「男性育休取得率73%」のラクスルに学ぶ、多様なライフステージの人が活躍できる制度・仕組みづくり

ラクスル株式会社

CCO/ストラテジックコミュニケーション室 マネージャー 松本藍(まつもと・あい)

プロフィール
ラクスル株式会社

ストラテジックコミュニケーション室 岩渕佑美(いわぶち・ゆみ)

プロフィール

2022年6月に育児・介護休業法が改正されて約1年。女性の育児休業取得率が85.1%に対し、男性は13.97%(2021年度、厚生労働省『雇用均等基本調査』)にとどまっており、男性育休の取得促進が世の中全体の課題となっています。

こうした状況の中、ラクスル株式会社では2022年度に男性の育休取得率が73%(女性は100%)となりました。背景には育休期間中の給与を実質全額支給する「産育休復帰祝金制度」や、0~2歳までの子を持つ社員が利用できる「企業主導型保育園利用制度」などの制度があります。また、育休取得の際に生じやすい精神面、業務面への不安を解消する取り組みも進められているといいます。

ラクスル独自の制度が生まれた背景や、誰もが働きやすい環境を整備してきたプロセスを聞きました。

収入減少が避けられない「育休中のお金」の不安に応える制度

——男性育休取得率73%という数字は、日本企業の平均を大きく上回っていますね。

岩渕氏:2022年度の実績としては、男性社員の育休取得率が73%(平均取得期間34日)、女性社員の育休取得率は100%(平均取得期間216日)となっています。

以前に実施した当社内のアンケート調査では、「育休取得に当たっての不安は」という設問に対し、「休むことによる収入面の不安」「周囲にどう思われるかという精神面の不安」「業務をうまく引き継げるかという仕事面の不安」が挙がっていました。これらの不安を解消するために、さまざまな取り組みを進めてきた成果が表れていると感じています。

——まず「収入面の不安」について、どのような制度で解消しているのでしょうか。

 

岩渕氏:現状の雇用保険制度に基づく育児休業給付金では、育休開始から6カ月までは給与の67%、以降は50%が給付される仕組みとなっており、育休取得による収入減少が避けられません。そこでラクスルでは、産前産後休暇または育児休業日数の対象期間に応じて会社から祝金を支給する「産育休復帰祝金制度」を設けました。これによって、出産・育児休業期間の給与が実質全額支給(※)されることになります。

(※)男性社員は最大約2カ月分、女性社員は最大約5カ月分が支給される

また、育休からのスムーズな復帰をサポートするため、特に待機児童問題が深刻な0〜2歳までの子どもがいる社員が利用できる「企業主導型保育園利用制度」も実施しています。これは保育園の運営企業・団体と提携し、当社の優先枠を設けて社員が利用できる支援制度です。子どもを保育園に入れられないことを理由に復帰時期が遅れたり、復帰を諦めたりする社員を減らすために導入しました。

経営陣や上司が率先して育休を取得し、「良い前例」となる

——育休取得のロールモデルが少ない男性の場合は、「精神面の不安」も大きいと感じます。

 

松本氏:急成長するスタートアップにはよくあるケースですが、当社も創業から数年は20代の若手メンバーが中心で、育休取得を意識したり想定したりする社員は少ない状況でした。2017年頃に社員数が100人を超えたあたりから組織が多様化し、社員の平均年齢も少しずつ上がってきて、育休を取得しやすい風土づくりが進んでいきました。

転機となったのは、2017年度に男性の取締役CFOが1カ月超の育休を取ったこと。当時は上場準備の真っただ中であり、このタイミングでCFOが育休を取ることについて、社内には多少のざわめきもあったようです。

——CFOといえば上場準備の中心的存在。その人が1カ月以上不在になるのは、確かに影響が大きいですね。

松本氏:それでも役員が育休取得を選択したことで、ラクスルには大きな前例が生まれました。CFOが実際に育休を取って感じたことを基に、産育休復帰祝金制度を創設するなどのアクションにもつながっています。その後、2020年度には代表取締役社長CEOも育休を取得。経営陣が率先することで、「男性が育休を取るのは普通のことなんだ」という空気が社内に広がっていきました。

