人事部のない企業。それは意識変化を促すインフルエンサーを育て、昨対比700%の成長を果たす組織だった

株式会社デジタルアイデンティティ

代表取締役社長
鈴木謙司

プロフィール

広告、SEO、マーケティング、CRMなどのツール提供、Webサイト制作、オウンドメディアの構築・運営など「端から端まで」と標榜するとおり、デジタルマーケティング領域のサービスを網羅的に手掛ける、株式会社デジタルアイデンティティ。

2009年に創業すると瞬く間に成長し、2016年にマザーズ、2018年には東証一部に上場。積極的なM&Aによるホールディングス化も果たし、グループ全体の従業員数は約700名、売上高は毎年右肩上がりで成長を続け、直近2021年12月の業績は166億円を突破している。

このような急成長を遂げてきた背景には、幹部候補人材を見抜き、キャリアの乏しい段階から育成する「コミット&チャレンジ(通称コミチャレ)」なる制度の存在が大きいと、代表の鈴木謙司氏はコメントする。

実際にこの制度を活用し、スピーディーな成長を遂げている西村潤哉氏にも同席いただき、話を聞いた。

スキルの伴っていない若手社員にマネジメント業務をチャレンジさせる

――早速ですが「コミチャレ」について聞かせていただけますか。具体的に、どのような制度なのでしょう。

鈴木謙司氏(以下、鈴木氏):簡単に説明すれば、いわゆる飛び級制度になります。自薦他薦問わず、現在のポジションよりも上の等級の業務を実際に体験(挑戦)できます。期間は半年間、チャレンジが成功すればそのまま挑戦したポジションに昇格となります。

当社の組織体制は上図のように、プロフェッショナル職(以下、P職)、マネジメント職(以下、M職)と大きく2つに分かれており、例えばP職の一番下、P1職のいわゆる新入社員が、P3職に挑戦することができます。

そして最も多いケースですが、同じくマネジメント経験のまったくないP1職のメンバーが、まさに飛び級でM3職にチャレンジすることができます

――実際の業務で挑戦させるのですか?

鈴木氏:はい、リアルに動いているプロジェクトを任せます。例えばP1職のメンバーがM3職に挑戦したとします。当社では通常1人のメンバーが複数、3つほどのプロジェクトを兼務しているので、まず、その通常業務を引き続き行ってもらいます。

加えて、M3職の業務であるマネジメント業務。具体的には自分と同じように、複数のプロジェクトを担当しているP職のメンバー数名のマネジメントを担ってもらいます。つまり、自分が主導で進めるプロジェクトはもちろん、10を超えるプロジェクトのマネジメント業務を、同時にこなしてもらうことになります。

――できるわけがないと思いますし、プロジェクトの進行が遅れるなどして、会社にとって大きなリスクとなるのではありませんか。

鈴木氏:おっしゃるとおり、できるわけがありません(笑)。業務量は数倍にもなりますし、それまで経験したことがないマネジメント業務に挑戦していますからね。そのためプロジェクトの選定に相当気を使っていますし、私も含めた経営メンバーが常に目を配り、トラブルがないよう注意を払っています。

深い関係性が築けているクライアントの場合には、制度を実施していることや、ご迷惑をおかけするようなことがあるかもしれないということを、事前に伝えておくような場合もあります。

本来あってはなりませんが、実際のマネジメント業務では、進行が遅れて先方に謝罪に行くこともありますよね。そのような経験をしてもらいたい、という思いもあります。

中途でマネジメント人材が採用できない状況からアイデアは生まれた

――なぜそのようなリスクを冒してまで、同制度を実施しているのでしょう。

鈴木氏:将来会社を担ってくれる中核人材を短期間で育成したいと考えているからです。当社は創業当時から会社の規模拡大を掲げていて、現在は達成した上場も踏まえ、より大きな規模の組織に成長したいと考えています。

ところが創業してから3、4年が経過し、メンバーが40名ほどになったころ、成長スピードが鈍化していることに気付きました。創業当初から会社をけん引してきた経営層だけでは、成長スピードがイメージと比べ遅いことが理由でした。

厳しい言い方になりますが、既存メンバーの中には、経営人材に成長しそうなメンバーは見当たりませんでした。もちろん、プロフェッショナル人材として優秀なメンバーは大勢いましたが。

そこで外部から招き入れようと、優秀な幹部人材を中途採用しようと思ったのですが、世に知られていないベンチャーにジョインしてくれるような人はいません。それで、新卒を採用して育てた方がよいのではないかと考えたわけです。

