ISO30414とは?策定の目的と項目一覧、情報開示の進め方を解説

 ISO30414とは?策定の目的と項目一覧、情報開示の進め方を解説

d’s JOURNAL編集部

ISO30414(読み方:アイエスオーサンゼロヨンイチヨン)とは、従業員が身に付けた能力や経験などを資本と見なす“人的資本”の情報開示について方針を示している、国際的なガイドラインのことです。また、事業者がISO30414に適合していることを認める「ISO30414認証」もあります。

近年では、日本でもISO30414認証の取得を目指す企業が増えつつあります。人的資本経営を目指している企業の担当者は、本記事の内容を人的資本開示に役立ててください。

ISO30414とは?

2018年12月に、国際標準化機構(ISO)が定めた「人的資本に関する情報開示のガイドライン」をISO30414といいます。具体的には、組織が社内外のステークホルダーに対して、自社の人的資本に関する報告を行う際の指針を定量化し、国際的な基準としてまとめたものです。

人的資本は、従業員一人ひとりが持つ技能や資格、能力などから成り立っています。しかし、これらは数値化して表しづらく、客観的な評価が難しいという課題があります。

そこでISO30414では、具体的に、採用、育成、配置、評価、エンゲージメント、ダイバーシティなど、人材をどのように管理・育成しているか11の領域に分け、それぞれを測定指標(メトリック)として整理しています。

その指標を活用することで、本来は数値化しづらい人的資本を定量的に評価できるようになり、結果として企業は自社の人的資本の現状や課題を客観的に把握することができます。

人的資本は、人材マネジメントの結果生まれてくるものなので、人材マネジメントが測定基準に用いられています。人材マネジメントは、採用方針の設計、育成の仕組み化、職場環境の整備、評価・配置などといった一連の取り組みを指し、これらが機能することで、従業員の能力向上や定着、組織全体の生産性向上につながります。つまり、人的資本は日々の人材マネジメントの質によって形成されるものと言えます。

そもそもISOとは

ISOは、スイスのジュネーブに本部のある非政府機関です。国際的な規格を一律に定めることを主な活動としており、商取引に関するさまざまなルールを標準化・規格化しています。
ISO30414のほかにも「ISO9001(品質マネジメント)」や「ISO14001(環境マネジメント)」などを定めています。

人的資本開示とは

人的資本開示とは、企業が自社の人的資本に関する情報を、ステークホルダーに対して定性的・定量的に公開することです。この「人的資本に関する情報」には、従業員一人ひとりのスキルや自社の労働条件、ダイバーシティの状況などが該当します。

従来は「人的資源」という言葉が使われており、「人は資源で、人にかかる費用はコスト」として扱われていました。しかし近年は、「人にかかる費用は大きな成果を生み出すための資本であり、投資の対象だ」と捉えられるようになりました。
その投資のために、企業が人材戦略への取り組みを公開することが「人的資本開示」なのです。

(参考:『人的資本の情報開示とは?取り組み方や実現に向けたポイントを解説』)

人的資本の情報開示における義務化の対象企業とは?

2025年12月現在、日本では、一部の企業を対象に人的資本開示が義務化されています。2023年3月期の決算からは、有価証券報告書を発行している大手企業約4,000社が義務化の対象となりました。

人的資本開示の義務化については、金融審議会の「ディスクロージャーワーキング・グループ」にて、現在進行形で議論されています。将来的には、より多くの企業を対象に人的資本開示が義務化される可能性もあるでしょう。

ISO30414に注目が集まる背景

ISO30414が注目される背景として、主に次の4つのポイントが挙げられます。

1.ESG投資への関心度の上昇
2.コーポレートガバナンス・コード改訂の影響
3.人的資本の重要性の高まり
4.人的資本の情報開示の義務化

それぞれの背景について、さらに詳しく見ていきましょう。

1.ESG投資への関心度の上昇

ISO30414に注目が集まるようになった背景には、ESG投資に対する関心が改めて高まったことが挙げられます。ESGとは、「Environment(環境)」「Social(社会)」「Governance(ガバナンス)」の頭文字を取った言葉であり、具体的には二酸化炭素の排出削減やダイバーシティの推進、積極的な情報開示などが該当します。

