ID(インストラクショナルデザイン)の第一人者が提唱。「教えない教育」が組織と人材の成長を加速させる

熊本大学

教授システム学研究センター 教授
鈴木 克明(すずき かつあき)

プロフィール
株式会社パーソル総合研究所

執行役員 ラーニング事業本部 本部長
髙橋 豊(たかはし ゆたか)

プロフィール

新型コロナウイルスの影響などもあり、新人社員研修も含めた人材育成の在り方について、多くの人事担当者が苦労していると思います。同時に、刷新しなければならない。このように考えている人も少なくないでしょう。インストラクショナルデザインの第一人者である熊本大学の鈴木克明教授ならびに、パーソル総合研究所の髙橋豊氏のお2人による講演から学びます。

Withコロナ時代の「教えない」新人教育/熊本大学教授 鈴木 克明氏

研修のゴール(目的)を明確にする

まずお伝えしたいのは、コロナ禍の今だからこそ、前例踏襲で行ってきた感の強い各種教育研修のスキームを変えるチャンスだということです。そして、その再設計に50年にわたり同分野の研究ならびに価値向上に取り組んできた、インストラクショナルデザイン(以下、ID)が参考になります。

IDを一言で説明すれば、出口と入口のギャップを埋めることです。同時に、そのギャップをどのように埋め、ゴールに導くのか。目的アプローチのデザイン(設計)とも言えます。ですからIDでは出口のゴール、その研修は何を目指しているのか、そのことをまずは考えることが重要です。

出口とは、教育研修を受けて達成すること。研修後に身につけたスキルや変化した姿とも言えます。つまり、現状で何か不足しているスキルなどがあり、研修を受けることで、その不足を埋めるのです。

ですから研修を行う際には、招集したメンバーのスキルの状況などを把握すること、つまり、評価を行う必要があります。言い方を変えれば、出口目標に到達しているメンバーは研修を受ける必要はありません。評価方法はヒアリングでもテストでも構いません。

実際、どのように研修をデザインしていくのか。「効果」「効率」「魅力」を意識して行います。効果は先に説明した通り、研修を受けることで得られる新たなスキルや問題解決能力などです。

効果を得られる研修であっても、コストがかかり過ぎてしまっては本業に影響を及ぼしますから、できるだけ短時間で無駄なく行う必要があります。たとえば教材は再利用する。一度教材を作ってしまえば、あとは何千人でも受講することが可能な「eラーニング」も有効です。講師を呼ぶような研修は必須の場合に限るなど、最低限とします。

ただし効率ばかりを求めては本末転倒です。繰り返しになりますが、目的はゴール、効果の達成だからです。効果が出ていることをしっかりと確認しながら、効率化を進めます。

同時に、その研修が楽しいか、魅力的であるかどうかもポイントです。楽しいというのはエンターテイメント的な意味ではありません。ここでも効果がキーワードです。研修を受けることで成長が実感できると、多くの受講者は研修が楽しいと思うからです。

そしてそのような受講生の姿を見て、教えている人事側も楽しくなってくる。このようなプラスのサイクルがポイントです。研修が楽しいと思えば人事が研修を促すことなく、自発的に学習するようにもなっていきます。

ゴールから研修内容をデザインする

IDではゴールに到達することが目的ですから、何を教えるかは重要ではありません。何ができるようになるかが重要だからです。ところがおそらく多くの企業ならびに人事担当者は、研修で何を教えればよいのか。そのことに注力してきたのではないでしょうか。つまり、インプット型の研修です。

IDでは真逆、ゴールというアウトプットを中心に研修をデザインしていきます。言い方を変えると、いくら知識があったり勉強ができても、実務ができるかどうかは別だからです。製品知識をいくら覚えたところで、その知識をお客様に説明できるスキルがなければ、現場で活躍する人材ではない、ということです。

アウトプットとは、コミュニケーション力、製品説明力、新製品を創るスキルなどであり、このようなアウトプットを、研修の設計段階から意識します。そうしてアウトプットから遡り、そのアウトプットが身につくような構成とします。

インプット型の研修は基礎から応用を学んでいく、私たちが幼いころから行ってきた積み上げ式の学校教育のスキームとも言えます。そしてこれは学校教育でも同じですが、基礎が長いと次第につまらなくなってしまう傾向にあります。

一方IDではゴール、応用から学びます。これを、「パラシュート勉強法」と言います。インプット型、積み上げ式の研修では先に説明した通り、各人の評価、つまり入り口を確認する必要がありますが、パラシュート型であれば必要ありません。

既に応用に達する能力が備わっている人、つまり出口に到達している人は次の応用(出口)に進めばいいですし、ギャップがある人は、学べばいい。このようにIDであれば学習者が多様であっても、同時に学習できるのも特徴です。

