「このままでは生き残れない」――。風雲児 時田社長リーダーシップのもと、富士通が選択したVUCA時代における「パーパス」と「社員の意志」

富士通株式会社

理事/SVP
Employee Success本部長
阿萬野 晋(あまの・すすむ)

プロフィール

日本の総合ITベンダーである富士通株式会社(本社:東京都港区、代表取締役社長:時田隆仁)は、2020年10月、富士通変革の全社DXプロジェクト「フジトラ」を本格始動した。一部では「風雲児」などと呼ばれる時田社長の下で、この変革は現在も進行中だ。

「VUCA(ブーカ)*」と呼ばれる不確実な時代に、グローバルで勝ち抜くために富士通が選択した戦略とは。今回は、人事制度面の変化などについて、Employee Success本部長の阿萬野晋氏(以下、阿萬野氏)に話を伺った。

(聞き手:パーソルキャリア株式会社 執行役員 大浦征也)

*VUCA:Volatility(変動性)/Uncertainty(不確実性)/Complexity(複雑性)/Ambiguity(あいまい性)の頭文字を取ったもの。未来の予測が難しい状況にあることを意味する。

「ゲームチェンジャー」時田社長の就任後、進む変革、変わる富士通

――変革プロジェクトの最中にある富士通の、人事面の変化について伺います。まずは、変革に至るまでの、富士通の沿革について振り返っていただけますでしょうか。

阿萬野氏:富士通は1980年代にコンピューター事業で成長し、90年代にはハードウエアとソフトウエアの提供を組み合わせた、「SI(システム・インテグレーション)ビジネス」で伸長しました。

インターネットの利用が急拡大していた1998年、当時社長だった故・秋草直之(あきくさ・なおゆき)が「Everything on the Internet(全てはインターネット上で)」という言葉を提唱。IoTの時代を予見し、その後証券会社や日本初のインターネット専業銀行などを設立しました。

――インターネットの興隆期から、「ハードの会社からソフト・サービスへ」という感覚を持って、新規の事業に着手していたんですね。

阿萬野氏:はい。他社に先駆けて新事業をスタートしていたのですが、あまりうまくいきませんでした。当時、各業界から知見のある人を採用したりしていましたが、それだけではなかなか変わらないような組織文化もあったように感じています。

その一方で、「SIビジネス」は安定的に成長していました。

しかし、2001年にITバブルの崩壊、2008年にはリーマンショックが起き、世の中も当社の事業も非常に苦しい状態に陥ります。日本はその後停滞が続きましたが、アメリカやヨーロッパ、新興国はいち早く、柔軟に再建し、我々が行うべきであった事業に着手していたのです。

そんな状況において、社内には「まだ大丈夫ではないか」という神話めいた空気があり、会社全体としての危機感が足りずに大きな変化を起こせていなかったのではないかと思います。

グローバルに闘って生き残ることを真剣に考えて変革していく段階にあったにもかかわらず、既存事業をある程度キープできていたこともあって、新しい事業領域にシフトやフォーカスができない状況が続いていたのです。

決して皆が怠惰だったというわけではありませんが、マネジメントやマインドセットなどが追い付いていなかったのだろうと個人的には思います。

「この状況が続けば、グローバルで生き残れないのでは」と感じていた2019年、代表取締役社長に就任したのが時田です。「IT企業からデジタル変革(DX)企業への転換」を宣言し、全社をあげての変革がスタートしました。

――世間では、時田社長を「風雲児」と呼ぶ声もあります。

阿萬野氏:「変革しよう」という掛け声だけでなく、まずトップから変わる。時田のその姿勢には大きな影響力があると思いますし、社員に「本当に会社が変わるかもしれない」と思わせたのではないでしょうか。

時田は、グローバルの約13万人の社員に向け、私たち富士通の存在意義(パーパス)として、日々このようなメッセ―ジを発信しています。

「イノベーションにより社会に信頼をもたらし、世界をより持続可能にしていく」
我々の全ての活動はこのパーパスに立脚し、これを実現するために行う。

イノベーションには、一人一人のマインド変革・行動変容が不可欠です。時田は就任以来、ダイレクトにタウンホールミーティングなどでグローバルに社員に語りかけ、社内やお客様、ビジネスに対して様々な変革をリードし続けています。

富士通の「パーパス」と「社員の意志」をどうつなぐのか?

