求められる人材要件はDXのフェーズごとに異なる!DX人材の育成と組織づくりのポイント
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「紙データを電子化する」DXの初期フェーズ(デジタイゼーション)では、アナログ業務を洗い出し、何から効率化するのかを見極める
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「デジタルを集約化する」フェーズ(デジタライゼーション)では、社内のシステムを統合的に理解できる人材が必要
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「事業やビジネスモデルをITで変革する」フェーズ(デジタルトランスフォーメーション)では、専門組織を組成するべき
業界を問わず多くの企業がDX推進を重要課題に挙げています。DX戦略を遂行し、現場へ浸透させていくために、外部に頼るだけではなく内製化に取り組みたいと考える企業も増えてきました。ただ、DX推進を担う人材の確保や育成は簡単ではありません。最適な手法がわからないまま悩んでいる事業責任者や人事・採用担当者も少なくないでしょう。
パーソルキャリアで未経験エンジニアの現場育成(OJT)を代行するサービス「エンジニアパス」を立ち上げ、採用・育成の視点で多くの企業の情報システム部門を支援してきた中矢氏は、「社内の既存人材もDX内製化を担うキーパーソンになり得る」と話します。求められる組織体制や人材配置、リスキリングなどのノウハウについて、DX推進のフェーズごとに聞きました。
外注頼みも新規採用も難しい?DX推進の現実的な選択肢とは
——DX推進を重要課題としつつも、その具体策に悩む企業が少なくありません。
中矢氏:DXを「デジタルの力を使って業務を楽にしたり、事業を大きくしたりすること」だと定義するならば、その大前提として経営としての投資判断が必要です。加えてITを理解する人材がいなければ、自社がやりたいことを実現できないでしょう。経営の意思決定と人材は、DXを進めるための両輪だと言えます。
ただ実際の企業では、どちらかだけが走ってしまっているケースも少なくありません。経営陣が「DXをやる」と決め、大きな予算が動き出してから初めて「DXとは?」を社内で議論し始めるようなパターンです。社内に推進できる人材がいないため、外部のベンダーやコンサルタントに頼りきる。やがてシステムなどが導入され、自分たちだけでは運用することもできず、ひたすらお金がかかるだけ。そんな企業も多いですね。
——確かに経営の意思決定があっても人材が揃わず、取り組みが進んでいない企業も多いように感じます。
中矢氏:だからこそ外注頼みの状態が続いてしまうんですよね。もちろん外注に頼ること自体が悪いわけではありません。大企業では自社のシステムをすべて外部に丸投げしている企業も多い。社内で開発するリソースや手間をかけず楽に進めることができ、自社にノウハウがなくても、予算があればすべてをまかなえるのは外注の大きなメリットだと思います。
しかし予算が限られている中堅・中小企業では限界がありますし、自社のやりたいことをすべて受け止めてくれるパートナーを見つけるのも簡単ではありません。
そうなるとIT人材の外部採用を検討することになると思いますが、dodaが提供している転職求人倍率レポートではIT関連職種の求人倍率が10倍を超えており、転職市場は非常に厳しい状況です。現実的な選択肢としては社内での配置見直しや人材育成を考えるべきではないでしょうか。適切な体制を構築することで、社内にDXのノウハウを蓄積していくこともできるはずです。
DXの初期段階では、ITスキルがなくても「現場経験豊富な人材」は活躍できる
——では、配置見直しや人材育成をどのように進めていくべきなのでしょうか。DXにおけるいくつかのフェーズに沿って伺えればと思います。まずは「紙データを電子化する」DXの初期フェーズ(デジタイゼーション)でやるべきことをお聞かせください。
中矢氏:この段階では業務効率化が大きな目的になると思います。まずは大量に存在するアナログ業務を洗い出し、何から効率化していけば成果が生まれやすいのかを見極めるべきでしょう。
結果的にはアナログのままのほうが効率的な仕事もあるかもしれません。片っ端からデジタル化するのではなく、対象業務を見極め、優先順位を付けることが大切です。その際にはDXを進める部門やベンダーと現場部門との間に立ち、交通整理できる存在が必要になると思います。
最近では簡単に使えるツールがたくさんあるので、アナログからデジタルに変えていくこと自体はそこまで難しくはありません。それよりも重要なのは現場の業務やニーズを理解し、適切なコミュニケーションを図ることです。
——ITスキルよりも、現場での豊富な経験や人脈が必要ということでしょうか。
中矢氏:そうですね。ITそのものに抵抗がない人であれば、現場経験の長いベテラン社員を推進担当にアサインするのも効果的だと思います。IT化すべき現場の業務の優先度が良くわかっている人材であれば、現場との調整でも価値発揮ができ、現場が活用しやすいようにIT化を進めることができるはずです。若手社員であっても、現場経験があり「これをIT化すればいいのに」という視点で思考できる人で、かつベテラン社員や、管理職層、ITベンダーと円滑にコミュニケーションが取れるコミュニケーションスキルがあれば、活躍できるのではないでしょうか。高度なITスキルが求められるわけではないので、育成内容としては基礎的な部分だけ学んでもらうことで補完できると思います。