ESGの取り組みを行う企業は持続的な成長を遂げていると考えられています。特徴として、企業が社会的な課題と企業活動を一体のものとして捉える点が挙げられます。また、持続可能性という点では「サステナビリティ」や「SDGs」といった概念にも注目が集まっており、ESG投資への関心が高まるきっかけとなっています。

さらに、2020年に発生した新型コロナウイルス感染症の拡大によって、企業経営で人材戦略の重要性が高まったことも一つの要因です。業種によってはリモートワークが当たり前になるなど、はたらき方そのものが大きく変わっているため、企業は変革を迫られているといえます。

そして、その企業に勤めている従業員が、企業の変革を現場レベルで担っているため、人的資本に注目が集まっているのです。企業が持続的な成長を遂げていくためには、人材戦略を含めて経営の在り方を考えなければならないという意識が高まりを見せています。

(参考:『ESGとは?SDGsとの違いやメリット、具体的な取り組みを解説』)

2.コーポレートガバナンス・コード改訂の影響

金融庁と東京証券取引所は、2015年より「スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議」を実施しています。会議の目的は、上場企業のコーポレートガバナンスの強化や、投資家との健全な関係を構築することです。

この会議によって「コーポレートガバナンス・コード」の再改訂、および「投資家と企業の対話ガイドライン」の改訂も、ISO30414が注目を集めるきっかけとなりました。

(参照:株式会社東京証券取引所『コーポレートガバナンス・コード』、金融庁『「投資家と企業の対話ガイドライン」(改訂版)の確定について』)

コーポレートガバナンス・コードでは、企業は自社の資本コストを把握した上で、人材投資をはじめとする経営資源の分配などに関して「具体的に何を実行するのか」を、投資家に対してわかりやすく説明する旨が盛り込まれています。

また、投資家と企業の対話ガイドラインでもコーポレートガバナンス・コードと同様に、人的投資に関する内容が盛り込まれるようになりました。この2つに沿うためにも、多くの企業がISO30414を意識する必要性を感じているのです。

3.人的資本の重要性の高まり

経済産業省が2022年5月に公表した「人的資本経営の実現に向けた検討会 報告書 ~ 人材版伊藤レポート2.0~」の内容も、ISO30414が注目されるようになった背景と大きく関係しています。
(参照:経済産業省『「人材版伊藤レポート2.0」を取りまとめました』)

この報告書には、「持続的な企業価値を向上させるには、ビジネスモデルや経営戦略と人材戦略を連動させることが不可欠である」という旨が記されています。また、企業の経営者は従業員や投資家に対し、自社の人材戦略について積極的に発信・対話することが欠かせません。これらの内容には、先述したESG投資やISO30414と共通する部分も多く見られます。

自社の人的資本の現状を踏まえた上で、適切に人材戦略を行っていく重要性が昨今さらに高まっているということです。

(参照:経済産業省『人的資本経営の実現に向けた検討会 報告書 ~ 人材版伊藤レポート2.0~』)

4.人的資本の情報開示の義務化

国内外での人的資本開示の義務化も、ISO30414への注目の高まりと無関係とはいえないでしょう。

アメリカでは2020年に、SEC(米国証券取引委員会)が上場企業に対して人的資本の情報開示を義務付けるようになりました。また、日本でも2023年3月決算期以降、一部の上場企業を対象に人的資本の開示が義務化されています。

一方で、義務化されているのはあくまで人的資本開示そのものであり、ISO30414の適用が義務付けられているわけではありません。開示が義務化されている項目は限定的であり、ISO30414の事項に全てのっとることは求められていません。

しかし、自社の取り組みをステークホルダーに定量的に示すために、自主的にISO30414に基づいたマネジメントシステムを構築している企業も見られます。

ISO30414に準拠した情報開示のメリット

人的資本の開示が義務付けられていない企業も、ISO30414に準拠して情報を開示することで得られるメリットがあります。

ここでは、以下の主なメリットについて解説します。

●人的資本の状況を的確に開示することができる
●持続可能な企業経営をサポートするため
●採用力の向上が期待できる

人的資本の状況を的確に開示することができる

人的資本の状況を開示することで、ステークホルダーはその企業の人材戦略への取り組みを理解できます。ISO30414では、人的資本の情報開示に関するガイドラインを策定する一つの目的として、「人的資本が組織の成長にどのくらい貢献しているのか、その貢献度を明らかにすること」としています。

