取得を申請する方法なども明記して、どんな環境から転職してきてもこの会社での立ち居振る舞いに迷わないようにしています。

私は、こうした基本を整備することは会社が示すべき誠意だと思っています。

フェアな立場で互いを知るための「お試し業務委託」

——自社の特徴を就業規則に明文化するなど、制度にうまく反映させているんですね。母集団形成ではどんな工夫をしていますか?

矢野氏:創業当時は経営陣がリファラル採用に一生懸命取り組んでいましたが、現在は求人広告や人材サービス会社さんを頼ったり、ダイレクトリクルーティングに力を入れたりとさまざまな方法を試しています。

また、社員が「知り合いの○○さん、最近辞めたらしいですよ」と話しているのを聞けば、私が直接アプローチをしに行きます(笑)。入社にすぐに至らなくても、一度つながりを持った人とは長いお付き合いができるように心掛けていますね。

——選考プロセスでは、7日間(合計14時間)の業務委託契約を結んで実際の仕事を知ってもらう「お試し業務委託」がユニークだと感じました。

矢野氏:できるだけギャップのない状態で入社してもらうためには、採用見込み対象者とROUTE06で働く人が、互いにどんな人なのかをきちんと知って擦り合わせることが大切です。そこで入社前に業務委託契約と機密保持契約を結び、報酬を実際に支給して業務に就いてもらうことにしました。

 

ただ、私たちとしては採用見込み対象者にスキルを発揮して成果を出してもらうことを求めているわけではありません。実際の業務に触れ、社内のSlackのやりとりなどにも可能な範囲で入ってもらい、社内の風土を知ってもらうことが目的の第一なんです。

——従来、日本企業では一定の試用期間や有期雇用契約期間を設けることで入社者の見極めを行うことが一般的でした。こうしたやり方と比べて、お試し業務委託にはどんなメリットがあると感じますか?

矢野氏:従来の試用期間や有期雇用は、会社側にしかメリットがないと感じていました。採用見込み対象者はすでに入社してしまっているので、「自分には向いていないかも」と感じても、すぐに退職するのは難しいと思うんです。お試し業務委託であれば、7日間の契約期間が終わればいったん振り出しに戻って、自分に合わないと思えば入社しないという選択もできます。実際に過去には、お試し業務委託を経て辞退した採用見込み対象者もいますが、ご本人は納得感を得た上で、ポジティブな意思決定をしていただけたと思います。中には現在も交流のある方もいるんですよ。

入社者からは、「お試し業務委託で実際の開発プロセスに触れ、求められる水準を理解できた」「良いことだけではなくROUTE06の課題についても知り、チームが考えている課題解決策に共感できたので入社を決めた」といった声を聞いています。採用見込み対象者と会社がフェアな立場で、互いのリアルな姿を知る方法として、このやり方は今後も有効に機能していくと考えています。

——今後の組織づくりや採用戦略に向けた展望もお聞かせください。

矢野氏:当社にはすでに多様な人材が集まっています。今後も各人のバックグラウンドにかかわらず、さまざまな人との接点をつくっていきたいですね。オンライン開催のイベントに力を入れたり、あえて地方へ出向いて採用活動をしたりといった新しい取り組みも進めていく予定です。今年度は50名体制を目標としていますが、その先にはさらに大きな規模の組織へ成長していくビジョンを持っています。その中でもピープル・リレーションズとしての「人と人のつながり」を大切に、個人によって可能性が広がっていく組織を実現したいと考えています。

取材後記

直近でROUTE06に入社した人と矢野さんが最初に連絡を取り合ったのは2年前。当時は入社に至らなかったものの、矢野さんから継続的に連絡を取り、近況や会社の最新情報などを伝える中で「実は今、転職を考えているんです」という話を聞けたそうです。一度つながりを持った人とは長いお付き合いをする。そんな矢野さんの信念が結実したのだと感じました。矢野さんは「直近の採用目標を達成することも大切ですが、こうした長期的なつながりを会社が許容して応援することも組織の成長には欠かせません」とも話してくれました。

企画・編集/海野奈央(d’s JOURNAL編集部)、野村英之(プレスラボ)、取材・文/多田慎介、撮影/中澤真央