実際に建築系企業のDXでは、現場監督などを長く経験した人が推進担当者に任命されていました。このフェーズでは、案外社内にもたくさん適任者がいるのではないでしょうか。
「デジタルを集約化する」フェーズでは、全社的なシステム統合で求められるプロジェクトマネジメント人材が必要
——次に、ある程度デジタル化が進んだ組織でさらなる効率化を目指す「デジタルを集約化する」フェーズ(デジタライゼーション)で取り組むべきことをお聞かせください。
中矢氏:デジタル化を進めていくと、営業やマーケティング、製造、バックオフィスなどさまざまな部門で独自にツールを導入することも増えていくと思います。
営業では営業管理システムを、マーケティングではMAツールを、製造では業界特有の管理システムを、経理ではクラウド精算システムを…といった具合に、部門ごとにバラバラのツールを使うことで社内のデータを集約できず、うまく活用できなくなっている企業も多いのではないでしょうか。
この段階になると、社内のシステムを統合的に理解できる人材がいなければ前に進めません。全社の基幹システムに統合させる部分と、現場で自由に運用する部分を切り分けて整理し、「一定条件を満たした場合のみツールの新規導入を許可する」といったルールづくりも必要となります。
——自社のITやシステム全体をマネジメントできる存在が必要となるのですね。
中矢氏:はい。すでに情報システム部門や開発部門などで運用を担当している人は手一杯なケースも多いので、既存業務を軽減したり、配置転換したりといった対応が必要でしょう。
ここで注意すべきは、IT人材だからといってシステム全体のマネジメントがすぐにできるわけではないということ。一口にエンジニアといっても、プログラムを書くスキルとプロジェクトマネジメントのスキルは別物です。そのため、プロジェクトマネジメントのスキルを身に付けてもらうことを前提とした育成環境を整えるべきなのです。
適応できそうな可能性のある人材は、現場業務への深い理解と高いコミュニケーション力に加え、部署や職種をまたいで調整・推進できる力を持つ人です。部門でマネージャーをしている課長クラス以上の人とエンジニアを組み合わせてチームを組成するのも有効かもしれません。
将来の幹部候補人材をITに熟知した「社長の右腕」に育てる
——続いて、「事業やビジネスモデルをITで変革する」フェーズ(デジタルトランスフォーメーション)での取り組みについてもお聞きします。
中矢氏:多くの企業がDXの真のゴールと位置づけるフェーズですね。私が見てきた事例では、製造業の現場で人がチェックしていた品質をAIが担保できるようにし、経費削減や業務効率化を実現したケースがあります。また建築業では、設計や工程管理、資材確保なども含めてすべての業務フローをデジタルで進められるように移行した例もありました。
こうした変革については、外部のITコンサルタントに依頼しているケースがほとんどでしょう。ただ、多くの企業がコンサルに任せているだけでは進まないことに気付き始めています。事業がデジタル化するということは、事業運営の本丸を変えていくということ。すべてを他社に丸投げするのはそもそも無理があるのです。
このフェーズで求められるのは、実働部隊としての高度なIT人材を揃えたチームです。事業運営の先頭に立ち、ITを活用して既存の仕組みを抜本的に変えたり、新たな事業を生み出したりする専門チームとして活躍する組織を設けるということですね。
理想はITに熟知した「社長の右腕」を置くこと。この体制を実現すれば、経営の意思決定をスピーディーに現場へ反映できるようになります。将来的な幹部候補として期待している人材には、早い段階からITスキルを身に付けるためのトレーニングの機会を提供していくべきでしょう。
——本当の意味でDXを進めていくには、中心的な役割を担う人材の配置・育成に加えて、組織全体のITリテラシーを底上げしていくことも重要だと感じます。
中矢氏:そうですね。企業や部署によっては、ITに対する抵抗感がまだまだ残っているところもあるかもしれません。
組織全体で基礎的なリテラシー教育を行っていくことに加えて、目的意識を統一していくことも大切だと思います。ITはあくまでも手段であり、目的は事業成長や業務効率化のはず。そうしたゴールを見据えていることを丁寧に説明し、「IT化しなければいけない」ではなく、「会社をよくするためにITという便利な手段があるよ」と発信していくことが求められているのではないでしょうか。
取材後記
社内SEが担う仕事は、ITに明るい企業でもそうでない企業でも同じ。「それなら、会社としてITへの理解が深く、より面白い仕事ができる環境で働きたい」とエンジニアが考えるのは自然なことだと言えます。DXの実現に向けて、社内にDX人材を増やしていくためにも、育成の環境を構築しながら、経営層が本気になって取り組むことが必要だと感じました。
企画・編集/森田大樹(d’s JOURNAL編集部)、野村英之(プレスラボ)、取材・文/多田慎介
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