もちろん基礎知識のインプットが必要ない、と言っている訳ではありません。あくまで順番の問題です。IDを活用すれば、応用から結果として基礎知識を学ぶこともできるからです。

実際にやってみると分かりますが、応用から基礎を学ぶことは、まさにパラシュートで大空から大地を見ているように視界が良好な感覚です。実務に必要な知識を、ピンポイントで学ぶことができます。

実務で起きそうな課題をゴールに設定する

では具体的に、どのような課題を研修内容として取り上げるのか。実務で起きそうな内容を意識します。そしてその課題を受講者が解決できるかどうかを、チャレンジするような設計にします。

メンバー同士の議論も重要です。その上でどうしても解決策が出ない課題に関しては、講師や担当人事が手本を紹介し、その後、参加者にもロールプレイングなどで実践してもらいます。

研修をデザインする際に大切なことは、実際の現場や客先で失敗しないスキルを身につけることです。逆の言い方をすると、研修では失敗して学べばいいのです。そうして研修前の入口ではできなかったことが、研修を終えてできるようになるのです。

そしてここからが重要ですが、研修で身につけた経験やスキルを、実際の現場でトライします。仮にうまくいかなかったら、改めて学ぶ。つまり、ここでもアウトプットからの学びが重要です。実際、社会人の能力の70%以上は現場での経験で身につくと言われています。

対話と設計内容を意識すればオンラインでも効果は出る

コロナ禍により、オンラインでの研修が増えました。ただしeラーニングも含め、オンラインによる研修や学習スキームは以前からあり、効果的な活用方法も研究されています。

オンラインだから相手との心の距離が縮まらないと考える人がいますが、本質はそこではありません。実際、リアルな集合研修でも、心理的距離が縮まらないケースがあるからです。ムーアの「交流距離理論」が参考になります。

同理論では、相手との心理的距離を縮めるには、対話と構造の両方の充実が必要だと説明しています。対話とは、頻繁に声をかけたり、応援するようなアクションです。一方、構造はこれまで説明してきた研修内容であり、研修を受けることで明確なゴール、効果があることを示します。

現場と研修を往復することで自律性を育む

ただここから先、これは我々大学側にも問題があると思いますが、今の若い人の多くは自律性が乏しいです。言い方を変えると、指示待ちタイプが多い。このような指示待ちタイプを減らし、自律的に学習し、成長をする人をいかに育成できるか。まさに今回の講演のテーマ、「教えない」で成長していくことこそ、今の人事課題だと私は捉えています。

ですので研修を設計するには、どの時点で人事からのアクションのボリュームを減らしていくのか。そのあたりのさじ加減も意識してデザインする必要があります。何から何まで人事が行っていては、自律性は育まれないからです。

理想としては、自学で分からないことがあったら、今回紹介したような研修で学ぶ。その学びを現場で試し、再度分からないことがあったら再び研修を行う。このように現場と研修を往復するのが理想だと考えています。

最後に、今回紹介したIDに関する内容をより深く学ぶことのできる書籍などを紹介しておきますので、参考にしてください。

人事向け書籍:
研修設計マニュアル: 人材育成のためのインストラクショナルデザイン

学習者(従業員)向け書籍:
学習設計マニュアル: 「おとな」になるためのインストラクショナルデザイン

IDに関する情報ポータルサイト:https://idportal.gsis.jp/

自分が学ぶべきことを自分で決める「大人の学び」で、自律自走人材を育てる/パーソル総合研究所 髙橋 豊氏

ミッションを果たし、顧客に価値を提供し、組織や業績に貢献できる人財になるために行動を変容させて、それを習慣化させる。これが、企業における人財育成の目的です。

この目的を、先ほど鈴木先生が解説してくださったゴールの設定の際に、改めて本質として考えておくといいと思います。またこれから私が紹介する人財育成設計のポイントも、まさにこの目的を達成させるための内容となっています。

人財育成は、組織社会化のプロセスとも言えます。新しいメンバーが組織や配属先グループの価値観やシステム、規範、要求されている行動パターンを学び、適合していくプロセスだからです。これは組織心理学の父、エドガーシャイン先生が提唱する「ソーシャライゼーション」そのものでもあります。

一方で、組織からの期待や価値観の要求だけではなく、従業員から会社や仕事に対する期待も汲み取り、設計する必要があります。具体的には、企業と個人の“想い”を重ね合わせて、両者がWin-Winになるような研修や労働環境の構築です。

組織社会化は意識変革であり、意識変革は、行動変革から始まります。このようなトランジションを起こすために、人事は教育や研修の設計において、さまざまな仕掛けや仕組みを用意する必要があります。

