トヨタ自動車 法務部。「リスクから会社を守る」だけではなく、未来を見据えた「攻めの姿勢」で拓いていく
MaaS(Mobility as a Service)やCASE(Connected・Automation・Shared/Service・Electric)といった新しい概念の波及により自動車産業は今、100年に1度の変革期に直面している。トヨタ自動車(代表取締役会長:豊田章男、執行役員・社長:佐藤恒治/本社:愛知県豊田市)もまた、ビジネスモデルの大規模な変革の最中にある企業の1つだ。
変化の激しい世界において、DXがもたらす人や組織、クルマ、サービスの変革に法律や企業法務という面から取り組む集団がいる。それがトヨタの法務部。今回は、巨大な組織を支える法務部に話を伺った。
大変革の時代、企業法務の在り方とは?
「自動車をつくる会社」から「モビリティカンパニー」へとかじを切ったトヨタ自動車。日本のリーディングカンパニーであり続けているトヨタのビジネス展開を、企業法務という面から支えているのが法務部だ。
日経新聞が2021年に行った「企業法務税務・弁護士調査」において、トヨタ自動車の法務業務は高い評価を集めている。一般的に法務はリスクマネジメントのイメージが強いが、大規模な組織で法務部が果たす役割は多岐にわたる。
AIやロボット、自動運転、そしてMaaSやパーソナルモビリティ、スマートホームといった新しいキーワード・概念には技術やサービスの拡充のほか、法律面での対応も重要だ。新しく変わっていくトヨタの組織の中に、トヨタの法務部も含まれている。
新たなクルマ社会を見据える法務部。組織の在り方や果たすべき役割とはどのようなものなのだろうか。法務部長 大野芳徳氏からそのヒントを頂こう。
トヨタ自動車の法務部、その役割とは
――トヨタの中の法務部は、どのような役割を果たしているのでしょうか。
大野芳徳氏(以下、大野氏):
法務の業務は幅広いのですが、少々乱暴にまとめると、一番のミッションは「会社のリスクを最小化する」ということだと思っています。
我々の主な役割は2つあります。
1つめは「コントロバーシー(controversy)」。一般的に言われているのは、企業が抱える紛争・係争案件に対応する、いわゆる「トラブルシューティング」の役割です。これは当社が、というわけではなく、企業のほとんどはこうした機能を備えているものです。
そしてもう1つは事業を進めていく上での助言・予防に関わる「アドバイザリー(advisory)」という役割です。
――「アドバイザリー」について、もう少し詳しくお聞かせください。
大野氏:例えば、新しい分野に挑戦すると、ビジネスモデルが変わり、パートナーも変わります。それに伴って生じるかもしれないリスクを事前に想定し、アドバイスをするような役割です。
さらには、ビジネスを超えて「社会」が形成されていくことで、これまでになかったルールや法規範の必要性が生じます。その際には、「社会のコンセンサスに関与していく」というのも新しい仕事になっていくと予想しています。
例えば、CASEのクルマであるならば、「自動運転」や「つながる」といった、新しい領域に入っています。今後、これらのような「つながるクルマ」が普及していくことで、過去にはなかった法律の問題が浮上してくると思われます。
変化に先駆けて手が打てるかどうかも、我々のミッションの1つです。
――特に変化が大きい領域は、どのようなものがありますか。
大野氏:「自動運転」については、交通事故の削減や渋滞緩和といった社会課題解決の観点から、早期の普及が期待されており、道路交通法その他関連法規の整備が進められています。しかし、完全自動運転が実現した場合、これまで当たり前の存在であった「運転者」がいなくなるため、例えば、事故などが起こったとき、誰がどのような責任を負うのか?の考え方には、大きな変化が生まれるであろうと考えます。
また、モビリティサービスの分野でも、昨今のシェアリングエコノミーの潮流を受け、当社もカーシェアリングやサブスクリプションといったビジネスを展開しておりますが、これらは、20年ほど前にはほとんど存在しなかったケースモデルです。これら新たに生まれるビジネスを、法的観点からどう実現していくのか。ルールメーキングの働きかけなども選択肢に入れつつ、知恵を絞って考える必要があります。