――なるほど。ところで制度の立案においては、他企業の制度やケースなどを参考にされましたか。

鈴木氏:いえ、特に参考にはしていません。というのも当社では、人事戦略はそのまま経営戦略に結びつくという考えから、経営陣がコミットすると創業来決めているからです。そのため当社には、明確に人事部という組織が存在しません

ですから今後成長するためには、どのような人事制度を実施すればいいのかを経営陣が考え、議論を重ねていき、その結果生み出した制度になります。

このような流れで生まれた制度ですから、構想自体は2013年ごろから描いていましたが、当初は解像度が低く、構想から約3年後の2016年よりスタートすることになりました。

ギャップに気付き右往左往する環境がポテンシャルを開花させる

――これまで14名が挑戦して7名が合格、その後ももくろみどおり、中核人材に成長されているそうですね。実際にやって得た成果を聞かせてください。

鈴木氏:いわゆる「習うより慣れよ」。実際に業務を経験することによる“気付き”が、加速度的に成長を促していると感じています。マネージャーの仕事ぶりは普段から見ていますし、挑戦する前にはより深く観察したり、マネージャーにロープレのようなトレーニングを受けたりしてから参加する者もいます。

でも、見たり聞いたりしていたのと、実際にやったのでは大きく異なり、そのギャップに気付くのが大事です。同時に、右往左往し脳をより活動させることで、成長してもらいたいという狙いもあります。必然的に他のメンバーのスキルを見ることにもなりますから、プロフェッショナルとして自分のスキルが乏しいことに気付く効果も絶大です。

そして経営会議にも参加してもらいますから、それまでの上からやらされている感から、自分が会社を動かしているという経営者意識も芽生えます。このようにさまざまな気づきを得る中で、もともと持っていたポテンシャルが開花し、急激に成長していくと考えています。

――実際にコミチャレを経験された西村さんの意見を聞かせてください。

西村潤哉氏(以下、西村氏):シニアマネージャーとなった今でも感じていることですが、メンバー一人一人仕事に対する価値観や、目指すべき成果やキャリアが異なっています。加えて、モチベーションのフックも、同じくそれぞれ異なっている。

プレーヤーであれば、自分が頑張りさえすれば成果はついてきますが、マネージャーではそうはいかないことを、コミュチャレに挑戦した当初は痛感していましたね。

私自身は他人に相談するタイプではないのでしませんでしたが、もともと所属しているチームのマネージャーや、経営会議の席でチャレンジ中にぶち当たった壁やトラブルの解決策を経営陣に相談することができます。

鈴木氏:マネジメント業務の難しさを肌で感じることで、直属のマネージャーに対して尊敬の念を抱くようになる、挑戦しているメンバーの成長ぶりを間近で見ることで他のメンバーも感化され、自分もより成長したいと思うようになる。このような副次効果も生まれています。

いわゆる働き方のインフルエンサーですね。こうした内部からの意識変化で、チームや組織はより高い次元で成長していくことができるのです。あるチームは売上昨対比で700%の成長を果たしました。

また会社全体で挑戦者を応援する機運が生まれるなど、コミュニケーションの醸成にもつながっています。今では採用活動の段階から大きく同制度を打ち出しているので、成長意欲が高かったり、チャレンジングなマインドを持っていたりする学生が、以前にも増して当社を希望するようにもなりました。

実際、新入社員のほとんどが同制度の活用を目指して入社していると聞いていますし、その後も目覚ましい成長を遂げている西村などは、まさにベンチマークとなる存在と言えるでしょうね。

強い意欲ならびにポテンシャルを持っているかどうかが審査基準

――チャレンジする前には事前審査もあると聞きましたが、具体的にどのような方がチャレンジしているのでしょう。また、審査基準についても聞かせてください。

鈴木氏:チャレンジは随時受け付けていて、挑戦を表明したメンバーと、私もしくは役員同席で、面談を行います。書類審査などはありません。挑戦者の属性はまさにこれまで説明してきたとおり、いずれ会社の中核人材になりたい。特に、マネジメントスキルを身に付け、経営に携わりたいとの意欲を持つメンバーが大半です。

審査基準もそのままです。意欲がどこまで本物かどうかを、面談を通して徹底的に確認していきます。そのため面談の時間も特に決めていません。なぜ上のポジションに早く行きたいのかといったシンプルな質問から入ることが多いですが、最初のうちは「とにかくやりたいんです!」と言うメンバーが大半ですので、チャレンジに失敗して自信を喪失するメンバーもいます。