日本でも人的資本に関する情報は、統合報告書という形で公表されてきました。統合報告書とは法的に定められた財務情報だけでなく、知的財産や企業の社会的責任(CSR)などの非財務情報をまとめた報告書のことです。

しかし、企業によって基準が異なり、さらに定性的な内容で記載されていたため、あいまいな表現となっている箇所が多かったといえます。一方で、ISO30414では基準が明確に定められており、人的資本を定量化しやすくなったことに特徴があります。

一定の基準で定量化されることで、過去と現在の自社の取り組みを比較したり、競合他社と比較をしたりしやすくなったといえるでしょう。

持続可能な企業経営をサポートするため

ISO30414が定められた目的として、企業経営が持続可能なものとなるようサポートするといった狙いがあります。自社の人材戦略がどのように働いたのかを計測しやすくなれば、効果的な人材戦略に取り組むことができ、企業の成長を助ける働きとなるでしょう。

ISO30414により人的資本の情報開示に関するガイドラインを設けることで、人的資本の状況が企業経営にどのような影響を与えたのか、因果関係がはっきりとしてきます。人的資本が企業活動にもたらす影響を把握することで、従業員の貢献度を最大化するための人材戦略を取りやすくなるでしょう。

特に、世界的に企業活動を行う多国籍企業では、国際標準のガイドラインがあることによって、国境を超えた人的資本に関する情報発信を行いやすくなります。また、データ化できることによって情報管理がスムーズになり、ステークホルダーに対して透明性の高い情報を提供できます。

さらに、人的資本を積極的に活用する企業として評価されれば、人材採用でも優位性を得ることにもつなげられるでしょう。

採用力の向上が期待できる

ISO30414に準じた情報の開示は、採用活動でもプラスに働きます。転職希望者も情報を閲覧できるため、応募先企業を判断するための参考となるのです。

特に、売り手市場の続く近年は、企業が転職希望者に「選んでもらう側」となりつつあります。開示した情報を基に「この企業は人材育成に投資しているから、入社すれば自分も成長できる」と転職希望者に判断してもらえれば、自社が優先的に選ばれる可能性も高まるでしょう。

ISO30414に記載されている11の項目

ISO30414では、11の項目が定められています。

【ISO30414に記載されている11の項目】

項目名 内容
コンプライアンスと倫理 企業活動上でのコンプライアンスや倫理全般
コスト 自社の人材にかかっているあらゆるコスト
多様性 企業の人材の多様性
リーダーシップ 社内でリーダーシップを発揮する人材
組織文化 従業員のエンゲージメント(貢献意欲)など、自社の企業文化
組織の健康・安全・福祉 組織の健康経営に関する内容
生産性 従業員1人が生み出す利益など、人材と利益の関係性
採用・配置・離職 従業員の採用や人事配置
スキルと能力 従業員が持っているスキルや、その向上のために行っている取り組み
後継者育成計画 CEOなど、重要なポジションの後継者の育成に関する内容
労働力 企業が確保している労働力に関する内容

ここでは、それぞれの項目について詳しく解説します。

1.コンプライアンスと倫理

「コンプライアンスと倫理」には、その名の通り、企業活動上でのコンプライアンスや倫理全般が含まれます。具体的には、以下の領域が定められています。

【「コンプライアンスと倫理」の具体的な内容】

苦情の件数と種類 ●不満や相談などを含む「苦情」の件数とその内訳
●苦情に対する企業の取り組みを図る指標
懲戒処分の件数と種類 ●懲戒処分の件数とその内訳
●違反行為や不正行為に対する企業の取り組みを測る指標
コンプライアンス・倫理に関する研修を受けた従業員の割合 ●企業の行動規範やコンプライアンスなどに関する研修を受講した従業員の割合
●倫理・コンプライアンスに対する企業の取り組みを測る指標
外部に解決が委ねられた係争 ●外部の第三者に解決が委ねられた内部係争の数
●内部係争に対する企業の取り組みを測る指標
外部監査で指摘された事項の件数、種類、要因 ●外部監査で指摘された事項の数や種類・発生源、また、それらへの対応
●指摘事項に対する企業の取り組みを測る指標

