鉄道インフラはなぜキャリア人材を必要とするのか。外国籍人材採用も積極受け入れ中の静岡鉄道。その活況の要因と地方創生の勝ち筋を探った

静岡鉄道株式会社

人事部 人財採用課 兼 未来事業創造部 GX・新規事業推進課 課長
住吉 昂太(すみよし・こうた)

プロフィール
静岡鉄道株式会社

人事部長
清水 寛人(しみず・ひろと)

プロフィール
静岡鉄道株式会社

人事部 人財採用課
Tsedendamba Gankhulug(ツェデンダンバ・ガンフルゲ)

プロフィール
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  • 多角的に事業展開するに当たって「総合職」のキャリア採用をスタートさせた
  • 静岡由来の企業5社での合同研修会、行政と連携して運転体験会&移住相談ツアーなど開催。県内外から応募者倍増する結果に
  • 外国籍人材の積極採用。初の外国籍 人事・採用担当者の誕生など、ダイバーシティーへの取り組みも強化

静岡鉄道株式会社(本社:静岡県静岡市葵区/取締役社長:川井敏行)は、鉄道事業をはじめ、地域に根差した事業を多角的に展開する。

移動が制限され、社内に閉塞感が立ち込めたコロナ禍に、組織の風土を変化させるための取り組みをスタート。採用戦略・人事戦略の特長は、「自社による、自社のための採用活動」ではなく、他社や行政と協業しながら行う点だ。今回は、静岡鉄道の採用戦略・人事戦略について、担当者に話を伺った。


創業100年以上、静岡名産「お茶」の輸送に関わる軽便鉄道から発展した企業

――まず、静岡鉄道について教えてください。

住吉 昂太 氏(以下、住吉氏):静岡鉄道は鉄道事業以外にも、不動産、ホテル、自動車販売、介護、レジャー事業などと幅広く展開し、静岡県に住む人々の生活を支える企業として存在しています。

その歴史も古く、100年以上前に静岡の名産である「お茶」の輸送に関わる軽便鉄道を継承したことをきっかけとして、現在のように地域の皆さまの足となる役割も担うようになりました。そのほかにも、人々の生活を豊かにする事業を多角的に拡大しています。

――鉄道会社には各社、独自の特色があります。静岡鉄道はどのような個性をお持ちでしょうか。

住吉氏:静岡市内を走る「静岡清水線」の路線距離は約11キロメートル。また、静岡市の中部エリアでは、静鉄グループの乗合バスやタクシーが、地域の方の通勤や通学を支えています。さらに、スーパーマーケット事業ホテル事業介護事業など、人々の生活にまつわる事業をさまざま行っている点が、静岡鉄道の特色と言えますね。まさに「まちづくりを行う会社」といった具合です。


国外の採用活動も展開。企業単体だけでなくその土地・環境も魅力化してPRしていく人材戦略

――御社の採用についてお伺いします。近年では新卒だけでなくキャリア採用にも注力されています。その背景について教えてください。

清水 寛人氏(以下、清水氏):2000年前後から保険事業やレストラン事業などの子会社化が進み、2002年に当時の自動車部(バス事業)が分社化したことで、不動産事業を中心としたキャリア採用が行われるようになりました。

その後、介護事業、ホテル事業、民間学童保育事業、フローラル事業などの新規事業を開始する際に、より専門的な人材を採用する必要が生じたため、専門職のキャリア採用を積極化したことが始まりです。

また、グループ全体をけん引していくような、いわゆる総合職(同社ではゼネラリストと呼ぶ)については新卒を中心に採用していましたが、「これまでの経験や個性を活かして、グループ全体に新しい風を吹かせてほしい」と考え、総合職においても積極的にキャリア採用も行うようになりました

――採用で重視していることや求める人物像についてお聞かせください。

住吉氏:キャリア採用については、「新しい風を吹かせ、静鉄の風土をアップデートしてくれる可能性のある方」を求めています。

その人らしさやそれまでの経験を活かせる多様な個性を持ちつつ、チャレンジに貪欲なスタンスを重要視しているわけです。また、地域づくりに関わる当社の業務はチームプレイが多いため、個性を出しつつも、他者と協働することも求められますね。

