東京ガス人事部に聞く。D&I、キャリア採用強化、男性型組織構成からの脱却―。次代の先進企業に生まれ変わるまでの軌跡

東京ガス株式会社

人事部 人事勤労グループ グループマネージャー
陣 昭充(じん・あきみつ)

プロフィール
東京ガス株式会社

人事部 人事勤労グループ
挑戦と多様性推進チーム
川崎 由香(かわさき・ゆか)

プロフィール

創立より約130年以上の歴史を持ち、首都圏のエネルギーインフラを支える東京ガス株式会社(代表執行役社長 CEO:内田高史、本社所在地:東京都港区)は、経営ビジョン「Compass2030」のもと、2022年4月、導管事業の分社化をはじめとするホールディングス型グループ体制に舵を切った。

D&I(ダイバーシティー&インクルージョン)、女性活躍、働き方改革といった、昨今の時代が求める企業・組織の在り方について取り組み、さまざまな組織改革を実践中だ。2022年4月に「育児・介護休業法」が改正され、育児休業を取得しやすい雇用環境の整備が求められる中、男性育休取得率の向上などにも注力している。

同社は旧来の日本型組織から先進的な企業に日々生まれ変わりつつある。近年の組織改編の背景にはどのようなビジョンや方針があったのか。今回は同社人事部をリードするキーパーソンから話を伺った。


渋沢栄一のDNAを体現する会社、「東京ガス」

女性活躍推進法。2016年に成立し、労働者数301人以上の事業主に女性が活躍できる行動計画を策定・公表するよう義務付けた同法は、2022年4月より改正法が施行され、労働者数101~300人以内の事業主も義務の対象となった。

このように我が国では、急速に「女性の働き方」に対する理解や浸透が広がっていった。しかしながら、その波及も順調とは言えず、一部の企業や世界に拠点を持つグローバル企業などにとどまっているとの声も聞かれる。

そんな中、130年以上の歴史を持つ東京ガスは、2022年4月、導管事業の分社化をはじめとする新たな体制「ホールディングス型グループ体制」をスタート。これまでの伝統的な風土や組織体系に新しい風を入れようとしている。

その新しい取り組みには、キャリア採用強化による組織改編D&Iの浸透、そして旧来の男性型組織構成と考え方からの脱却という動きがある。特に、推し進めているのが「男性育休制度」の推進である。

HR関連の話題に日々触れている読者にとっては聞き慣れた取り組みかもしれない。しかしポイントは、伝統と歴史のある会社がD&Iを意識した新たな会社へと生まれ変わろうとしている点だ。

「ウチの会社は古い体質なので風土や体制を変えることは大変だ」
「新しい取り組みは既存社員や経営層が反対する」――。

このように感じている人事・採用担当者も少なくないのではないだろうか。そこで今回、小さな一歩でも着実に歩みを進め、やがて大きなうねりの中で時代に即した企業へ生まれ変わろうとしている東京ガスの取り組みの事例を紹介したい。

●「日本資本主義の父」によって創立

1872年、現在の横浜市の馬車道通りに、日本で初めてガス灯がともされる。ガス灯は文明開化の象徴とされ、今日の日本を構成する歴史的な1ページとされたが、この事業を担っていたのが現在の東京ガスである。

東京ガスは、「日本資本主義の父」と呼ばれる明治時代の実業家・渋沢栄一によって創立された。渋沢栄一の著書「論語と算盤」で提唱された「マルチステークホルダーとの共存」「社会価値と経済価値の両立」は、現在でも多くの会社の中で経営思想として息づいているほか、同社のDNAとしても脈々と受け継がれているのだ。

東京ガスは、時代に即して新しいエネルギーとその供給サービスを生み出し展開していく。例えば、高度成長時代は深刻化する環境問題に対して、LNG(液化天然ガス)を導入。続く時代には、天然ガスコージェネレーションシステムの開発、家庭用燃料電池エネファームの販売などを行ってきた。