2.コスト

「コスト」では、給与や人件費をはじめ、自社の人材にかかっているあらゆるコストについての項目を含みます。具体的な7つの領域については以下をご覧ください。

【「コスト」の具体的な内容】

総労働力コスト ●組織が全従業員に対して支出したコストの総額
●労働力の財務価値を測る指標
外部の労働力コスト ●コンサルタントや派遣労働者など、外部の労働力に支出したコストの総額
●外部の労働力の活用状況を測る指標
総給与に対する特定職の報酬割合 ●全従業員の総給与額のうち、管理職や専門職など、特定層の報酬の割合
●職種・階層にかかわらず公平な待遇を提供しているかを測る指標
総雇用コスト ●給与や企業負担の保険料、福利厚生に関する支出など、従業員に対し企業が負担したコストの総額
●雇用に関する費用を網羅的に測る指標
一人当たりの採用コスト ●従業員一人の採用にかかるコスト
●採用活動の効率を測る指標
採用コスト ●採用活動全般にかかる内外のコスト
●「一人当たりの採用コスト」と同様に、採用活動の効率を測る指標
離職に伴うコスト ●従業員理由による離職によって発生するコスト
●離職による支出や機会損失額を測る指標

3.多様性

企業の人材の多様性について測る項目が、「多様性」です。「ダイバーシティ」とも呼ばれます。「多様性」には、以下の5つの領域が含まれます。

【「多様性」の具体的な内容】

年齢 ●年齢層別の労働力の分布を測る指標
性別 ●男女の雇用の割合を測る指標
障害者 ●障害をお持ちの方の労働力の活用を測る指標
その他 ●従業員の国籍や勤務年数など、上記以外の属性でのダイバーシティの実践度を測る指標
経営陣のダイバーシティ ●経営陣の性別や年齢、障害といったダイバーシティの実践度を測る指標

(参考:『ダイバーシティーとは何をすること?意味と推進方法-企業の取り組み事例を交えて解説-』)

4.リーダーシップ

「リーダーシップ」の項目では、社長やCEOといった、社内でリーダーシップを発揮する人材に軸を置いて評価します。

【「リーダーシップ」の具体的な内容】

リーダーシップへの信頼 ●従業員サーベイなどのツールを用いる
●管理職のパフォーマンスや従業員・部下からの評価を測る指標
管理職一人当たりの部下数 ●一人の管理職が直接管理している部下の人数
●マネジメント効率を測る指標
リーダーシップ開発 ●リーダーシップを高めるための研修に参加したリーダー職の割合
●リーダー育成の実践度を測る指標

5.組織文化

従業員のエンゲージメントなど、自社の企業文化に関わる項目を含む領域が「組織文化」です。「企業文化」「組織風土」と表現されることもあります。

【「組織文化」の具体的な内容】

エンゲージメント・従業員満足度・コミットメント ●従業員サーベイなどのツールを用いる
●従業員のエンゲージメントや組織に対するコミットメントを測る指標
従業員の定着率 ●従業員がどれだけ長く定着できる企業であるかを測る指標

6.組織の健康・安全・福祉

「組織の健康・安全・福祉」は、健康経営に関する項目です。以下の4つの領域から成っています。

【「組織の健康・安全・福祉」の具体的な内容】

労災により失われた時間 ●業務によって発生したけがや病気が原因で失われた労働時間
●労働環境の良し悪しを測る指標
労災の件数 ●業務によって発生したけがや病気の件数
●労働環境の良し悪しを測る指標
労災による死亡者数 ●業務によって死亡した人数
●上記2つと同様に、労働環境の良し悪しを測る指標
健康・安全に関する研修の受講割合 ●健康や安全に関する研修を受けた従業員の割合
●健康や安全に関する知識の習得を測る指標

7.生産性

「生産性」とは、従業員一人が生み出す利益など、人材と利益の関係性に関する項目のことです。

【「生産性」の具体的な内容】

従業員一人当たりのEBIT(利払前・税引前利益)・売上・利益 ●従業員一人当たりの業績
●企業の生産性を測る指標
人的資本に関するROI(利益率) ●人的資本に支払ったコストから得られたリターンの割合
●人的資本に対する投資効率を測る指標

