スナックかすがい?ボードゲームづくり?やりたいことをやり、学びたいことを学ぶ!老舗地方中堅企業 春日井製菓の人材育成【連載 第17回 隣の気になる人事さん】

春日井製菓株式会社

人事課 課長 佐藤愛(さとう・あい)

プロフィール
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人事課 人財開発チームリーダー 熊澤圭子(くまざわ・けいこ)

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  • 全額会社負担のグロービス受講や社内提案制度。全ては「従業員が自発的に取り組める」ように設計している
  • キャリア入社の異能人材が前例のない取り組みを次々と提案。社内公募制度を活用して仲間を集め、新部署や新プロジェクトが動いている
  • 各部門に適した研修制度を模索するチームも活動中。最終的な目標は「仕組みがなくてもみんなが当たり前に学び成長する風土」を実現すること

全国各地の人事・採用担当者や経営者がバトンをつなぎ、気になる取り組みの裏側を探る連載企画「隣の気になる人事さん」。

第16回の記事に登場したエール株式会社の篠田真貴子さんは、「黒あめ」や「キシリクリスタル」、「つぶグミ」、「グリーン豆」などのロングセラー商品で知られる菓子メーカー・春日井製菓株式会社(愛知県名古屋市)を気になる企業として紹介してくれました。

▶エール株式会社の篠田さんが登場した第16回の記事はコチラ
上司たちの「聴いてもらう経験」で1on1や組織開発がうまくいく⁉エール・篠田真貴子が伝える“聴く力”の伸ばし方

1928(昭和3)年創業の春日井製菓株式会社では、職種・年次に関わらず会社負担でグロービスを受講できる制度や、従業員が新たな取り組みを提案できる制度、社内留学制度などを通じて人材育成に注力。異業種からも人材が集まり、商品づくりやファンづくりのユニークな試みが続々と生まれています。

社長に直接話しかけてもOK?キャリア入社者も驚くほどオープンな風土

——御社では全従業員を対象として、希望者が会社負担でグロービスを受講できるようにしていると知り驚きました。

佐藤氏:前社長(現会長)がグロービスで学びを実感し、従業員にも学ぶチャンスを広げたいと考えたことからスタートしました。一時期は入社から一定年数を経た人を対象としていましたが、現在は入社年次や職種にかかわらず全員を対象とし、自ら手を挙げて上長に認められれば受講できる仕組みとなっています。

熊澤氏:私は2024年1月にキャリア入社したばかりですが、前職時代にグロービスへ通っていました。この受講制度を知り「全額会社負担で学べるなんて素敵な会社だな!」と思いましたね。

——たしかに全額を負担してくれる会社は珍しいかもしれません。なぜここまで人材育成に手厚く投資しているのでしょうか。

佐藤氏:私自身は入社以来、当社しか知らない身なのですが、人を大切にするという風土は以前からずっと経営に根づいているように感じます。それは従業員との接し方にも現れていて、普段から社長は従業員の声を聞いて経営につなげることを重視しているんです。長い歴史のある同族経営の会社で、社長のワンマンぶりをまったく感じないのは珍しいのかもしれません。

熊澤氏:当社に入社して、経営と従業員の距離の近さに驚きました。社長室のドアはいつも開いており、従業員がいつでも訪ねて話ができるんです。役職に関係なく誰もが提案できる環境なので、私は心配になってつい「根回しをしなくても大丈夫なんですか?」と周囲に聞いてしまいました。

——従業員の皆さんが自ら「学びたい」「提案したい」と思うようになる理由は?

佐藤氏:当社で運用する制度は、一人ひとりがやりたいことを実現し、そのために必要なことを自発的に学べるよう設計しています。自ら手を挙げてチャレンジしたい職種へ異動できる社内公募制度や、1カ月間他部署の仕事を経験できる社内留学制度などがそれにあたります。

風土としても、前例のない尖った取り組みの提案が否定されることはありません。「スナックかすがい」(※1)や「おかしな実験室」(※2)を立ち上げた原の取り組みもこうした環境の下で始まり、社内公募で集めたメンバーと共に活動の幅を広げています。

(※1)異なる分野で活躍するゲストを招き、春日井製菓の商品である「グリーン豆」と生ビールをお供に繰り広げられるトークイベント
(※2)「面白くてワクワクする実験的な試みで、人と商品を人気者にしながら、会社と社会を明るくする」という活動目標を掲げ、ネタづくり、ファンづくり、キッカケづくりに取り組む部署。2022年2月に設立された

熊澤氏:現在では「みらい誰もが活躍クラブ」というプロジェクトも設けられています。これは一人ひとりが発案し、仲間を集めて自発的に進められるプロジェクト形式の取り組み。提案は随時募集していて、職場環境改善や制度改定、新商品提案など、さまざまなアイデアが寄せられています。経理課の押谷が立ち上げた「春日井製菓オリジナルのボードゲームをつくる」というプロジェクトもその一つです。

前例のない提案が通るのは、「自分づくり」を応援する経営方針と情熱がある従業員のおかげ

——それでは、「スナックかすがい」や「おかしな実験室」を立ち上げた原さんにお聞きします。原さんは広告代理店や飲食店経営のキャリアを経て入社しました。春日井製菓にどんな魅力を感じたのでしょうか。

原氏:最も心を惹かれたのは経営者の考え方でした。入社前に現会長と会った際、「私は“自分と違う考えの人”と働きたい」という言葉を聞いたんです。経営トップといえば「自分の考えに従ってほしい」と考えるものだと思っていたので、私は驚いて「それは本心なんですか?」と聞き返してしまいました。違う考えの人を積極的に受け入れる春日井製菓なら、自分のやりたいことに挑戦できそうだと感じましたね。

——「スナックかすがい」も「おかしな実験室」も、それまでに前例のないユニークな提案だったと思います。これらを実現できた要因は?