このように、ビジネス・社会の変革期においては、法律の領域も大きく変わっていくので、変化に対応するためにも、私たちの管掌範囲をさらに拡大していかなければ、と思っています。
機能ごとのグループで編成されるプロフェッショナル集団、求められる人物像とは
――現在の法務部の人数構成や、グループの雰囲気についてお聞かせください。
大野氏:現在、法務部には50名ほどの従業員が在籍しています。国内外の子会社などへの出向者が15名ほど。合わせると65名ほどです。
約50名はいくつかの機能に分かれ、それぞれのミッションを持って社内の法律問題に対応していますが、週に1度は各チームの上長がミーティングを行い、情報共有や横の連携を図っています。
簡単にその内訳をご紹介しますと、国内外の訴訟やトラブルに対応するグループ、労働法・会社法関連の担当をするグループ、法律相談や法制調査を担当するグループ、各種契約などを担当するグループ、そして業務提携や投資案件などに対応するグループなどです。
――部内はどのような雰囲気ですか?
大野氏:法務部のメンバーは、ロジカルかつ冷静で、上司にも率直に意見を言うメンバーが多く、頼もしい人ばかりです。個々が自分なりの信念を持っており、自立していているように思います。
他の部署から「静かだね」「落ち着いているね」と言われることが多いのですが、さまざまな法律問題や相談に対してじっくり考えるプロセスの多い仕事なので、必然的にそうなるのでしょう。
――キャリア採用の割合、平均年齢について教えてください。
大野氏:現時点では、キャリア入社の割合は約2割です。部の年齢の中央値は30代中盤と、比較的若い組織です。
1つの案件に対して法律的なアプローチを複数提示するためには、知識だけでなく、経験がものをいうことがありますので、経験豊富な社員や外部の弁護士が、若手社員をサポートすることもあります。
逆に申しますと、こうした経験豊富なメンバーの力は、まだまだ私たちの組織にとっても必要としている点でありますので、キャリア採用にて新しく仲間に加わっていただける予定の方には、そのような「経験」と「実績」を期待したいところではあります。
各メンバーが専門性を持って活躍。業界の垣根を越えて社会貢献を目指す
――世界が変化する中で、社会に貢献する上でどのようなアプローチをしていきたいと望まれますか?
大野氏:現在は「100年に1度」と呼ばれる自動車業界の大変革の最中にあります。
新しい社会では、新しいビジネスモデルやライフスタイル、それを取り巻く社会が形成され、当然新しい法律も必要になります。その際にルールメーキング(ルールづくり)に関与していくことは、法務に必要なアプローチの1つになってくるのではないでしょうか。
私個人の意見ですが、法律は、歴史が積み重ねてきた「社会のコンセンサス」だと思います。「得か、損か」ではなく、公平性を重視し、業界の垣根を越えてルールメーキングに参画ができるような存在でありたいと思いますね。
モビリティカンパニーとしてかじを切った当社は、例えば、静岡県裾野市に「ウーブン・シティ(Woven City)」を展開するなど、クルマづくりだけにとどまらずさまざまな取り組みを進めています。そういった取り組みを通じて社会課題の解決にも貢献できるリーガル機能でありたいと思います。
その一方、”ビジネス”が存在するところには、法律による紛争やトラブルがなくなることはありません。地味なことではありますが、そうしたものを確実に解決する足腰の強い組織でもありたいですね。
先に「社会のコンセンサス」だと申したように、法律は事例の積み重ねです。ですから、私個人も組織も、「今」の活動と「未来」に向けた取り組み、この両輪は常に意識して、「今を乗り越えているから未来がある」といつも思いながら実践につなげています。
――昨今「女性活躍」「多様性」「ESG」といった言葉が注目を集めていますが、御社として、法務部として、そして大野さん自身が注目しているキーワードがあれば教えてください。