――変革までの歩みをお話しいただきました。ところで、「パーパス」とは組織・個人にとってどのようなものなのでしょうか。

阿萬野氏:組織全体としては「パーパス」という大きな使命を掲げていますが、チームや個人の単位では、「パーパス実現のためには何をすればよいのか」と、かみ砕いていく必要があります。

各事業部はパーパスにつながる組織ビジョンを示し、そのビジョンをチームが到達するためのプロセスを組み立てていきます。

同時にまた、社員は一人一人のパーパスとして「自分はどうありたいのか」、「どんな価値観を大切にしているか」と見つめる機会を持ち、富士通のパーパスや事業部の組織ビジョンに、自分自身のパーパスや成長に向けたビジョンとどう結びついていくのかを自律的に思考し、行動することを目指します。

組織のビジョン、個人のパーパスなど、一つ一つはバラバラではなく、すべてはつながっているということを伝え、実感できるように、新しい人事評価の仕組みを「Connect(コネクト)」と名付けて開始しています。

――人事評価に変化はありましたか?

阿萬野氏:以前は、MBO(目標管理制度)の下で個々の目標を定め、目標をどの程度達成したかどうかで評価をしていました。

しかし、目標を定めるのは良いことですが、評価結果が報酬などにリンクしていたため、「目標の難易度を下げたり、それ以上のチャレンジまではしなくなる」という側面もあったと思います。

そういった状況を是正しようと制度の一部を修正すると、別の部分との整合性が取れなくなり、再度調整する…。これを繰り返すうちに、いつの間にか全体の整合性も取れなくなり、本来狙っていたことと異なることが発生するようになりました。

こういうことの積み重なりで、「制度疲労」が起きていたようにも感じています。

――現在は、どのような人事評価を行っているのでしょうか。

阿萬野氏:まずビジョン実現に向けて、バックキャスティングしながら「今期 何をやらなければならないか」という重点テーマを対話の中で決める。さらにそのために必要な行動や学び、そしていかに成長していくのかを対話を通じて握り、都度フィードバックを受けながら評価へ結び付けるという仕組みに変わっています。

評価の指標は、「社会やお客さまに対して与えたインパクトや組織への貢献の内容」「そこに至るまでのビヘイビア(行動)やその価値」です。

加えて、「どんな学びを続けていて、どんな成長を遂げたのか」といったことを対話で確認します。

経営層やユニットを任されている人は、財務目標を含む数値目標および行動テーマを示しますが、管理職以下は達成度だけで評価はしませんし、「目標設定」「目標達成」という言葉も使わないようにしています。

施策はまだ成熟していませんが、ゴールを定め、そこに至るまでの道筋を立て、やるべきことを逆算する中に、KPI(重要なプロセス指標)があると思っています。

俊敏にイノベーションを起こすための「ジョブ型」と「流動化」

――変革の最中にある富士通ですが、阿萬野さんが考えるHRのビジョンを教えてください。

阿萬野氏:私たちHRとしてのビジョンは、「多様多彩な人材が俊敏に集っていたるところでイノベーションを起こすこと」です。

そのためには、多彩な人材が、自ら考え行動を起こして活躍し、組織のいたる所で「挑戦」が行われている状態を作ることが重要です。人材戦略を制度と仕組みに落とし込んでいくときに、「必要なところに必要な人がいる」という「適所適材」がカギになっていくと考えます。

――「適所適材」という言葉がありましたが、具体的な施策について教えてください。

阿萬野氏:事業の移り変わりが絶えず起きる中で、「事業部門起点のジョブ型人材マネジメント」に転換し人材の流動性を高めていきたいと考えています。

事業部にとって、ビジョンや戦略を立てて組織を作り、必要なリソースを整えることが大切ですが、「リソースを整える」という部分については裁量に限りがありました。ジョブ型への転換に際して、各事業部がそれぞれのビジョン実現に向けてフレキシブルに、人的リソースを主体的に、確保・配置できるように権限移譲を進めています。

今後はビジネスの現場においても、自らが人材を獲得する能力が必要になっていくでしょうし、そのとき人事はどうサポートしていくのか、どんな体制でビジネスにマッチする人材を迅速に獲得するのか。これらを今、模索しています。

人事は制度や仕組みを作るだけではありません。いかに現場に伴走してコンサルティングやサポートする、ビジネスパートナーとなれるのか、ということが大事だと思っています。今後は現場のビジネス戦略に応じて、人事戦略を一緒に検討・実施するHRビジネスパートナー機能をさらに厚くしていくことが重要です。

