スーパーコンピュータ「富岳」開発メンバーに直撃!吉田 利雄氏が語る、イノベーションを生み出す富士通の組織開発とR&D人材

富士通株式会社

富士通研究所 先端技術開発本部 エグゼクティブディレクター
吉田 利雄(よしだ・としお)

プロフィール
富士通株式会社

富士通研究所 先端技術開発本部 ソフトウェア開発統括部 次世代ソフト開発部
落合 涼太(おちあい・りょうた)

プロフィール
富士通株式会社

Employee Success本部 R&D人事部 マネージャー
富坂 創(とみさか・そう)

プロフィール
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  • スーパーコンピュータ「富岳」の開発チーム。先端技術開発本部と採用と組織開発を担う「R&D人事部」で構成される
  • コンピュータ分野以外の出身者も多数所属。「挑戦」「信頼」「共感」「成長」を体現するチームメンバー
  • エンジニアリングに情熱を持って意欲的に取り組む意思のある人と出会うため、産学連携活動を行う枠組みを整えた

富士通株式会社(代表取締役社長 CEO:時田 隆仁、本店所在地:神奈川県川崎市)と理化学研究所が共同で開発した、スーパーコンピュータ「富岳」。新型コロナウイルスの「飛沫(ひまつ)の広がり方」シミュレーションなど、身近なところでも、その技術力が感じられる。

今回は先端技術開発本部の吉田利雄氏、落合涼太氏と、R&D人事部の富坂創氏にお話を伺った。

あのスーパーコンピュータを開発したチーム、そこで活躍するR&D人材、それはどのような人となりや思想を持っているのか――。イノベーションの背景にある人事制度や社風に迫った。

(聞き手:パーソルキャリア株式会社 山口 義之)

日本が誇るスーパーコンピュータ「富岳」と富士通の開発メンバー

――まずはスーパーコンピュータ「富岳(ふがく)」について教えてください。

吉田 利雄氏(以下、吉田氏):そもそもスーパーコンピュータとは、膨大な情報を超高速で計算できるコンピュータのことで、高度かつ複雑なシミュレーションを可能として、科学技術の領域から医療や気象などの社会課題、近年ではAIに至るまで幅広い分野で活用されています。

富士通と理化学研究所はスーパーコンピュータ「京(けい)」の後継機となるスーパーコンピュータ「富岳」を共同開発し、2021年に完成しました。

「富岳」とは富士山の異名で、富士山の高さを「性能の高さ」に、裾野の広さを「幅広いユーザー」になぞらえて命名されました。幅広く活用してもらえるよう、当初からアプリケーション開発者とのコ・デザインにより開発が進められ、実アプリケーションでの性能を発揮することが目標でした。

スーパーコンピュータ(スパコン)には高い計算能力(処理スピード)が求められますが、高いアプリケーション性能を達成するためには、データ転送能力も重要です。

スパコンには「性能ランキング」というものがあります。かつては単純な計算能力を重視するランキングが著名でしたが、今では実際のアプリケーションに必要な性能を重視するランキングなど、多様化しています。「富岳」は2020年に4つのランキングで世界1位を獲得しました

実際にどのようなシーンにおいて「富岳」が活用されているかご存じない方もいらっしゃると思いますが、例えばコロナ禍において、新薬開発や目には見えないウイルスの飛沫予測に「富岳」の計算能力が役立てられたことは、記憶に新しいところです。

――一連のスパコン開発については、大学機関でも専門的・体系的に学んでこられたのでしょうか。

吉田氏:大学では「理論物理学」を専攻しており、コンピュータの分野にはほとんど関わっていませんでした。理論物理学とコンピュータは全く別の学問ですが、大学時代に身に付けた「本質は何か」と考え抜く姿勢は、今の仕事に役立っていると感じています。

落合 涼太氏(以下、落合氏):私は大学で情報数学を学んでおり、スパコン「京」に触れる機会があったので、富士通のすごさはそのころから認識していました。

大学ではソフトウェアの研究をしていたので、ハードウェアの知識は入社してから改めて学ぶことになりました。


先端技術開発本部がイノベーションを起こし続けられる理由、それは「前進」にあり

――「富岳」の前には、「京」というスパコンが、2011年の世界ランキングで1位でした。イノベーションが起こりやすい土壌があるとしたら、どこにあるとお考えでしょうか。