岩渕氏:部門別に見ても、年齢的にマネージャークラスが先に育休を取得することが多いです。メンバーからは「上司が育休取得の前例をつくってくれているのでありがたい」という声も上がっています。

松本氏:メンバーは、上司が育休を取るまでの動きや復帰後のプロセスを見ています。その意味では上司が良い前例となることがとても大切だと感じます。

育休取得がきっかけで「主体的に自らの仕事をデザインする文化」がさらに浸透した

——アンケートで上がっていた「仕事面の不安」も興味深いです。育休取得に当たって、業務の引き継ぎをどのようにサポートしているのでしょうか。

岩渕氏:育休取得は前もって計画できるものなので、休みに入る半年前など、早い段階からチーム内で引き継ぎを進めています。ポイントは現状の業務の棚卸しです。「絶対に自分で完結させなければいけない仕事」「それ以外の仕事」を分け、後者は他の人が運用できるようにマニュアルを整えるなどして、引き継ぎを行っています。

 

松本氏:引き継ぎができないくらい「業務が属人化すること」自体がよくない、という考え方もありますね。育休取得によって引き継ぎが必須となることで、業務の属人化が防がれている面もあります。育休によって業務の標準化が進み、結果的にチームが強くなったという声も聞いています。

——育休から復帰した男性社員には、どのような意識の変化が見られますか?

岩渕氏:1〜2カ月の育休を取ったことで、「今後も育児にコミットしたい」という声をよく聞きます。社内共有のカレンダーを見ると「○〜○時は育児」と記載している人も多いですね。

松本氏:育児のためカレンダーに予定を入れられないようブロックする人を本当によく見かけるようになりましたね。普段の仕事の中でも「この時間は育児にコミットします!」と宣言することが当たり前になってきました。経営陣のカレンダーにも「保育園のお迎え」などのスケジュールが入っているんですよ。意識が変わることで、日常の行動も変わっていくのではないでしょうか。

現在、ラクスルではオフィス出社を最低週1日以上、それ以外はリモート勤務を可能としています。また11〜16時をコアタイムとして個人の裁量で自由に働ける部署も多くあります。こうした環境も相まって、自らの仕事を主体的にデザインする文化が根付いてきたと感じます。

多様なライフステージの人が活躍できる環境づくりは、現代の企業の必須課題

——多様な人材が働きやすい環境をつくるため、直近ではどのような取り組みを進めていますか? 今後の展望と合わせてお聞かせください。

岩渕氏:2023年3月1日より、従来の取り組みを整備・拡充した福利厚生制度として「カナエル(KanaL)」を導入しました。「多様な人材・働き方を支援」「キャリアアップを支援」「貢献を賞賛」という3つの観点を軸に、さらに働きやすい環境づくりを目指して新制度を運用しているところです。

松本氏:これまでは子育てニーズを抱える社員の声に応える形で制度を追加してきました。今後、私たちの世代は親の介護などにも向き合っていくことになります。多様なライフステージの人が安心して働き、活躍できる環境をつくることは、現代の企業の必須課題と言えるのではないでしょうか。私たちも危機感を持って取り組んでいきたいと考えています。

 

取材後記

取材を通して印象的だったのは、制度設計や仕組みづくりを次々に素早く進めていくラクスルの柔軟さでした。2020年、同社ではコロナ禍1回目の緊急事態宣言解除後、目的を明確にせずに週1日のオフィス出社を義務付け、社員から「なぜ理由もなくわざわざ出社しなければいけないのか」という疑問の声が殺到した“失敗経験”があるのだとか。その後は「コミュニケーションのためにオフィスを使う」という目的を明確にし、出社日の意義が浸透することで生産性が向上し、ハイブリッドワークが定着したそうです。社員のニーズをつかみ、議論をいとわずに新たな仕組みをつくっていく——それが働くことへの主体性を育み、多様なライフステージにある社員が活躍する組織ができるのだと感じました。

企画・編集/白水衛(d’s JOURNAL編集部)、野村英之(プレスラボ)、取材・文/多田慎介、撮影/中澤真央

【関連記事】

【弁護士監修】男性の育児休業は法改正でどう変わる?育休の期間や企業の義務、必要な対応を解説