8.採用・配置・離職

「採用・配置・離職」では、従業員の採用や人事配置などを評価します。以下の15もの領域を含んでいます。

【「採用・配置・離職」の具体的な内容】

募集ポスト当たりの書類選考通過者 ●募集したポスト、および全応募者のうちの書類選考通過者の数
●採用効率や採用力を測る指標
採用従業員の質 ●採用した従業員の入社前の期待と、入社後の評価の比較
●採用した人材の質を測る指標
採用にかかる平均日数 ●募集開始から転職希望者を受け入れる日までの平均日数
●採用効率を測る指標
重要ポストが埋まるまでの日数 ●重要ポストの募集開始から転職希望者を受け入れる日までの平均日数
●採用効率を測る指標
将来必要となる人材の能力 ●組織にとって将来必要になる人材の能力
●中長期的な人材育成の方針を測る指標
内部登用率 ●内部登用を通して埋まった空席ポストの割合
●自社内での人材の育成・確保状況を測る指標
重要ポストの内部登用率 ●内部登用を通して埋まった重要ポストの割合
●自社内での人材の育成・確保状況を測る指標
重要ポストの割合 ●企業全体の重要ポストの割合を測る指標
全空席中の重要ポストの空席率 ●全空席ポストのうち、重要ポストの割合
●重要ポストへの人材の充当の状況を測る指標
内部異動率 ●組織内の異動の割合
●人材の流動性を測る指標
幹部候補の準備度 ●将来的に重要ポストに就く可能性がある幹部候補の能力、および準備の度合い
●重要ポストに対する後継者の育成状況を測る指標
離職率 ●解雇や人員削減、転職や定年など、理由を問わず離職した全従業員の割合
●従業員の定着度合いや職場環境を測る指標
希望退職率 ●自己都合で退職する従業員の割合
●従業員の定着度合いや職場環境を測る指標
痛手となる希望退職率 ●離職による損失が大きい従業員が自己都合で退職した割合
●痛手となる離職の度合いを測る指標
離職理由 ●離職理由ごとの割合を測る指標

9.スキルと能力

「スキルと能力」は、その名の通り従業員が持っているスキルや、その向上のために行っている取り組みに関する領域です。

【「スキルと能力」の具体的な内容】

人材開発・研修の総コスト ●人材開発や研修で発生したコストの総額
●従業員の教育への投資を測る指標
研修への参加率 ●研修に参加した従業員の割合
●従業員に提供している能力開発の機会を測る指標
従業員一人当たりの研修受講時間 ●従業員一人当たりが研修を受講している平均時間
●従業員に提供している能力開発の機会を測る指標
カテゴリ別の研修受講率 ●研修のカテゴリ(職種・役割など)ごとの受講率
●従業員が適切な研修を受講できているかどうかを測る指標
従業員のコンピテンシーレート ●評価ツールなどを用いて、従業員のコンピテンシーをアセスメントした結果の平均値
●従業員のコンピテンシーを測る指標

10.後継者育成計画

CEOをはじめ、重要なポジションの後継者の育成に関する項目として「後継者育成計画」というものもあります。

【「後継者育成計画」の具体的な内容】

内部継承率 ●重要ポスト数のうち、内部登用者の割合を測る指標
後継者候補準備率 ●重要ポスト数に対する、後継者の候補者の割合を測る指標
後継者の継承準備度 ●後継者の育成・確保の計画性を測る指標

11.労働力

最後の項目は「労働力」です。この項目では、企業が確保している労働力について評価します。

【「労働力」の具体的な内容】

総従業員数 ●直接雇用している従業員の数
●直接雇用の労働力を測る指標
総従業員数(フルタイム・パートタイム) ●直接雇用している従業員を、フルタイムとパートタイムでそれぞれ分けて算出した数
●労働力を測る指標
フルタイム当量(FTE) ●全従業員をフルタイムに換算した場合、「何人分に該当するか」を測る指標
臨時の労働力(独立事業主) ●個人事業主として契約している外部労働者の数
●外部の労働力の活用状況を測る指標
臨時の労働力(派遣労働者) ●外部の組織が雇用する外部労働力(派遣労働者)の数
●外部の労働力の活用状況を測る指標
欠勤 ●突発的な欠勤(病気やけが、個人的な事情などによるもの)の発生率を測る指標