吉田氏:まず、諸先輩方が積み上げてきた技術やお客さま、ユーザーとの信頼関係があることは、大変恵まれた環境だと言えます。

私たちが日々意識していることとしては、新たなイノベーションを起こすための「失敗を恐れない」土壌づくりです。「失敗」の定義は個々に違いますが、私たちのチームでは「失敗は後退ではなく前進であり、やってみたからこそ初めて気付く発見である」と捉えるよう推奨しています。

とは言え、「失敗は怖い」という気持ちは誰しもあるもので、そういった気持ちを理解した上で対話を大切にし、チームとして挑戦を促すことが重要と思います。

落合氏:入社後、ブレイクスルーの裏にはたくさんの失敗があると知り、最先端の技術開発とはそういうことなんだな、かっこいいなと感じました。エンジニアとしてはアウトプットが重要ですから、「失敗しても大丈夫」という環境は大変ありがたいものです。

海外に行くと、「富岳を開発した人は、今何に取り組んでいるのか」と問われることがあり、今でも注目されているのだと実感します。

――イノベーションにおいては、富士通ならではの強みがあるのでしょうか。

吉田氏:私たち富士通としての強みは、間違いなく「チームプレー」にあると言えます。

数百億のトランジスタを数百平方ミリメートルの中に詰め込み、全てを調和させて動かすのがプロセッサです。個々の才能も必要ですが、それをひとつのものにまとめ上げるというのは、まさにチームプレーです。

私たちの開発は、世の中にまだないものを創造するイノベーティブなものであるがゆえに、前例を踏襲すればよいということではなく、常に「これ以上行くと失敗する」というギリギリのラインを攻めることになるのですが、ここで重要になるのが、メンバー間における真のコミュニケーションです。

例えば、何か問題が発生したときには、解決策について皆で議論することがあります。その時は単に言葉だけではなく、メンバーの表情や身振りなどから見える小さな懸念などに気付けるかがとても大切で、それらを含めて次の進め方を決めるように心がけていきます。

また、イノベーションの現場では、プラン通りにいかないことが多々あります。そういったときは、そもそも我々が何をしたいのか原点に立ち返って、自分が何の役割を今果たさなければいけないかを議論します。ここでのチームワークとは、本当にやりたいことは何か、そのために自分は今何をすべきかを追求することであり、単なる調整にはとどまりません。


富士通の開発チームが求める人材と大切にしている価値観

――世界の最先端を走る富士通の開発部隊では、どのような人材を求めておられるのでしょうか。

吉田氏:チーム作りという観点で大切にしている「4つの価値」があります。それは「挑戦」「信頼」「共感」「成長」です。

テクノロジー、イノベーションによって社会をより良くしていきたいという想いへの「共感」、チームメンバーが互いに「信頼」し、相談や時には助け合うことができること。また目まぐるしく変わる社会の変化の中で、個人とチームが常に「成長」を目指し、失敗を恐れず時には失敗から学び、大きな成功を目指して「挑戦」すること――。

高い技術力や理路整然とした思考能力なども大切ですが、この4つの価値がイノベーションを起こし続けるために何よりも重要だと考えています。

自分たちが挑戦し続けている新たなコンピューティング技術が、社会にどう貢献できるのかということに興味・関心を持ち、このチームでぜひ挑戦してみたいと思う人と一緒に新しい技術を生み出していきたいですね。

落合氏:社会課題を解決するとなると、さまざまな分野の知識や知見が必要です。分野を問わず、「新しいことに挑戦したい」「自分のビジョンを実現してみたい」という想いを持ち、自ら進んで学び、キャッチアップする力のある人が良いと思います。

富坂 創氏(以下、富坂氏):人事としては、次なるイノベーションを喚起するために、組織に多様な人材が集うよう、昨年度から社内外から人材獲得を積極的に進めています

また、こういった多様な人材が自分らしく活躍していけるよう、グローバルにDE&I communityを立ち上げ、多様性ある組織づくりに力を入れています。グローバルな経験を積んできた人などは大歓迎です。


次世代の人材確保に向けた採用戦略と育成環境について

――採用活動における戦略を教えてください。

富坂氏:私たちが欲しい即戦力となる人材は、技術的にも特定の領域であり、他の企業でも求めるような人材でもあることから、国内外で採用活動をしてもなかなか出会えないように感じています。