現在は、2019年11月に東京ガスグループ経営ビジョン「Compass2030」を策定して、脱炭素化への潮流、デジタル化の進展、エネルギー自由化の進展といった市場環境への対応に関して、さまざまな施策を展開している。


※常盤橋公園内の渋沢栄一像

● 東京ガスの経営戦略としてのダイバーシティ

このように東京ガスは過去も現在もエネルギー課題に対して取り組んでいるが、その組織組成は極めて「日本的」、そして「旧来の男性型社会」の風土を残す会社であった。しかし近年、東京ガスの風土や環境は変わりつつあると言われている。それは経営戦略としてダイバーシティ(多様性)を取り入れ、新たな人材の確保と組織変革を行ってきたからだ。

同社が推し進めてきたダイバーシティへの取り組みの一例としては、主に「女性の活躍推進」「障がい者雇用促進」「グランドキャリア支援」「キャリア(中途)入社」などがある。特に「女性の活躍推進」については、以下の4つのポイントを重視して進めている。

1.「採用」
2.「制度面での支援(育児休暇・育児勤務等)」
3.「女性活躍のための環境整備(意識・意欲向上、理解や評価、領域拡大等)」
4.「女性管理職の比率向上」


※資料「東京ガスにおける女性活躍推進の取り組み」より

もともと男性社員比率が9割だったという同社。ここ近年の「1.採用」については、全社員のうち約20%を女性社員が占めるようになり、この割合は今後も拡大していくとのこと。そして「2.制度面での支援」については、育児中の女性が全女性社員の4人中1人という実績、育休復職率に至っては100%となった。また、平均勤続年数は男性20.3年女性17.8年と大きな男女差がないという結果となった。

特に注目したいのが男性の育児参画促進について。育児休職単体では取得率が約16%配偶者出産休暇と合わせて取得する割合は93.9%と高い数値である(2022年7月現在)。こうした取り組みは、女性が輝く先進企業表彰(*1)入賞、なでしこ銘柄(*2)取得、くるみんマーク(*3)取得、健康経営優良法人(*4)認定といった対外での評価を受けることとなった。

この取り組みを推進してきたのが、同社の人事部である。ここからは、「人事勤労グループ 挑戦と多様性推進チーム」に属する陣昭充氏(以下、陣氏)、川崎由香氏(以下、川崎氏)にインタビューを実施。これまでの軌跡を振り返っていただこう。

(*1)女性が輝く先進企業表彰・・・女性が活躍できる職場環境の整備を推進するため、役員・管理職への女性の登用に関する方針、取組及び実績並びにそれらの情報開示において顕著な功績があった企業を表彰する内閣府の表彰制度
(*2)なでしこ銘柄…女性活躍推進に積極的に取り組む企業を魅力ある銘柄として経済産業省と東京証券取引所と共同で選定。
企業への投資促進を狙うもの
(*3)くるみんマーク…次世代育成支援対策推進法に基づき、行動計画を策定した企業のうち、目標を達成し一定の基準を満たした企業として、厚生労働大臣の認定を受けた証し
(*4)健康経営優良法人…地域の健康課題に即した取り組みや日本健康会議が進める健康増進の取り組みを基に、優良な健康経営を実践している企業を認定する経済産業省の制度

ホールディングス型運営、経営ビジョンの浸透でキャリア採用の割合が高まる

――東京ガスがコロナ禍をきっかけに社内風土を一新させたと聞き及んでいます。これまでの歩みを聞かせてください。

陣氏:新型コロナウイルスの世界的な感染流行から2年が経ち、エネルギー業界に身を置く当社としては、運営的には大変厳しい局面を迎えております。ですが、エネルギーインフラを国民の皆様にご提供する東京ガスとしては、何としてもそのミッションだけは達成するべく全社を挙げて尽力している最中です。

一方で、電力やガス市場の自由化などに伴うエネルギーを取り巻く事業形態の多様化により、その価値観なども目まぐるしく変化してきています。そこで東京ガスグループとしては「脱炭素化」「DX(Digital Transformation)」「社会の多様化」などをテーマに、新経営ビジョン「Compass2030」を策定しました。