ISO30414に基づいた情報開示の進め方・手順

ISO30414に準拠した情報開示を考えているのであれば、以下の手順で進めると良いでしょう。

【ISO30414に基づいた情報開示の進め方】
1.情報開示の目的整理と指標の策定
2.データ収集を行う
3.KPIを明確にする
4.データにアクセスできる仕組みを整える

1.情報開示の目的整理と指標の策定

まずは「なぜISO30414に基づいて情報を開示する必要があるのか」を改めて考え、目的を整理するところから始めます。なぜなら、目的や自社の経営方針、規模などによって「どの情報を優先的に開示するか」は異なってくるためです。

実は、ISO30414で定められている全ての項目を開示する必要はありません。「情報開示の目的は何か」「その目的を達成するためには、ステークホルダーにどのような情報を開示すれば良いのか」をしっかりと洗い出しましょう。

2.データ収集を行う

ISO30414で掲げられている項目に関するデータは、人事に関するものだけではありません。財務や従業員の健康、コンプライアンスに関するデータなどを集めるには、他の部署との連携が欠かせません。

特に人材に対する投資がどれくらい行われているかを判断する指標が多いため、売上・利益・コストといった基本情報を押さえておく必要があります。従業員エンゲージメントやリーダーシップへの信頼といった定性的な内容については、支援ツールなどを活用して、定量化しておくとスムーズです。

3.KPIを明確にする

データをある程度収集したら、次はそれぞれの数値の関係性についてチェックしていきます。ISO30414のどの項目・指標に該当するかを確認し、自社のKPI(重要業績評価指標)となっているかを確かめます。

ポイントとしては、指標同士の関連性にも注目する点が挙げられるでしょう。例えば休暇の取得日数が増える(原因指標)ことで、従業員エンゲージメントが上がる(結果指標)などの関係性を細かくチェックすることが大事です。

4.データにアクセスできる仕組みを整える

ISO30414では、単に人的資本に関する情報を開示することだけが目的ではなく、それらの公開した情報を実際のマネジメントに活かせているかどうかという点が重要です。データを収集して公表することに意識が向くあまり、具体的な施策として活かすことを忘れないようにしましょう。

BI(ビジネスインテリジェンス)ツールを使えば、リアルタイムで必要なデータにアクセスできる環境を整えられます。情報にアクセスしやすい環境整備にも努めてみましょう。

ISO30414の認証を取得する方法

ISO30414の認証を取得するには、認証機関による審査をクリアする必要があります。具体的な手順は以下をご覧ください。

【ISO30414の認証を取得する手順】
1.認証機関に相談する
2.ISO30414の開示項目に従い、自社の情報をまとめる
3.ISO30414の認証審査を申請する
4.審査を受ける(データ確認・インタビュー・実態調査)

認証取得までにかかる期間の目安は、約半年~1年程度です。なお、一度取得してからも3年ごとに再審査が行われます。
また、認証取得にあたって受けるコンサルティングの費用や審査費用、更新費用など、さまざまなコストが発生するため、事前に見積もりをとっておくことをお勧めします。

ISO30414が活用できる企業・組織の種類

ISOの公式ブログによれば、ISO30414は上場企業だけでなく、中小企業や行政機関を含むあらゆる規模の組織体に適用できるとされています。

それぞれのケースで、どのように活用できるのかを解説します。

【ISO30414が活用できる企業・組織】
●上場企業の場合
●上場を目指す企業の場合
●中小企業の場合
●行政機関や自治体の場合

上場企業の場合

ISO30414は、上場企業にとって重要なガイドラインとなるものです。すでに世界で事業展開を行っている企業であれば、人的資本の情報開示は早めに取り組むべき課題です。

アメリカでは、2020年8月にSEC(米国証券取引委員会)が上場企業に対して開示を義務化しており、ほかの国でも今後同様の動きが見られる可能性があります。人的資本の情報開示はあらゆるステークホルダーに影響を与えるものであり、企業経営で欠かせないものとなるはずです。