また、これまでは「技術職」「経理職」といったポジション単位で求人を行っていました。パーソルキャリアの転職求人サイト「doda」のような求人メディアの活用もしました。

求人メディアでの展開により好調に採用獲得できている背景も伴って、22年度からは「総合職」のキャリア採用もスタートさせました。お伝えしたような求める人物像を定めたとき、さまざまなポジションを経験できる「総合職」の募集が、より多様な人材に集まってもらえるだろうと考えたからです。

――先ほどキャリア採用の話がありましたが、どのような経歴の方がいらっしゃるのでしょうか。入社する方の傾向があれば教えてください。

住吉氏:直近ですと、地方でローカルベンチャーの新規事業に携わっていた方大企業でデータマーケティングをしていた方起業経験のある第二新卒の方など、実に多様な経歴の社員が集まり、それぞれの経験を活かしています。

――採用ブランディングと認知度向上については、どのような手法をとっていますか。県外の候補者へのアプローチもされていますか。

住吉氏:例えば、首都圏から静岡県に移住・就労すると、行政から支援金が支給される制度があります。ですから、県外の候補者については、行政連携のもと移住促進施策などと連携して採用活動を行っています。行政をはじめ官民を超えてさまざまな機関と協力することにより、採用候補者に静岡へ来てもらえるような取り組みを実施していますね。

また、最近では国内だけにとどまらず、国外からも採用候補者を集める活動も積極的に展開しています。

――県外だけでなく「国外からも」ということですが、国外の採用活動はどのように実施されていますか。

清水氏:静岡県が主催する、人材と県内企業の交流会や採用マッチングの場を活用しています。例えば、公益社団法人 静岡県国際経済振興会という、静岡県には海外からの留学生の就職をサポートする社団法人があり、こちらが地元企業との貴重な接点となっています

直近の実績では、モンゴル、インドの方と現地やオンラインでの面接採用会をすでに実施しており、そうした機会を活用してこれまでにない新しい出会いを求めて展開しています。

――静岡鉄道は利用者の移動を支えていますが、昨今は「運転手不足」という課題を抱えている企業が増えています。御社では、どのように採用のプロモーションを行っていますか?

清水氏:おっしゃるとおり、各社で運転手が不足する問題が起こっています。当社でも対策をと知恵を絞り、「静鉄グループ合同運転体験会」を採用活動の一環として実施しました。

静鉄グループの自動車学校内に、タクシーやバス、トラックを扱うグループ会社を集め、すべての車両に乗ることができる、という企画です。他の私鉄企業がこの取り組みを行っていると聞き、「当社でもやってみよう」という話になったのがきっかけです。

――合同運転体験会の反響はいかがでしたか?

住吉氏:前回(2023年12月)に実施した際には、想定以上に県外の方が参加され、中には遠方から足を運んでくださった方もいました。運転に関心があっても、体験できる場はほとんどないということで、運転に関心を持つ方が多いことがわかりました。

体験会イベントの結果、複数名の方の入社にもつながりました。移住体験ツアーに運転体験を組み込んだり、行政の移住支援センターでちらしを置いてもらったりしています。グループ会社合同で運転会を実施するといろいろな車両の体験ができるため、人が集まりやすいのだと思います 。


■静鉄グループが開催する「移住相談ツアー」「運転体験会」のフライヤー(一部抜粋)

外国籍人材の積極採用。日本の企業に誘致するための秘策は「魅力付け」にあり

――外国人の採用は、一般的な採用とは異なるアプローチが必要だと思います。円安などの要因により、給与面でも日本で働く魅力が薄れていると言われています。御社が求める魅力的な人材に日本で働いてもらうための課題はありますか。

清水氏:静鉄グループで全体の従業員数はおよそ8,000人です。 その内外国籍従業員の割合は80名ほどですので、わずか1%とまだまだこれからという状況です。

おっしゃるとおり、日本人中心の仕事の進め方や価値観が基本にあるため、外国籍の方が力を発揮できるような環境づくりも課題です。

住吉氏:私たちはグローバルな視野を持った方が、静岡に魅力を感じ、移住して働きたいと思ってもらえるかどうかが大切だと考えています。

つまり会社の就労制度や待遇についてはもちろん国際的な視野を持ちながら調整していく必要はあると思いますが、それよりも大事なことは「この土地で暮らしてみたい」と思える環境であるかどうかだと――。

静岡県には、国内外問わず魅力的な名産やスポットが数多くあります。だからこそ行政と協業しながら、静岡の魅力を伝えていくことを会社としてもやっていきたいですね。

――自社だけでなんとかしようというのではなく、行政などほかの機関と連動していくことが大切、ということですね。


■モンゴル出身の静鉄人事担当者。その目は日本の何を見る――?