この中で「CO2ネット・ゼロ」や、お客さま含めさまざまなステークホルダーとともに価値を創り出していく「価値共創」「LNG(液化天然ガス)バリューチェーンの変革」などに挑戦していきます。

そして、2022年の4月には導管事業を新社へ引き継ぎ、事業子会社・社内カンパニー(疑似分社)からなる「ホールディングス型グループ体制」となりました。会社としても社会の立ち位置としても大きな変革期を迎えています。

これまでは「天然ガスのバリューチェーン」と言い、垂直統合の組織であり、ガスの売上が立てばそれで完結する会社だったのですが、それでは時代のニーズに対応できない。そこで、導管事業や小売等各部門事業にいらっしゃるそれぞれのお客さまに向き合いアプローチしていき、包括的に社会課題の解決を目指す組織として生まれ変わりました。

分社化に伴いそれぞれ自立自走することで、全ての東京ガスに所属する社員の意識も「東京ガスの一部門です」や「東京ガスの子会社です」といったものから、「東京ガスグループの一員です」と胸を張って言えるようになり、当社子会社も親会社の部門と同列で扱われるようになりました。

グループの経営ビジョンも併せて共有することで、全社員が共通の目的に向けて同じ目線でまい進することができています。

そして、ホールディングス型グループ体制を進めたことにより、この2~3年の間にさまざまな組織風土や環境が劇的に変化していきました。もちろん新たなキャリア採用人材を多く登用してきたことも、この改革の一翼を担っています。

――組織が変わっていく中で特に変化した部分はありましたか。

陣氏:当社は良くも悪くも内向き、ファミリー志向が強いと言いますか…、お互いに想い合いフォローし合う文化が根付いています。ですが、グローバルの潮流の中では遠心力を利かせるべく、外からの風(キャリア採用など)を取り入れる必要もありました。

当社社員の新卒率はほぼ9割を占めていますが、2割3割と徐々にキャリア人材の割合が高まってきています

特に、再生可能エネルギーやDX、海外展開に関しては、これまでの知見やスキルが生きる彼らの力添えなしには発展していかない分野だと思っています。そうした新たな事業や領域、価値観がますます広がったことは、直近での大きな変化だったかと思います。

加えて言うのであれば、経営ビジョン「Compass2030」の内容は、新卒採用者だけでなく、キャリア採用の方にも響いているようです。こうしたビジョンに共感して入社を考えていただける方が増えたため、パーパス経営としても、採用ブランディングとしてもうまく機能していますね。

川崎氏:採用ブランディングとしては、ガス業界はシュリンクしていくというイメージを持たれていますが、LNGの啓蒙(けいもう)や再生可能エネルギーなどの取り組み、当社の最新の活動や将来におけるビジョンをコンテンツとして発信していくことで、当社のイメージ向上や応募者数の増加など興味を持っていただく方の割合も増えてきました。


D&I推進のポイントは「男性育休取得率」の向上

――組織変革の中で特にD&I推進を主軸にしていると感じます。

川崎氏:おっしゃる通りです。D&I推進には社内広報や管理職向けセミナー、ブックレットの作成と配布などさまざまな面からアプローチしています。特に男性の育休取得率の向上に注力しています。

そもそも当社の「男性が育休を取得する」という考え方についてご説明しますと、男性社員の仕事と家庭の両立が進むと人生そのものが充実していくと考えています。そうした社員と会社の間でエンゲージメントが高まり、最終的には生産性の向上などの面で会社や組織に大きなメリットをもたらしてくれるということで進めています。

東京ガスの福利厚生制度では、対象の社員には配偶者の出産から180日以内に5日間の特別休暇を付与しており、2021年度は93%の対象社員が取得しています。また育休制度の内容では、子が満3歳に達した直後の4月末までと定めており、まだまだスタートしたばかりですが、男性社員の取得率は8%から16%まで向上しています。