大野氏:変化に対応するためには、しなやかさや柔軟性が必要です。そのためにも多様性を大切にしていきたいと思っています。
多様性の定義付けは難しいのですが、正解を見つけるのではなく、いろんな価値観を包括して、お互いに認め合うということではないかと考えます。
法務部としては、一人一人がやりがいを持って、メンバー全員がそれぞれの個性を発揮して活躍できる職場にしたいと思います。
ここで言う「活躍」を陸上競技に例えれば、「全員が短距離走で活躍している」というわけでなく、中距離走が得意な人がいて、投てきが得意な人もいるというように、個々が得意な専門性を持って仕事をしている状態がイメージに近いでしょうか。
プレーヤーは互いの価値観を認め合い、自己評価と他人からの評価にギャップがない状態を目指したいと思います。
仕事の目的を見失わず、「誰かのために」最後まで試行錯誤できることが重要
――今後、法務の領域で大切になっていくのはどんなことでしょうか。
大野氏:最近は「リスキリング(reskilling)」という言葉がよく聞かれるようになりました。
社内外がめまぐるしく変化していますから、これまでの成功体験を一度捨てて、自分自身のスキルを棚卸しし、専門性をアップデートし続けることが必要です。
また、社会課題を認識して、「この仕事は何のためにやっているのか」という目的を再確認することが大切です。もし価値観が変わって目的がずれてきているという場合にはやり方を変え、改善するという繰り返しのプロセスが大切になってくるでしょう。
――「リスクから会社を守る」だけではなく、未来を見据えた「攻めの姿勢」も感じられます。
大野氏:法務部も受け身の業務だけではなく、主体的に考え、未来を先取りしていくスキルがこれまで以上に求められていくのではないかと思います。
法律の勉強だけでなく、新しいビジネス展開に挑戦していく中で、どういう社会やどういう世界になっていくのかと想像を巡らせて、未来を展望することが大切です。
――最後に、今後、トヨタ自動車の法務部に参加する人材に期待することについてお聞かせください。
大野氏:しゃくし定規に法律の議論をするだけではなく、さまざまな視点から仮説を立てられる人が適していると思います。
私はそのプロセスを「壁打ち」と呼んでいますが、「ああだよね」「こうだよね」と自分の中で思考を深めていける人、ギリギリまで悩むことができる人が良いと思います。壁打ちを通じて生まれた意見を通わせ、お互いの成長というところまでいけるといいですね。
そして、具体的なスキルもさることながら、個人的には「マインド(意識)」がスキルを決めてくるところがあるようにも思います。
トヨタ自動車の法務部は、社内外のステークホルダーのための仕事をしています。「誰かのために」というマインドは大変重要な視点なのです。
ですから、「地道な作業が成果を生む」ということに共感してくれる人、「新しいリーガル機能を作ってみたい」と思ってくれる人、そうして「新しいルールメーキングに挑戦してみたい」と思っている人――、そうした意識を持っている人とぜひ一緒に働きたいと思っています。誰かのためになる仕事にやりがいを感じる人と一緒に働くと気持ちの上でも良い刺激を与えてくれますから。
【取材後記】
例えば、未来において完全自動運転機能が導入されたクルマは、「誰が責任者なのか」という単純な疑問が浮かんでくる。今後自動車関連の法整備が進むにつれて、こうした新しい概念や法律はどんどん刷新されていくことだろう。
法務とは、一般的にリスクマネジメントの運用のイメージが強いものだが、トヨタの法務部はその視点がはるかに高く、創造性を働かせながら未来を見据えている組織であった。こうした未来に起こるべき課題や問題に対してもアプローチしていく姿勢は、社会を形成する私たち一人一人がより一層意識していく必要がある。「攻め」の一手や組織編成を見習っていきたい。
企画・編集/鈴政武尊・d’s JOURNAL編集部、撮影/CMYK株式会社、制作協力/シナト・ビジュアルクリエーション
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