――本日は、人事部のツェデンダンバ・ガンフルゲさんにも取材に同席いただいています。モンゴル出身のツェデンダンバさんが静岡鉄道と出会い、入社に至った動機や背景をお聞かせください。

ツェデンダンバ氏:私は以前日本で3年半の間、働いた経験があります。その後、モンゴルに帰国して5年間働きましたが、「また日本で働きたい」という想いが強くありました。日本に来るチャンスを見計らっていましたが、コロナの影響でなかなか機会がありませんでした。

そんなとき、日本での就業を希望する人のために、モンゴルで就業フォーラムが開かれることを耳にし、この機会を逃すまいと参加しました。そこで静岡鉄道とのご縁をいただいたのです。

静岡と聞いてイメージするのは「富士山」です。モンゴルでも、富士山を知らない人はいないぐらい有名ですし、採用通知をいただき、静岡で働けると聞いたときは、とてもうれしかったです。

――実際に静岡に暮らしてみていかがですか。

ツェデンダンバ氏:静岡鉄道で働くために再来日して以来、たくさんの人に助けてもらっています。自分自身が会社の電車で移動するときももちろんたくさんの助けがあるのですが、そのたびに「皆さんの暮らしを支える静岡鉄道で私は働いているのだ」という自覚と誇りをいつも感じています。

以前は東京で1人暮らしをしていましたが、静岡は住み心地がとても良く、住む場所も快適で気にいっていますね。いつも富士山を見ながら生活できることもお気に入りのひとつとなっています。


合同研修の実施で「競合と協業」環境を実現。自社の魅力付けも格段にレベルアップ

――続いて社員育成ですが、静岡鉄道では他社と合同で行う「越境研修」を実施されていると伺いました。

住吉氏:静岡にひもづいた有力企業(静岡ガス、静岡銀行、鈴与、スター精密)に声をかけ、3年ほど前から5合同での研修を行っています。

研修内容はその都度変わりますが、基本的には地域課題に関する内容です。地域の中小企業が抱えている課題やSGDsの課題に向き合い、自社のリソースを活用してどう解決できるかを議論したり、着手できる解決法があれば共に実践したりしています。

どうすれば静岡に住む人々の生活を豊かにできるのか、どのように県外から静岡に人を呼び込むか、というようなビジョンを共有し、協力しながら研修を進めていく感じです。

採用面においては競合しあうという懸念もありますが、協働するメリットも大きいのです。

――「とりあえず研修をやりました」ではなく、実践につなげていくところが素晴らしいですね。人事・採用担当者の合同研修も実施されているのでしょうか。

住吉氏:はい。人事・採用担当者向けの研修としては、7社で合同研修を実施しました。

テーマは、「自社の魅力の伝え方」です。東京から話し方トレーニングの講師に来ていただいて、人事・採用担当者がスピーチのトレーニングを受けました。最終日には、採用説明会を想定した自社の魅力をプレゼンしあう機会があり、これがとても良い学びになりました。

また、担当者同士の横のつながりができて情報交換をすることで、静岡エリアの採用がレベルアップしたように思います。

――御社を含め「魅力の伝え方」は参加企業の課題だったのでしょうか。

住吉氏:会社や静岡の魅力を伝える際、以前は、人事・採用担当者にやり方はお任せしていたのですが、高い質で再現性を保つためには伝え方の「型」を共有しておくことが大事だと考えました。

例えば、トレーニングを受ける前までは、事実を淡々と述べる話し方だったのが、トレーニング後は「ストーリー」を意識しつつ、人事・採用担当者自身の経験とひもづけて語ることができるようになり、ぐっと魅力が伝わりやすくなったと思います。