取得率を向上するために注力している点としましては、育児に対する理解や知識を深めるといった啓蒙(けいもう)活動を行うという目的で、東京ガスグループで働く育児期の男性社員とその上司を対象としたセミナーや講演会を定期的に開催しました。さらに「育児・介護休業法」の改正ポイントについての解説動画の配信や、上司向けにワークショップなども実施しています。

また、子どもが生まれたらまずやること出産・育児に係る費用面の詳細などへの情報を記載した「男性従業員向け 両立支援ハンドブック」の作成や、「仕事と育児の両立に関する相談窓口」の設置なども行いました。

さらに社内報では、実際に育休を取得した男性社員やその上司へのインタビューを行い、実際にはどうだったのか、育休を取得することへの懸念点やその解決法などを紹介しています。ほかにも対談風景を動画で作成して紹介することがありますね。

仕事と育児の両立を希望する男性社員が、より制度を利用しやすいよう風土の醸成や環境整備を一気呵成(かせい)に進めてきました。

――男性社員の育休取得率の向上のポイントは?

川崎氏:安心して制度を利用できる環境と雰囲気醸成が必要かと思われます。それに伴う直接の上司の理解とサポートも大変重要です。取得対象となる男性社員の中には、「昇進に影響しないだろうか」など復帰後の勤務と評価を気にする方が少なくありません。こうした懸念点などを払拭するためにも普段からの上司との信頼関係の構築などは大事ですね。

そこで心理的安全性を確保するため、当社では全部署を対象に2週間に1回程度のペースで「1on1ミーティング」を実施することを奨励しています。

また、こうして制度を整えるだけでは啓もうは不十分ですので、とにかく「実際に取得している人」を積極的に紹介していくことを意識して取り組んでいます。

もちろん男性や個別のテーマばかりにフィーチャーしているわけではありません。D&I全体として会社はどのように考えているのかを啓発したり、職場ごとに先進的な取り組みがあれば、互いに参考にしていただけるよう、積極的に広報するようにしています。

どうしても男性社員が大半を占める会社なので、育休を取得することを「人ごとではなく自分自身の問題である」と認識していただくことが推進する上でのポイントでしたね。「一人一人が多様であること」「価値観は人の数だけある」という考え方を、社内報などあらゆるチャネルとコンテンツで発信しました。

D&Iというのは、多様性であり、誰か特定の人たちだけのものではないんですね。だから育休とか女性活躍などで分けず、全員がその対象である、つまり「あなた自身もその対象なんですよ」と気づいてもらえるきっかけになれば良いと思っています。

陣氏:現在は、D&Iも随分と浸透してきていますが、数年前までは違っていました。それこそ「東京ガスの一部の人のもの」という認識が社内にもありましたが、ここにいる挑戦と多様性推進チームのメンバーがジョインして、さまざまな課題を抽出して改善に向けて動いてくれました。そうして社員全員に「D&Iは自分ゴト」との認識が広まったことは大きな成果となりましたね。


D&I浸透が、生産性を向上させ、紙の書類からデジタルに変わった!?

――D&I浸透が進んだ現在、社内ではどのような変化がありましたか?

川崎氏:家庭を持つ男性社員の多くが子育てや配偶者との関係性や信頼感を意識することにより、結果的に生産性向上を考える組織になっていったことが大きな変化です。

育休取得者の代表的な声として「夫婦共同で補完しあって家事や育児に参加することで家庭での負担が減った。それが仕事と家庭の充実につながった」という声がありました。

仕事にも家庭にもどちらも時間の限りがある中で、どう生産性を高められるかという意識を強く持っていったという社員が増えたわけです。

その中でカンパニーや部署単位において、生産性を高めるための取り組みを自発的に実践する動きも見られ、例えば「スケジュールを部内で共有して、仕事の負担を均一化する」などといった事例も生まれ始めました。

また、上司の観点で言えば、「自分が(育休などで)強制的に抜けることを想定して部下たちが仕事の組み方やチームビルディングに取り組んだ」という事例もあります。個人のスタンドプレーから周りと協力していくスタイルに切り替えていくことで、誰がいつ抜けても安心なチームを目指したとのことです。