逆にいえば、ISO30414に沿った人材戦略を持っていなければ、人材の採用や企業投資を呼び込む場面で不利にはたらくこともあります。場合によっては、企業イメージの低下につながる恐れもあるため、速やかに検討していくことが大切です。

上場を目指す企業の場合

今後上場をして、多くの資金を集めたいと考えている企業にとっても、ISO30414は重要なガイドラインとなります。国内外の投資家の多くが人的資本について高い関心を寄せているため、人的資本の情報開示に基づいた人材戦略に取り組んでおくことは資金調達をスムーズに行う流れをつくりやすくなるでしょう。

また、上場企業であれば企業風土を変えるために多くの時間を必要とする部分がありますが、これから上場を目指す企業であれば、柔軟な対応を行いやすいともいえます。自社の現状を把握した上で、まずは取り組みやすいものから少しずつ整えていくことが大事です。

中小企業の場合

ISO30414は上場企業やそれに準じた企業だけの話ではなく、中小企業にも関係がある点に注意が必要です。アメリカをはじめとして多くの企業が人的資本の情報開示を行う流れの中では、大手企業や海外企業と取引を行っている中小企業にとっても重要性は増してきます。

また、企業にとって人材戦略を見直すことは、今後の成長にも影響してくる部分であるため、経営課題として取り組むことはプラスとなるはずです。やみくもに人材戦略に取り組もうとするよりも、定性的・定量的なデータを基に人材戦略を決めていくほうが具体的な施策の実行につなげやすいでしょう。

ISO30414は人的資本や人材戦略を考える上で、一つの参考となる指標であるため、自社の取り組みの一環として活用してみると効果的だといえます。

行政機関や自治体の場合

行政機関や自治体でも、ISO30414は活用できる部分が多くあります。実際にISOも「行政機関や自治体が組織の状態を把握し、成長戦略を練るために、ISO30414が活用できる」と提唱しており、積極的な活用が期待されています。

人材をどう活かしていくかという話は、民間企業だけでなく行政機関や自治体でも重要なポイントです。行政が担う役割が大きくなるほど、民間の人材を活用する機会も多くなります。こうした背景を踏まえ、ISO30414は参考になる指標の一つと言えるでしょう。

現状のISO30414の取り組み状況

ここで、国内外それぞれのISO30414の取り組み状況についても把握しておきましょう。

【現状のISO30414の取り組み状況】
●海外での取り組み状況
●日本国内での取り組み状況

海外での取り組み状況

アメリカでは、2020年8月にSEC(米国証券取引委員会)が上場企業に対して、人的資本の情報開示を義務化しました。ただし、この義務化では、開示する項目や分量は明確に定められていません。

2025年現在、米国連邦議会では、「企業の情報開示についてはISO30414に準じる」という旨を明記した法案が審議されています。この法が成立すれば、アメリカの上場企業はISO30414に準拠して情報を開示することが義務付けられるということです。

また、欧州では2017年度より、従業員数500人以上の上場企業は人的資本情報を開示する旨が義務付けられており、今後は全ての上場企業が対象となる見込みです。なお、ISO30414への準拠に関しては、現状では任意となっています。

日本国内での取り組み状況

日本国内では、先述のコーポレートガバナンス・コードや人材版伊藤レポートのほかにも、情報開示に関する動きがあります。2022年8月に政府が発表した「人的資本可視化指針」では、開示すべき情報の分類基準が示されており、さらにISO30414が人的資本の開示に関する基準の一つとして記載されています。

そして2023年春からは、有価証券報告書を発行する約4,000社の大手企業を対象に、人的資本の情報開示が義務化されました。この義務化では、ISO30414への準拠は必須となっていませんが、今後は欧米諸国と同様に日本国内でも多くの企業がISO30414に基づいて情報を開示していくことも考えられます。

(参照:内閣府『人的資本可視化指針』)