鉄道インフラ企業が目指す人的資本経営。キーワードは「組織効力感」

――御社が目指す組織の在り方や、取り組みが何かあれば教えてください。

住吉氏:チャレンジを促す風土醸成と、「組織効力感」の高い組織づくりを目指しています。そのためにまずは「心理的安全性」にまつわる取り組みを始めています。

きっかけは、コロナ禍で組織内に閉塞感が漂っていたことでした。移動が制限され、鉄道会社の存在意義を問われていた時期に改善案を出しても、「今は無理だな」という結論になってしまうことが多かったのです。

ただ「こうしたい」「これをやろう」という声を増やしていくためには、地位や立場にかかわらず、小さなことでも率直に意見を交わせる環境が重要です。

「意見を発信して実行する」という小さな成功体験を積み重ねていくと、それはやがて「自分たち静岡鉄道なら変えていける。より良く改善していける」という自信につながり、組織効力感が高まっていくと考えています。

――ともすると鉄道会社は保守的なイメージを伴いますが、静岡鉄道では、革新性や成長性を大切にされているように感じました。コロナ禍をきっかけに変わろうと思ったのか、それ以前から変化の兆しがあったのか、どちらでしょうか。

清水氏:2021年に会社トップが変わったこともひとつのターニングポイントだったと思います。住吉が申したように、移動の制限があったコロナ禍では、組織内に閉塞感がありました。

そんな中でも組織や風土は変えられるのではないかということで、当時役員だった社長も組織改革プロジェクトの「応援団長」として私たちの活動一つ一つを支援してくれました。それも新たな取り組みが軌道に乗っている要因だと思いますね。

住吉氏:現場の社員からのボトムアップに対し、トップからの支援もあり、双方からの働きかけがあったイメージです。有志の部署横断チームが数多く立ち上がり、それに対してトップが応援する、という構図が出来上がったのです。

――人材の流動化が進んでいます。副業や離職についてはどのようなスタンスでいらっしゃいますか。

清水氏:当社としては、もちろん当社で働き続けていただきたいのですが、別の機会を求めて会社を離れる社員がいることも事実です。それについては「外で経験して、いつでも戻ってきてほしい」というスタンスでいますし、実際に戻ってくる社員も複数人います。

また、社外の経験を通じて視野を広げたい人のために、副業も解禁しています。当社では、静鉄版副業制度を「xRail(クロスレール)」と呼び、本業と副業が線路の交差のようにシナジーを生むという思想で運用しています。

外の世界で見たことを静鉄グループに還元していただきたいと思いますし、「静鉄グループならさまざまな経験が活かせる」という組織でありたいですね。

――「成長」と「挑戦」を大切にされている静岡鉄道として、今後どうなっていきたいですか。また、社員に求めることも教えてください。

清水氏:グループ全体で「モビリティ変革」「DX・マーケティング」「環境」を重要テーマとするという、長期経営構想があります。

社員が変革を導く人材に成長するために、現状に満足せずに、いろんなところに飛び込んで変化に対応し、なおかつ自らも変化できるように、学び続ける姿勢を大切にしてほしいと思います。

「このグループならやりたいことがかなえられる」「組織として成長できる」――。こういう組織効力感を持てる会社であり続けるために、今後も努めてまいります。

――ありがとうございました。

【取材後記】

静岡鉄道の事業は、静岡に住む人々の「生活を支えること」「生活を豊かにすること」という2つの柱で成り立っている。交通インフラとして直接的な事業だけでなく、行政や企業と協働して地域課題と向き合い、その取り組みを積極的に発信しているのが特徴的だ。
人は、「楽しい」と「にぎわい」がある場所に集う。働く楽しさ、働きがい、地域のにぎわいを生み出し、自社のみならず、静岡全体の活性化を目指している点は静岡鉄道の強みだ。そうした要因が同社のみならず、静岡由来の企業、そして地方創生へと良いシナジーを生み出していることは間違いない。

[企画・取材・編集/鈴政武尊・d’s JOURNAL編集部、制作協力/シナト・ビジュアルクリエーション、吉沢やまと・CMYK Group]

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