あと、これは珍しい事例なのですが、日々の業務が忙しく「育休が取りづらい」というイメージを持たれていた職種や部署のイメージアップにつながったという例もあります。こうした部署は、「忙しそう」「ワークライフバランスが実現できない」という負のイメージを持たれていた部署の上司が積極的に育休を取得することで、イメージを払拭し、いわゆる「異動先として不人気な部署」が社員間で無くなったというわけです。

会社としては家族を信頼して互いに補完し合っていくということは、当社で活躍してもらうためにも必要不可欠であると考えていますので、何かが自分に起きたら、安心して会社に相談・報告できて、いつでも会社がそれを聞いてくれて、制度を使えるということは、日々の「頑張ろう」というモチベーションにもなります。それを皆さん実感してもらっているのかなと思います。

また、家庭で感じた些細(ささい)な悩みや課題からヒントを得て、当社で新たに家事代行やハウスクリーニングの事業を展開できましたので、そうした生活者の視点に寄り添ったサービスの展開にも男性社員の育休取得奨励やD&I推進活動が貢献できていると感じています。

――育児休暇取得などを通して働き方に多様性が生まれ、それが生産性向上にもつながったわけですね。

川崎氏:例えば、部署内でのスケジュール共有などはDXが進んだことでも生産性の向上につながりました。コロナ禍でのリモートワークの環境が整ったことにも関連していますが、PCを1人1台所有して、在宅で作業できることも大きなポイントです。

陣氏:声を大きくして言うことではないのですが、当社は2~3年前まで紙ベースでの業務が中心でした。企画書一つ作成するにしても、ワードソフトで作成したものを印刷して、上司のスケジュールを押さえ、赤字修正が入り、また持ち帰って作り直して――と。企画書を作るのに何日もかかっていたわけです。

また部署や資料によっては1万枚にも及ぶ印刷紙が出力されたり、技術革新によって常に改定されるマニュアル用紙の印刷などにも大量の紙が使用されていたりしました。さらに、請求書の印刷だけで毎月1,000枚以上必要になる部署などもありました。

現在では、オンラインコミュニケーションツールや電子決裁システムの導入により、業務のほとんどはデジタルで行えるようになりました。もちろん技術の現場でも、電子マニュアルや図面、リモートカメラの導入などによってその負担を極力抑えています。当社は、他社では当たり前のことをつい最近までできていなかったのです。

皮肉にもコロナ禍をきっかけに当社のD&IやDXは想定以上のスピードで浸透していきました。これまで現場やオフィスに行かなければできなかった業務が在宅でもできるようになり、生産性の向上やオープンかつフラットな組織の運営が果たされました。

川崎氏:私は現在の部署に異動する前まで、東京2020オリンピック・パラリンピック推進部にいたのですが、その当時、大会の開催期間内での通勤混雑を予想して、それに対応する施策としてリモートワークの準備が進んでいました。いわゆる交通需要マネジメント(Transportation Demand Management/TDM)(*5)の一環としてのDX推進だったのです。

2019年当時はテレワークを行うことに対して社内から相当の反発が出ていました。しかし「絶対そんなことやりたくない」と言っていた人も、コロナ禍によってリモートワークにシフトしていきました。ですから、古い体質に凝り固まっていた当社でもパラダイムシフトは可能だと気づかされたわけです。

育休取得者の声の中には「以前はそもそも仕事が時間内に終わると思っていなかったが、いざ時間の制約を受けるとその時間内で仕事をやり遂げることができた」というものもありました。やらなければならない状況というのはピンチでもありチャンスなんだと、私たちも実感した数年となりましたね。