国内のISO30414取得企業の事例

2023年時点では、日本企業でISO30414を取得している事例はまだ少ないですが、すでにいくつかの企業では導入が始まっています。具体的な事例を紹介します。

【ISO30414を取得した国内企業】
●株式会社リンクアンドモチベーション
●豊田通商株式会社

株式会社リンクアンドモチベーション

株式会社リンクアンドモチベーションでは、2022年に「Human Capital Report 2021」を発行し、ISO30414に沿ってデータ収集を行うだけでなく、経営戦略としてどのように活かしていくかがわかりやすく記しています。2022年3月には、日本で初めてISO30414を取得したことでも注目されている企業です。

組織人事コンサルタントのパイオニア企業として、多くの企業の変革に携わっている点も特徴的です。同社は創業から一貫して、従業員エンゲージメントの向上に努めてきました。

国内外の企業に対する従業員エンゲージメントの向上、投資家への有益な情報開示などをより積極的に進めるために、ISO30414の認証取得に至ったといえます。

(参考:株式会社リンクアンドモチベーション『Human Capital Report2021』)

豊田通商株式会社

豊田通商株式会社はトヨタグループの総合商社ですが、2022年10月に卸売業としては初めてISO30414の認証を取得しました。人財開発・健康経営・人権尊重など多岐にわたる取り組みを行い、定量的な情報を収集して活用することに積極的な動きを見せています。

「Human Capital Report 2022」では、全35ページに及んで人的資本に関する定量情報がまとめられています。以前から人財価値の向上に努めてきた企業ではありますが、認証を取得したことによって、さらに前向きな取り組みが行われることが期待されています。

(参考:豊田通商株式会社『Human Capital Report 2022』)

ISO30414の今後の動向について

先述の通り、アメリカでは2020年に上場企業の人的資本の情報開示が義務化されるようになりました。義務化にあたって、情報開示の基準として、今後より多くの企業がISO30414に準拠していくこともあるでしょう。
日本国内でも、義務化が進むことで実質的にISO30414への準拠が進んでいくかもしれません。

また、ISO30414は2025年の春に改訂が行われ、指標が58から69に増え、その69指標のうち14指標の基準を満たした上で開示することが必須となりました。ほかにも、独自指標の追加が推奨されるといったいくつかの変更がなされています。この変更により、AIやHRテクノロジーの利用、ガバナンス強化などの観点が新たに加えられ、企業にとっては、人的資本経営を実現するための有効な取り組みを促進できるきっかけとなります。

このことから、ISO30414は今後もより現場の実態に即した改訂が行われていくことも考えられます。

ISO30414に関するよくある質問

最後に、ISO30414に関してよく寄せられる質問に回答します。

【ISO30414に関するよくある質問】
●ISO30414の認定取得は義務ですか?
●ISO30414を取得している企業数はどれくらいありますか?

ISO30414の認定取得は義務ですか?

いいえ、義務ではありません。2025年現在、一部の上場企業に義務付けられているものは、あくまでも「人的資本の情報開示」です。

適切に情報が開示されていれば問題ないため、ISO30414に準拠する必要はありません。ただし、ISO30414に準拠した開示はステークホルダーからの注目度も上がっているため、ISO30414認証の取得自体にはメリットがあるといえます。

ISO30414を取得している企業数はどれくらいありますか?

正確な企業数はISOが一覧を公開していないため、算出できません。しかし、2024年9月30日に株式会社電通総研が「世界で22社目の取得」と報じられているため、現時点では最低でも22社あると考えられます。

まとめ

ISO30414は、人的資本の情報開示に関する国際的な標準規格です。ESG投資やSDGsなどに対する関心の高まりや新型コロナウイルス禍による影響などから、企業の人材戦略の在り方に注目が集まっています。

企業が持続的な成長を遂げるには、経営資源の一つである人材をどのように活かすかが大事なポイントになります。また、アメリカの上場企業には人的資本の情報開示が義務化されるといった流れが出てきており、今後は多くの国や地域で企業がどのように人材戦略と向き合っているかが問われるでしょう。

そして、ISO30414は大手企業や上場企業だけでなく、中小企業や行政機関などにも関わりがあるものです。組織の中で、人材をどう活かしていくかは共通するものであるため、今後も注目されるテーマだといえます。

(制作協力/株式会社eclore、編集/d’s JOURNAL編集部)

【日本語訳】ISO30414(人的資本に関する情報開示のガイドライン)の管理項目

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