上司たちの「聴いてもらう経験」で1on1や組織開発がうまくいく⁉エール・篠田真貴子が伝える“聴く力”の伸ばし方【連載 第16回 隣の気になる人事さん】

エール株式会社

取締役 篠田真貴子(しのだ・まきこ)

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  • 部下は上司に「何でも話せない」のが当たり前。時には別の相手との1on1を組むことも有効
  • 聴く力を伸ばすには「誰かに時間をかけて深く話を聴いてもらう体験」が不可欠
  • 日ごろから「どんな人にも肯定的意図がある」と信じて対話すれば、自分自身の聴く力を伸ばせる

全国各地の人事・採用担当者や経営者がバトンをつなぎ、気になる取り組みの裏側を探る連載企画「隣の気になる人事さん」。

第15回の記事に登場した株式会社大都の山田岳人さんは、オンライン1on1などを通じて「聴く力」の向上を支援するエール株式会社を気になる企業として紹介してくれました。

▶株式会社大都の山田さんが登場した第15回の記事はコチラ
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同社は社外人材による1on1を提供し、オンライン面談で「聴いてもらう価値」を管理職層に体験してもらうことによって、社内コミュニケーションの改善や組織風土改革につなげています。篠田さんは『LISTEN――知性豊かで創造力がある人になれる 』(日経BP)など、聴く力に関する書籍の監訳でも知られています。

昨今では多くの企業で上司と部下の1on1を実施するようになりました。しかし、そのプロセスでは上司の面談スキル不足が課題に挙げられることも少なくありません。上司が「聴く力」を持つことにはどんなメリットがあるのでしょうか。そして、「聴く力」を身に付けるためには何が必要なのでしょうか。

部下にとって、上司が話しにくい相手である理由とは?

——多くの企業で1on1が導入されるようになりました。篠田さんは、現状の一般的な1on1についてどのような課題認識をお持ちでしょうか。

篠田氏:1on1を全社的な施策として取り入れているものの、推進を担う人事部門が今ひとつ手応えを得られていなかったり、管理職のスキルや意欲によって成果がまちまちだったりと、企業からはさまざまな課題感を聞いています。

企業によっては、1on1を通じて会社をどう良くしていきたいのかが不明確で、目的があいまいなまま「とにかくやってみよう」と動き出しているケースもあるのではないでしょうか。この時間は何のための時間なの?と、上司側も部下側もモヤモヤしている状態ですね。どんな会議も目的が不明確ではうまく進みません。1on1にも同じことが言えると思います。

——上司側からは「1on1の時間で部下の話を引き出すことに苦慮している」「自分の話をすることに終始してしまう」といった悩みの声も聞こえてきます。

篠田氏:意識している人は少ないと思いますが、上司にとっての部下とは、実は話を聴く相手として最も難易度が高い存在です。

多くの場合、上司と部下には関係性の歴史があり、日ごろの役割分担が明確になっていますよね。人は関係性が近い相手になればなるほど、「自分のことを理解していてほしい」と勝手に思うもの。そのためフラットに、バイアスのない状態で相手の話を聴くことが難しくなってしまうのです。

これは話を聴いてもらう側の部下にとっても同じ。初めて会ったタクシーの運転手さんには日ごろの愚痴を思い切り吐き出せるかもしれませんが、上司に同じ内容を話すのは難しいでしょう。親しい相手だからといって、すべてを話せるわけではないということです。

その意味では、上司は1on1がうまくいかないことを悲観しすぎなくても大丈夫。部下が率直に話してくれないとしても、すべて自分の責任だと背負い込む必要はありません。部下にとって、上司は関係性が近いからこそ話しにくい相手なのですから。

——とは言え、部下が言いたいことを言えないままの状態でいるのは気になってしまうと思います。どのように部下と向き合えばよいのでしょうか。

篠田氏:1on1の目的に応じて、コミュニケーションを切り分けることを提案したいですね。上司だけが1on1を担おうとしなくてもいいと思います。

たとえば1on1を行う目的を「部下が仕事を自律的に進められるようにする」と設定しているとしましょう。しかし1on1で部下に「どうすれば仕事を自律的に進められると思う?」と尋ねても、初めから明確な答えが返ってくることはほとんどないでしょう。