原氏:当社は経営方針の中で「会社が『自分づくり』を応援する」と宣言しています。経営の日々の発信でも「自分自身と会社のベクトルを合わせて新しいことに挑んでほしい」と伝えてくれているんですよね。こうした方針の下で育まれた風土が、ユニークな提案を通しやすくさせてくれているのだと思います。

また、内心に熱い気持ちを秘めている仲間にも助けられています。おかしな実験室の活動の一環で、えんどう豆と自分のスキルを育てる「畑と自分を育てる日」と称した業務日を月1回設けているのですが、スタート段階から好奇心を持って参加し、「この活動は素晴らしい」と賞賛してくれる人が一定数いました。ただ、なかなか実務と直結しないこともあってその後は賛同者が増えなかったんです。しかし開始から2年を経て、先日、総務課長が全従業員に向けたメールで「畑に行って自分を成長させようよ」と、とても熱いメッセージを送ってくれました。このときは胸が震えましたね。

——おかしな実験室のメンバーは社内公募で集めたそうですね。メンバーの皆さんはどんな動機を持って参加したのでしょうか。

原氏:仕事を変えたい、会社を変えたい、そして自分を変えたいという動機です。

メンバーは「経験値を増やして視野を広げたい」「新しいやりがいを見つけられる可能性がある道を選択したい」「会社を変えていけるような人材になりたい」といった声とともに参加意志を表明してくれました。私たちの活動は前例のないことばかりですが、それぞれが自ら選んだ道だけあって、とても高いモチベーションで取り組んでくれています。

くすぶっていたボードゲームへの思いが高まり、迷わずプロジェクトを立ち上げた

——続いて、春日井製菓オリジナルのボードゲーム開発を提案した押谷さんにお聞きします。押谷さんは普段、経理課でどんな仕事を担当しているのでしょうか。

押谷氏:グループ会社を含めた4社の経理業務を担っています。具体的には買掛金管理や売掛金管理、経費精算、月次決算、年次決算、銀行折衝など。昨今はインボイス制度や電子帳簿保存法などの制度改正により業務内容が大きく変わってきており、最新システムなどに関する情報収集も常に行っています。

——こうした業務内容とボードゲームは無関係なように思うのですが、なぜボードゲームづくりを提案したのですか?

押谷氏:私はもともとボードゲームが趣味で、「たくさんの人に会計を身近に感じてもらいたい」という思いもあり、起業して経営ゲームなどをつくってみたいと考えていた時期もありました。

そんな気持ちがくすぶったまま当社へ転職し、仕事をしている中で、ある日「『みらい誰もが活躍クラブ』を発足します」という社内発表がありました。私は迷わず参加を表明。1人ではなかなか進められなかったボードゲーム制作も、社内で共通の趣味を持つ仲間やスペシャリストを見つけられれば実現できると思ったんです。それから仲間を集めてプロジェクト化し、メンバーで話し合いながら制作を進めているところです。

——プロジェクトを進める中でぶつかっている壁はありますか?

押谷氏:時間の確保ですね。現在のメンバーは私を含めて5名、そのうち2名が生産現場の工場で勤務しています。私たち内勤と比べて、生産現場の人はプロジェクトに取り組むための時間を捻出するのが難しい現状があります。また、議論を進めていく中でボードゲームの可能性が広がっていき、「地域や社会へ貢献する活動につなげたい」など、新しいアイデアが次々湧いてきています。これまで以上に時間を捻出する工夫が必要だと感じています。

加えて私たちのスキルアップも課題の一つ。現在はボードゲーム制作経験者を交えて打ち合わせを進めていますが、今後はさらに積極的に他社さんとも交流して、ヒントをいただけたらと思っています。

本当の目標は、仕組みがなくてもみんなが当たり前に学び成長する風土を実現すること

——改めて佐藤さんと熊澤さんにお聞きします。今後の人材育成では、どのような施策を検討していますか?

佐藤氏:当社では、恥ずかしながらこれまで明確な研修制度を設けていませんでした。その時々で目の前の課題に対応するための研修を組んできたんです。このままでは研修の費用対効果を追いかけることもできません。

そこで研修制度設計をリードするため、ステップアップ特別相談班、通称「とくそう」と呼ぶチームをつくりました。これまで散発的に行ってきた各研修のねらいを整理し、体系化できるように議論を重ねています。

熊澤氏:私もこの「とくそう」に参加しており、現在は新たな階層型研修の在り方を議論。部門によって人材育成の課題や事情は大きく異なるため、各部門の温度感を見ながら、最適な仕組みの在り方を模索しているところです。

佐藤氏:こうした枠組みを整えつつも、「一人ひとりのやりたい思いを形にするための学びと成長を全力で支援する」という基本方針は一切変えません。将来的な目標は、仕組みがなくても皆が当たり前に学び成長する風土を実現することだと考えています。

写真・資料提供:春日井製菓株式会社

取材後記

企業を取材していると、多くの現場から「従業員が自律的に学んでくれない」という悩みの声を聞きます。昨今では対処法としてeラーニングなどの仕組みを整える例も増えてきました。しかし春日井製菓で起きていることを知ると、学び方以前に「従業員との向き合い方」を見つめ直すことが自律的に学ぶ個人を増やすために必要なのではないかと感じます。「一人ひとりのやりたい思いを形にするための学びと成長を全力で支援する」。このシンプルな言葉に、人材育成の本質が詰まっている気がしました。

企画・編集/海野奈央(d’s JOURNAL編集部)、野村英之(プレスラボ)、取材・文/多田慎介

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