新卒採用偏重からキャリア採用拡充への大きな変化

――採用についてはいかがでしょうか。

阿萬野氏:従来は、新卒採用に偏った日本型の採用活動を行っていました。現在は新卒採用チームに加えて、経験豊富な人材を即戦力として「獲得」するチーム、組織の人材流動化を促進させる仕組みの企画・運営チームがあります。

ここで「獲得」という言葉を使ったのは、入社希望者を待っているだけではなく、積極的な働きかけ、アクションが必要だからです。少々横柄に聞こえるかもしれませんが、人材を集めるためには熱量と行動が必要なのです。

社内の人材の流動化については、グローバルな「ポスティング制度」を導入しています。ジョブ型マネジメントの導入前は年間100人前後しか動いていなかったのですが、現在は自らの意志で年間2,500人以上が制度を活用して異動しており、応募者はその倍以上です。このように、人材は社内・社外から獲得し、適所適材ができるように工夫を重ねています。

――人材が必要になった場合は、社外・社内から「獲得」するということですね。自分の意志で部署異動が可能なことや、新卒中心だった組織にキャリア採用の人がどんどん入社してくるという点は、大きな変化です。

阿萬野氏:流動化施策が進むことで、前向きにチャレンジしたい人にとっては良い環境になっていると思います。

――社内の流動性を高めるための制度について、他に例があれば教えてください。

阿萬野氏:より気軽に、個々のニーズにリーチしやすいように、いくつも選択肢を設けています。

例えば「Jobチャレ!!」という、いわゆる「社内インターン」のような制度は、社員自身が希望する部署に期間限定で異動して、元の部署に戻るという制度であり、ライトな流動化を促しています。

さらに、所属を変えずに他部署の仕事ができる、「Assign Me」という制度もあります。例えば「外国語が苦手だから、2時間だけ手伝って」などと、社内バイトのようなイメージです。ほかのチームの仕事に携わることができ、互いの業務理解も期待できます。

――社員の副業について、どのようなスタンスを取っていますか?

阿萬野氏:「自分の本業と組織運営に支障がなければ積極的に副業を推奨しています。現在の枠組みでは届出者数が400名程度ですが、本業と異なる仕事をして、新たな知見獲得や多様な経験につながっていると思います。

――社員の働き方についての施策についてはいかがでしょうか。

阿萬野氏:「Work Life Shift」という、働き方の改革を行っています。

「ライフ」とは、「日常生活」と「人生」が含まれますし、自身のキャリア形成を考えるときには「ワーク」と「ライフ」は切っても切れない関係です。

富士通では、コロナ禍以前から働き方のフレキシビリティーを高め、時間と場所の制約のない働き方のために、テレワーク制度などの仕組みを整えてきましたが、実際には利用者には限りがありました。

今では、テレワークが中心となる中で、短時間勤務、裁量労働、コアタイムのないフレックス制度など、多くの選択肢から仕事やライフステージに合わせた働き方を選択できるようになっていて、自律的に働く環境を整えています。

「VUCA」時代の展望、その時 富士通はどう動くか

――最後に今後の展望についてお聞かせください。

阿萬野氏:地球レベルで変化が加速している今、「イノベーションによって社会に信頼をもたらし、世界をより持続可能にしていく」という富士通のパーパスがグローバルレベルで必要とされていると思っています。それを実現するためにはデジタルテクノロジーをフルに活用し、仲間とともに、お客さまとともに、社会とともに、イノベーションを生み出していかなければならないと考えています。

富士通の社員はかつて、「野武士集団」などと呼ばれていた時代もあり、尖った挑戦心を強みとしていました。現在も社員一人一人がチャレンジスピリットを持っていると思っています。社会やお客様、そして私たち自身がサステナブルに成長するために、グローバルに活躍するフィールドが多くありますので、変革をいとわない方にたくさん来ていただいて、ポジティブな化学反応を起こして欲しいと思います。

――ありがとうございました。

(聞き手:パーソルキャリア株式会社 執行役員 大浦征也)

【取材後記】

取材の中では、「自律」という言葉が盛んに聞かれた。組織的な変革の最中にある富士通は、個人の活動と社会が「コネクトしている」という意識を高め、それを踏まえて自律的にキャリアを積むことを促している。流動化が進む組織から画期的なアイディアが絶え間なく生じる日は近いのかもしれない。

企画・編集/鈴政武尊・d’s JOURNAL編集部、制作協力/シナト・ビジュアルクリエーション

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