 

意図や必要性を理解してもらうことが重要

言い方を変えると、新しい行動変容を起こすような研修を設計します。具体的には、新しい知識や行動の方を提供することから始まります。次のステップとして、インプットした知識や行動を考えさせ、その意図や必要性を理解してもらう。つまり、内省できる仕掛けを設計します。

さらに理解した後、実際に身につけるための学習や行動に移すような仕組みも同じく設計します。このように、それぞれのドメインにおいて、人事が的確な仕掛けや仕組みを設計する必要があります。

eラーニング、オンラインによるライブ研修、実際に集まっての集合研修、OJTなど。学ぶべき場は、特にコロナの影響もあり多様ですが、基本的には70:20:10の法則を意識し、先のプロセスを設計します。

またその際には、ブレンディッド・ラーニングの考えも意識します。オンラインと集合研修に限らず、業務、研修、キャリアなどのドメインを分けずに、全体がつながるような設計です。

鈴木先生も先ほど仰っていましたが、研修は練習の場のような位置づけです。その練習で学んだことを現場で実践し、そこからの振り返りを再び研修でフォローアップしてほしいからです。

振り返りは個人だけで行うのではなく、まわりのメンバーや人事など、第三者からのアドバイスが有効です。いわゆるジョハリの窓、自分では気づき難い、課題や命題を指摘してもらえることが少なくないからです。

必要性や意図が分かっていても実行できない場合には、その原因を探ります。具体的には、以下3点が参考になります。研修は長期的にダラダラと行わず、短期集中で。かつ支援は定期的に行うなど、フォローアップは丁寧に行います。

・フォローアップが欠如している(三日坊主化)
・業務との関連性をイメージできない
・ネガティブマインドセット(免疫システム)

特に新入社員は変化することへの心配や不安が多いですから、そのようなマインドも配慮した上で研修を設計します。具体的にはメンバーに寄り添いながら、スモールステップ、スモールサクセスが体験できる場を設けることが必要です。

新入社員研修への活用

紹介した手法は、新入社員研修でも活用できます。大事なことは、4月に新入社員が入社してくる前の段階から、紹介した内容を意識した研修を設計し、行うことです。

新しい知識・行動の方を提供するフローは、オンデマンド、eラーニングで行います。
そしてこの段階で、大学生という快適な場から、冒頭説明した会社に必要な人財になってもらうための学習や行動の方、会社が求めている人物像などをしっかりと学べる研修を設計します。

またその際には、これも先ほど鈴木先生が解説されましたが、手取り足取り教えていては、学生から脱しません。ストレスを感じるかもしれませんが、組織が何を要求しているのかを自ら考え、気づき、そして学べるような。自律性が身につく研修に設計することが必要です。

もうひとつ、組織のために貢献するといっても、成果を出せれば何をしても良い訳ではありませんから、社会のルール、規律研修も盛り込みます。

新入社員研修に限ったことではなく、異動や転職でも当てはまりますが、新しい組織や社会に参加した際、いわゆる心理的ギャップ、リアリティショックが起きやすくなります。そこでリアリティショックをなくすためにも、実際に入社する前の段階で、内定メンバーに期待していること、やってもらいたことを、オンラインで構わないので研修を通じて伝える場を設けます。

人事も含め、これから一緒に働くメンバーを信頼したり、尊敬できるような。心理的安全性の担保も必要です。担保することで、メンバー一人ひとりが安心して自分らしさを発揮しながら組織社会化していくからです。

冒頭紹介したように、入社前、学生の段階で多くのことを研修しておくことが重要です。そして4月の入社時点で、これも鈴木先生が解説された通りですが、できる人、できない人の差がついている状態が理想です。

そしてその差も含め、各人が現在どのポジションなのか。その振り返りや確認ができる仕掛けも設計しておきます。このような人事施策がうまく機能すれば、新入社員であっても1年目から会社に貢献する成績を残す、それでいて本人も充実して仕事に向かっている。そのような状況が実現すると私は思っています。

【取材後記】

ID(インストラクショナルデザイン)では、ゴールや応用から学ぶ「パラシュート勉強法」を実践すること。これまでの日本の義務教育に慣れた私たちにはかなりセンセーショナルな内容だったのではないでしょうか。人事担当者は、これらを踏まえて現場と研修を往来して学習者に自律性を覚えさせなければなりません。「成長をする人をいかに育成できるか」--。これこそがまさに「教えない教育」の神髄です。もちろん手放しで成長していくことはあり得ませんので、共に現場と歩んでいくことこそが大事なのではないでしょうか。

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