今の業務の状況とその程度の志では、あなたには無理ではないか、など、割ときつめな質問を徐々に投げ掛けていき、本人の意思を繰り返し確認していきます。

――いわゆるチェックシートのようなものは作成しているのですか。

鈴木氏:いえ、そのようなルールやフレームワークは用意していません。大切なのは本人がどこまで本気なのか。面談を通して、私や経営陣の心が動くかどうかが重要だと考えているからです。そういった観点においても、西村はまさにドンピシャリの人材でしたね。

西村氏:私はそもそも就職面接で、2年後に役員になると言っていましたからね。就職活動では大手企業からの内定ももらっていましたが、いち早く経営層になりたいとの想いがやはり強く、ベンチャーに就職しようと決意しました。

そこからは、よりスピーディーに経営層にステップアップできる、最終的にはトップの社長になれる、しかも、そのころには会社は上場している規模に成長している――。このようなキャリアを明確に描いた上で、当社を選びました。現在は2年後の32歳で社長になるという目標を掲げています。

鈴木氏:もうひとつ、ポテンシャルの高さも注視しています。野球で例えるならば、身長185cm、160キロ超の剛速球を投げられる。でも現時点では、コントロールが悪くレギュラーではないような――。

制度を使うことで無理やりレギュラーに抜擢する。すると先ほど説明したような気付きにより、本人が成長する。結果、チーム全体も強くなるというロジックがあり、このような会社全体の効果も期待しています。

失敗してもフォローをしっかりすることでさらなる成長につながる

――チャレンジ後の合格基準についても聞かせてください。

鈴木氏:マネージャー職においては、9つの評価基準を基に、通常の昇格を決めています。この基準がコミュチャレでもベースになります。ただ実際には、繰り返しになりますが、将来性とポテンシャルを重視していますので、特に2つの基準においてそこそこ達成できていれば合格としています。

具体的には、マネジメントしたメンバーへの理解ならびに、メンバーから信頼されているホウレンソウがしっかりとできている、もうひとつ加えるとすれば、仕事を安心して任せることができる、といった点もよく見ています。

コミチャレの評価に限らず、現在250名ほどいる全メンバーのスキルチェックも、我々経営陣が全てチェック・把握し、ドキュメント化し共有しています。繰り返しになりますが、「人事課題=経営課題」と心底思っているからであり、私の業務の約半分は採用・組織人事に充てています。

――本人にかなりの負荷がかかる制度であると思いますが、そのフォローについての見解や、実際に行っていることがあれば聞かせてください。

鈴木氏:先ほどお話ししたとおり、面接時に繰り返し意欲を確認することで、いわゆるプレッシャーや負荷で潰れてしまうようなケースを防いでいます。

ですから制度が始まった当初こそ、期待するメンバーに経営陣から参加を促すようなこともありましたが、今ではそのようなこともしていません。気になるメンバーがいたとしても、本人の意思が固まり、自らチャレンジするまで待つようにしています。

――挑戦したけれど不合格だった方へのフォローはどうですか。

鈴木氏:対話、称賛、承認という当社のカルチャーがありますが、このようなコミュニケーションを意識しながら、フォローしています。チャレンジは失敗に終わったけれども、それはあくまで現状のスキルが足りていなかっただけで、メンバー自身を否定しているわけではないことを伝えています。

西村氏:失敗したメンバーが会社に居づらいと思われがちな制度ですが、そんなことは決してありません。実際、グループ会社に移った者が1人いるだけで、チャレンジに失敗したことを理由に会社を去った者はいませんからね。

むしろ、自分に足りないスキルに気付く機会となったことで、その後のさらなるキャリアアップのモチベーションとなっているように思います。中には3度トライして、合格をつかみ取るようなメンバーもいます。

鈴木氏:今後のキャリアを改めて相談する場を設けたりもします。実際、コミチャレには落ちたけれど、その後活躍しているメンバーも大勢いますからね。挑戦したことで先ほど説明したような、他のメンバーの引き出しを見ることができた。結果、プレーヤーとして成長し、実際にP職の上の等級に昇格したメンバーもいます。

【取材後記】

同社は驚くことに「人事部」という組織が存在しないという。自分で工夫して自分で成長していく。いわゆる自律自営だ。しかし同社は社員に投げっぱなしで成長を促すのではなく、こうした「「コミット&チャレンジ」によってしっかりその背中を後押ししているのだ。
またこうした「飛び級制度」は、優秀な人材の離職を防ぐ施策としても有効であるとみられている。自分のキャリアデザイン、会社を通して実現したいことを最短距離で実現できる可能性のある同社の環境は、社員のモチベーション維持にも一役買っている。デジタルアイデンティティの今後の成長に目が離せない。

取材・文/杉山忠義、編集/鈴政武尊・d’s journal編集部

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