そこで私たちのパーパスに賛同し、エンジニアリングに情熱を持って意欲的に取り組む意思のある方と出会いたいと考えています。

もちろんパーソルキャリア(本社所在地:東京都千代田区、代表取締役社長:瀬野尾 裕)といった人材サービスを提供する会社と連携して、一人でも多くの可能性を持つ人材に出会いたいと思っています。例えば、人材サービス会社の人材データベースは100万人を超えます。これらのデータベースを活用することで、潜在的な転職者層との出会いを増やせることを期待しています。

また、他社との差別化という意味では、長年継承してきている技術そのものが、私たちの持つ最大の魅力です。技術が身に付くだけでなく、自分たちの仕事が「世の中で役立っている」という実感を持てることも、エンジニアにとって大きな魅力でしょう。

落合氏:私の体感ですが、新型コロナウイルスの飛沫シミュレーションでは、自分の関わっている開発が、世界的な社会課題を解決していることを実感できる機会となり、やりがいを感じました。

――インターン制度も取り入れておられると聞きました。

富坂氏:大学の研究室との連携やコミュニケーションを大事にしています。

富士通は2022年4月から、大学内に設置する富士通研究拠点を起点として、幅広い分野の大学の研究者と密に連携しながら、複雑化・高度化するさまざまな社会課題の解決を目的とした産学連携活動を行う枠組みである「富士通スモールリサーチラボ」を国内外で展開しています。

富士通スモールリサーチラボを一つの足掛かりにして、さまざまな大学から大学院生の方を当社のインターンとしてお迎えしています。最近では、インターンに参加してくれた学生が当社に入社してくれるという好例も出てきています。

アメリカなどでは、博士課程の人が企業と開発を共にすることは当たり前ですが、日本ではまだそういう動きは活発ではないようです。学生の方にとっても企業にとっても有益なことですので、今後力を入れていきたい施策です。

――新しく入社された方の受け入れで留意されていることを教えてください。

富坂氏:オンボーディングや研修などはもちろんありますが、最近特に好評なのが「メンター制度」です。

入社後、3~4カ月の間、先輩社員がメンターとしてフォローする制度で、会社生活でわからないことや困っていること、悩んでいることをアウトプットしたり、直属の上長には言いづらいことを相談できたりと、安心して働ける環境を提供しています。

また、メンター側もフィードバックが得られてモチベーションにつながり、社内に良い循環ができています。

落合氏:最先端の技術開発の現場では、失敗は当たり前。失敗の中に要因を見つけ、次につなげていくという過程が重要です。

現場の雰囲気として、「知らないことは恥ずかしいことではない。積極的に質問する」という空気があり、学びやすい環境ができているため、新しく入った方も気後れすることなく、技術を吸収していけると思います。

――多様性向上に向けても取り組まれているのだとか。

富坂氏:より多様な人々が活躍できる組織作りに取り組んでおり、インド拠点における新しい人材も増えてきました。これまで長く働いてきた人と新しい方がうまく協力し合えるよう、今後ますます改善を重ねていきたいと思います。

日本のメーカーが世界において存在感を高めるために――。プロセッサ開発はどこに向かうのか

――次世代高性能・省電力プロセッサ「FUJITSU-MONAKA(モナカ)」について教えてください。

吉田氏:世界でAIが普及しデジタルが浸透することで、データ処理量の増大に伴い電力消費量も急増すると言われています。その結果、CO2排出量が増え、カーボンニュートラルの実現が難しくなってしまいます。これまで以上に計算需要が高まっている今、低コスト・低消費電力のCPU開発が喫緊の課題です。

私たちは現状、高速なデータ処理を実現しながらもデータセンターの電力効率を大幅に改善すべく、「FUJITSU-MONAKA」(※)の開発を進めています。


(※)FUJITSU-MONAKA:この成果は、NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)の助成事業の結果得られたものです。

省電力や高速データ処理はもちろんのこと、クラウド時代における新しいセキュリティー技術や使いやすさも開発目標のゴールとして設定しています。この新しい技術を日本から世界に発信し、世界中で役に立ててもらいたいですね。

半導体の性能が18カ月で2倍になるという「ムーアの法則」は、近年は停滞していると言われており、高まるコンピューティング需要に応えるためのイノベーションが必要です。