よく「壁打ちが大切」と言います。これは上司からのアドバイスが大切なのではなく、部下がまだ固まっていないアイデアを気軽に口にしながら、徐々に形にしていくことが大切なのです。だとすれば、話す相手は必ずしも上司でなくてもいいはず。部下の状態に応じて、現在の最適な話し相手が自分ではないと思うなら、上司は別の話し相手を見つけてアサインしてあげてはいかがでしょうか。

上司も多忙な中で時間を割いているのに、結論のない話に付き合わされる一方ではやり切れない気持ちになってしまうでしょう。これは上司と部下のどちらかに問題があるのではなく、関係性を巡る状況が悪さをしているだけなのです。

コミュニケーションの課題を考えるとき、私たちはつい当事者である自分が何か対策しなければいけないと思い込みがち。一度、その固定観念を疑ってみてください。

聴く力のベースには「聴いてもらった体験」がある

——部下が上司と対話すべき状況になったとしても、上司側に聴く力が備わっていなければ1on1を実りある時間にはできないと思います。どのようにして上司の聴く力を伸ばしていけばいいのか、悩んでいる企業も少なくありません。

篠田氏:大きな原因のひとつは、上司自身、誰かに時間をかけて深く話を聴いてもらった経験がほとんどないことだと考えています。多くの企業で管理職を担っている30〜50代の方々は、若いころに1on1のような話を聴いてもらう機会がなく、上司の背中を必死に追いかけてきた人が多いのではないでしょうか。

コミュニケーションスキルは、プールで泳いだり、自転車を運転したりするような運動と同じく、身体的な体験を通じて磨かれていきます。企業によっては管理職に数時間の座学研修を受けてもらい、ちょっとしたロールプレイングをやっただけで部下との1on1に臨んでもらうところもありますが、これは水に入ったことがない子どもに泳ぎ方の動画を見せていきなり50メートルを泳がせるようなものだと思ってください。

——貴社はこの問題を「聴いてもらう価値を上司に体験してもらう」ことで解決していますね。

篠田氏:「聴いてもらう価値」を知ってほしいと考えているのは、自分自身の中にある思考や感情に気付いていない人がとても多いからです。本来の思考や感情は、時間をかけて深く話を聴いてくれる相手がいないと出てこないもの。しかし日ごろの職場では、前述したように相手との関係性に応じて、何を話すか話さないかを無意識に決めてしまいます。

だからこそ、既存の関係性がない社外の第三者に話を聴いてもらうことが重要なのです。普段はなかなか言えないことを抱えている上司も、話を聴いてもらうことで本音を言えたり、自分でも忘れかけていた感情が出てきたりする。この体験こそ、短期間で聴く力を伸ばすために欠かせないことだと考えています。

ちなみに社内でも、これに近いことができます。最近では大企業を中心に、普段は関わりのない他部署の人などに話を聴いてもらう「ナナメ1on1」を行うところが増えています。これも聴いてもらう価値を実感できる取り組みだと言えるでしょう。

——従業員数の少ない中小企業では、日ごろ関わりのない人と社内で1on1を行うのは難しいかもしれません。

篠田氏:その場合でも、何らかの形で社外の方と行う1on1に取り組んでみることをおすすめします。

たとえば、社外の人と最低月1回はランチしてもらい、そのランチ代を会社が補助するといった施策も有効でしょう。そのときには昔ながらの友人など近しい関係の人とただランチするだけではなく、「自分の仕事への想いや課題感を相手に聴いてもらうこと」を条件にしてみるとよいのではないでしょうか。

自分自身の本当の感情に気付けば部下との関係性が変わる

——貴社が提供する社外1on1のセッションでは、具体的にどのような会話をしているのでしょうか。

篠田氏:エールでは4〜12回のパッケージとして社外人材による1on1のセッションを行っています。最初のうちは自分の想いを率直に語れない方も多いですが、セッションを重ねていくうちに自身を客観的に振り返り、「自分でも忘れていましたが、入社当時はこんなことを考えていました」といった言葉が出てくるようになります。