陣氏:東京ガスの社員は本当に”リアル”が好きなんですよ(笑)。事業所間の交流も多く、昔は全社挙げての運動会も開催していたほどの会社でしたから。

(*5)交通需要マネジメント(TDM)…自動車の効率的利用や公共交通への利用転換など、交通行動の変更を促して、発生交通量の抑制や集中の平準化など、「交通需要の調整」を行うことにより、道路交通混雑を緩和していく取り組みのこと。東京ガス本社が立地する浜松町エリアでは、午前8時台の10%程度の混雑緩和を目標に取り組んだ「浜松町駅周辺TDMプロジェクト」が実施されており、同社も参画していた

東京ガスが目指す今後の展望や未来への在り方

――今後、組織デザインにおいてはどのようなことを目指していますか。

川崎氏:採用活動においては、これまで新卒一辺倒だった組織編成から全体の3割ほどをキャリア採用人材で構成できるよう採用計画を策定中です。こうしたキャリア人材は、先ほど述べた通りDXや再生可能エネルギー、海外事業などで活躍してほしいと考えています。

またD&Iにも関連していきますが、当社でも女性管理職の比率を現在の9.5%から11%に引き上げていきたいと考えています。かつては社内の20代30代の女性を集めて女性活躍をテーマにワークショップを開催するなどしていたのですが、現在は人事部がリードする形で、部署間で女性活躍をテーマにした取り組み事例をヒアリングして社内全体に広報する活動をしています。

また一方で、男女を合わせた育休の取得率は94%で、まだ100%には届いておりません。全社員が安心して取得できる制度を整えるべく、その課題を抽出して何が問題なのか、どうしたら制度を活用してもらえるのかを調査・検討している最中です。

陣氏:ホールディングス型への体制変更や新たなビジョンの策定、D&IやDX推進など、社内体制が大きく変わるきっかけとなったのは、2016年の電力小売全面自由化、その1年後となる2017年から家庭向けの都市ガス自由化になったあたりからです。

そのような市場の中で、当社も収益を追求するいち民間企業として、いや応なしにでも生産性を考えていかなければならない。そうした潮流の中では、常に先進的なやり方を取り入れ変化していくことを恐れずにいるべきです。

現在でこそ、ガスの主流はLNGであり、低炭素といった面ではLNGが果たす役割は大きい。そのポテンシャルはまだまだあると思っています。

その後の未来では再生可能エネルギーでつくった水素や新たなガスエネルギーも生まれてくるでしょう。「もっと便利にエネルギーを使いたい」「日々の困り事を東京ガスのサービスを利用して解決したい」と考えるお客さまは少なくありません。

そうしたニーズに応えていくことで獲得できる知見やスキルがあり、それを活かすことでSDGs含む脱炭素社会の実現にもつながります。こうした活動に喜びを感じてくれる方に多く集まってほしいし、そのための組織デザインは頑張って整えていきたいという想いがあります。

働き方だけではなく、エネルギーにも「集中と分散」という考え方があります。SDGsや脱炭素、D&Iなど一つ一つを切り離すことなく全てはつながっているという意識で取り組んでいきたい。ただ電源をつくるだけじゃない会社、ガスを使った暮らしを提案していく会社でありたいと思います。

本来ビジネスが苦手な会社ですから、当社は(笑)。

【取材後記】

ワークライフバランスの実現とは、”働かない時間の比率を上げること”ではない。

家庭用ガスの自由化などをきっかけにさまざまな体制や風土を変革していった東京ガス。同社が主催する育児期の社員とその上司を対象としたセミナーに参加した同社社員の方からこのようなアンケート回答があった。

「東京ガスの制度は全社員が使える権利をもっている。誰かが誰かのために我慢するのではなく、育児も介護もLGBTQの方などさまざまな属性の方が使える権利である。いまは使わなくてもいつか使う時があるかもしれない、そういう心持ちでその土壌を全員で作っていくことが大事だ」(アンケート回答より要約)。

ある一点の制度を充実させるのではなく、会社に所属する社員全員が享受できて、メリットのある制度や環境を作り上げることが、組織デザインの神髄なのかもしれない。東京ガスの取り組みからそのように感じた。

取材・文/鈴政武尊、編集/鈴政武尊・d’s journal編集部

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