そこで富士通は、アメリカやイギリス、シンガポール、台湾などのグローバルな開発パートナーと手を組み、新しい技術開発に日々悪戦苦闘しながら取り組んでいます。

――まさに世界を巻き込んだチーム戦ですね。

吉田氏:そうです。最先端テクノロジーを採用したCPUづくりには、グローバルな協業は欠かせませんが、その中で私たちも強みを持たなければいけません。

例えば、高パフォーマンスを実現しようとすると、最新の「2ナノメートル(nm)」プロセスを採用して設計するのが最善ですが、コスト面で課題が残ります。たくさんの人に活用してもらうためには、価格も下げなければなりませんから大変大きな課題です。

今まで半導体は平面に回路を詰め込んでいたのですが、私たちの新しい取り組みとして、比較的安価な「5nm」の上に「2nm」を積んで2階建てにした3Dアーキテクチャにより課題を解決することに挑戦しています。

高性能、低消費電力の2nmのダイの比率を30%まで抑え5nmの比率を70%まで高めることで、低コストで高い性能を実現しようとしています。この技術はグローバルにも発表済みで、世界中から注目を集める最先端のチャレンジです。

――最先端の技術を開発されながらも、コストのことも考えておられるのですね。

吉田氏:実は、これまでは性能や電力を優先して、十分にコストのことは考えられていませんでした。

しかしより多くの人に使っていただくには、コストを下げなければなりません。特にヨーロッパ諸国は環境への意識が高いことや、不安定な社会情勢でエネルギー価格が高騰していることから、省電力のCPUを求める声が大きくなってきました。

お客さまには、このような動向などもお伝えしながら私たちのプロセッサにご興味を持っていただき、地球の将来を想像しながら、技術の可能性を紹介させていただいています。

――まるでメガベンチャーのような動きです。

吉田氏:はい。まさにその気持ちでやっています。お客さま自身が気付いていないニーズが隠れていることは多々ありますから、お客さまとの会話を通して新たなニーズを言語化して、新たな提案につなげていくことはよくあります。

未来の社会を良くしていくには、新しいテクノロジーが必要で、「計算能力」は重要な役割を果たします。近年、新型コロナウイルスにおける飛沫シミュレーションや、線状降水帯の予測などで、私たちが開発したコンピュータが世の中で役立っていると実感する機会が増え、「人々の役に立つものを作りたい」という想いが、チーム全体で一層強くなっています。

――「世界で一番」にこだわりがあるということでしょうか。

吉田氏:世界一になるために頑張るということではなく、私たちの研究開発が社会に良い影響を与え、課題解決に活かされることが重要であり、「世界一」という称号は後から付いてくるものだと捉えています。

今の若い人たちは、私たちの世代が就職したときに比べて「どう社会に貢献できるのか」という想いが強いように感じます。私たちの取り組みに共感してもらい若い世代にも参加していただけることを心から願っています。

――今後の展望について教えてください。

吉田氏:最先端の開発を行う現場では、5年後、10年後の技術は予測しづらいものですが、未来の社会ではAIが浸透し、これまで以上に高い計算能力が、スパコンのような巨大なセンターだけではなく、あらゆる場所で求められることになるでしょう。また環境面や経済面からも、それに伴う電力消費量が課題になるのは間違いありません。

私たちは、より良い未来社会を実現するための課題解決に必要な技術開発に挑戦していきますが、開発の現場でもAIを活用した新たな開発手法などを積極的に取り入れていく必要があると思っています。

そういった目まぐるしい変化の中で、社会の発展に不可欠なイノベーションを次世代の人と一緒に考えていきたいという想いがあります。

「社会に役立つ技術を開発する」という想いを次世代につなぎ、技術を継承し、より良い未来社会の実現に貢献していきたいと思います。

――ありがとうございました。

【取材後記】

イノベーションを起こすためには知識や技術、経験が必須だが、世界各国が高い技術力で次世代プロセッサの開発を進める中、なぜ富士通はスパコンをはじめさまざまな技術で世界一の座をキープし続けられるのか。「何よりも重要なのは、挑戦・信頼・共感・成長だ」という言葉が、日本の強みを表しているのかもしれない。技術と想いを受け継ぎ、常に進化する富士通が、今後どのような課題を解決してくれるのか。世界中の期待が集まっている。

[企画・取材・編集/鈴政武尊・d’s JOURNAL編集部、制作協力/シナト・ビジュアルクリエーション]

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