ある企業で管理職を務めている方の場合、最初は「上司と部下の板挟みで辛い」といった打ち明け話から対話が始まりました。上司からさまざまなことで叱責され、部下からはチームの雰囲気が悪いと指摘されているが、どうすればいいのか分からないのだと。

セッションを重ねる中で、その方は「とても孤独感を覚えている」と表現するようになりました。この孤独感こそが本音だったことに気付き、上司に対しても「孤独を感じています」と打ち明けました。

その結果、上司は以前よりも寄り添ってくれるようになり、この方自身も上司にオープンに話せるようになったそうです。

——ご自身の本当の感情に気付いたことで行動が変わったのですね。

篠田氏:本当の感情に気付くまでは、自分を孤独な状況に勝手に追い込んでしまい、周囲の力を頼れずにいたのかもしれません。

部下との関係性も変わりました。以前と同じように、部下から「チームの雰囲気が悪い」と指摘されても、今度は「話してくれてありがとう」と言えるようになったのです。自分自身を客観視できるようになったことで気持ちにゆとりが生まれ、部下の言葉も余裕を持って受け止められるようになったのでしょう。

——部下側も、上司に対して以前より話しやすくなったのでは。

篠田氏:そうですね。ネガティブな意見をしたことに対して「ありがとう」と返してくれる上司なら、仕事の困りごとなども話しやすいはずです。

人間は直感で動く生き物。上司に「ちょっと困ったことがありまして…」と相談しに行った瞬間に、眉間に皺を寄せて「何?」と返されてしまうと一気に話しづらくなりますよね。上司が変わることで、上司自身はもちろん、部下の心理的安全性やエンゲージメントも大きく向上するのです。

話を聴くコツは「相手が出しているテーマ」に関心を寄せること

——上司が自信を持って部下の話を聴けるようになるために、篠田さんがオススメする意識付けの方法があればお聞かせください。

篠田氏:「どんな人にも肯定的意図がある」と信じて、相手の話に耳を傾ける態度が大切だと思います。

長く一緒に仕事する同僚や部下が、自分が伝えたことに対して思いもよらない反応をしたとき、人はつい感情的な反応をしてしまいがちです。「この人は何もわかっていない」と失望してしまうこともあるかもしれません。

でも相手には知性があり、その人なりの考えと論理があるというだけ。相手の価値基準や捉え方は自分とは別なのだということを踏まえて、相手の考えはどこに由来するのかに興味を持つことが重要ではないでしょうか。

——表面的な態度や行動ではなく、相手の考えの背景にあるものに意識を向けることが大切なのですね。

篠田氏:はい。私は日ごろから「聞く」と「聴く」を意識的に使い分けています。前者は相手が話していることについて自分なりの考えを巡らせながら聞くこと。後者は、自分の考えや価値基準を一旦脇に置いて相手の話を聴くことです。

自分の考えや価値基準を含めずに話を聴けば、「何があなたにそう考えさせているのか?」「そう考えるようになった背景は何なのか?」といった質問ができるようになるはず。相手そのものではなく、相手が出しているテーマに関心を寄せるということですね。

1on1を行う間、このモードでずっといるのは難しいかもしれません。それでも、最初の5分だけでもいいので、相手の考えや置かれている状況を理解しようと努めてみてください。普段から相手そのものに関心を持ってしまっている近しい人と対話するときこそ、これを意識していただければと思います。

素材提供:エール株式会社

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取材後記

「関係性が近い相手こそ話しにくい」という篠田さんの指摘に、ハッとさせられる思いでした。考えてみれば、同じく近しい関係である家族とのコミュニケーションも同様ではないでしょうか。家庭内で生産性のない愚痴を吐き合うよりも、外で誰かに話を聴いてもらってからのほうが家族と素直に話せるようになった…。そんな体験を思い出しながら、上司と部下の「近くて遠い関係性」に想いを馳せる取材となりました。

企画・編集/海野奈央(d’s JOURNAL編集部)、野村英之(プレスラボ)、取材・文/多田慎介

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