残業時間を減らせば賞与大幅アップ!?業務・人事システムの刷新で離職率を7.9%に改善。カーセブンの人事戦略論とは

株式会社カーセブン デジフィールド

代表取締役兼社長執行役員
井上 貴之(いのうえ・たかゆき)

プロフィール

自動車の小売りと買い取りのFCチェーン「カーセブン」を展開している株式会社カーセブン デジフィールド(本社:東京都品川区、代表取締役兼社長執行役員:井上貴之)は、数多くのシステムエンジニアを採用して、従来のフランチャイズ事業から自動車流通業界に特化したプラットフォーム構築事業にシフトして、ベンチャー気質溢れる会社へと成長、業界内でもトップシェアを維持している。

一方で、同社の若手社員が存分に活躍できるようはたらく環境を整えたいという、同社の代表取締役兼社長執行役員である井上貴之氏(以下、井上氏)の想いがあり、カーセブンでは多くの働き方改革を実践して社員の離職防止や定着率向上にも努めている。

なお、2008年(第10期)に42%だったという離職率は、2021年(第23期)には7.9%に大幅改善を達成。入社3年以内の離職者はほぼゼロにまでなった。同社の「人が辞めない会社」を成立させている労働環境や魅力とは、一体どんなものなのだろうか

同社がこれまでに行ってきた人事施策と働き方改革の歩みを中心に、「人が辞めない会社」づくりのポイントを井上氏のインタビューから明らかにしていきたい。


プラットフォームの開発・展開をする「システム会社」への転身

株式会社カーセブン デジフィールド(以下、カーセブン)は、主に二つの事業を展開している。一つは、中古自動車について「買取システム」と「販売システム」の両方を併せ持った流通体系である、ダイレクト販売を展開するフランチャイズ・チェーン「カーセブン」の運営だ。

もう一つは、自動車流通・販売業界の業務負担軽減、業務効率化を支援するプラットフォームを構築して提供する「プラットフォーム事業」である。フランチャイズ店舗向けに開発した各種システムやサービスを、競合他社を含めた自動車流通業界向けにさまざまなSaaSとして提供。業界の標準プラットフォームとなるべくITのシェアリングエコノミーを進めている。導入社数は1,200社を超え、利用ID数も7,000IDを超えているとのことだ。

中古車販売プレーヤーでありながら、同社が展開するアプリやサービスは競合他社への提供も可能にしており、シェアリングというポジションで存在感を高める--。「カーセブン」という現場を持つ企業ならではの思考で、ニーズに対応したサービスやプロダクトを提供できることが最大の強みというわけである。

このようにさまざまなサービスやアプリなどを開発して市場シェアを高めているため、現在はメインをプラットフォーム事業に据え、徐々にその比率を高めている。つまり「中古車販売を取り扱う企業」から「自動車流通業界に特化したプラットフォームづくりに積極的に取り組むシステム会社」へと進化しているというわけだ。

自動車流通業界の市場は、人口の減少に伴う新車販売台数の減少、コロナ禍、国際的な紛争などによる貿易摩擦による影響が大きく、零細・中小企業が異種統廃合を繰り返しながら少しずつシュリンクしている状況だという。

同社によると、業界は大手企業がその資本力で人材やマーケティングを強化し、システムへの投資によってシェアを拡充する一方、最先端のビジネス方式を採り入れられない企業や組織が力を失っていくという構図が出来上がっているという。そのような中、既存事業からプラットフォーム事業を主軸に転換したカーセブンは、業界のトップを走り続けているのだ。

こうした発展・成長の中で、同社では「人が辞めない会社」づくりも進めていった。次項で同社の働き方改革と環境整備について見ていこう。

カーセブンはいかにして「人が辞めない会社」となったのか

「ひと昔前の当社は、人を採用すればした分だけ人が辞めていく世界でした。まさに、”屍の上に会社が成り立つ”というのがぴったりなほどのブラック体質。しかし若手の力こそが会社経営と成長には必要不可欠です。社員が働きづらい会社が成長できるはずもありません。

だからこそ未来を見据えて、働きやすい環境・制度を整えていくことが第一だと考え、働き方改革は私が社長就任当初から取り組んでいる重要プロジェクトの一つです」。

このように語るのは同社の代表取締役兼社長執行役員である井上貴之氏である。

これまでの同社は、セールス部門の数値が足りないとメンバーが叱責される風潮があり、現場をぎりぎりと締め上げる文化が常態化していた。井上氏が就任した2008年当初の離職率はなんと42%。期初に集ったメンバーが期末には4割以上が在籍していないイメージだ。

その働き方にも問題があった。例えば、直営店の店長会議は23時からスタートするといったものだ。24時を回るまでに家に帰れる者が誰もいないという。さらに休日出勤は当たり前。「休むのは犯罪」といった空気まで流れていた。

こうした現状を取り払うべくまず井上氏が着手したのが、「家族が起きている間に帰宅してもらうこと」。シンプルだが重要なミッションだった。

「そのための人事投資やシステム導入など必要経費は惜しみませんでした。もちろん社員全員にもできることは協力してくれるようお願いしました」(井上氏)

手始めに人事制度の評価システムを変更した。賞与の評価項目に「生産性」を加えたのだ。つまり「生産性への評価」を加えたことによって、残業時間の多い人は評価が下がり、残業時間が少ないと評価が上がるというシステム(2022年12月現在 この制度は廃止)に変更したのだ。

次に残業時間を正確に勤怠システムに入力することを要請した。

「これが大変でした。いくら『100%残業代は払う』とアナウンスしても、『どうせそうじゃないでしょ』と考えてごまかしてしまう。会社を信じていないわけです。また、各直営店の店長は業績評価も抱えていますので、残業時間の増減は死活問題でしたから反発も多かった。

しかしこちらもシステムログデータと財務申告をチェックしながら虚偽の申告は即座に見破れるようにしました。システムの合理化も徹底的に行ったわけです」(井上氏)

部門と会社の予算は直結しているため、評価制度を変革することは社員の意識をも変えることにつながる。また、同社では部門長以上の役職者が集う会議で、自分の部下の評価をプレゼンする制度がある。これが管理職以上の意識改革や教育にも一役買う。評価内容について他の役職者や管理職からさまざまなフィードバックが出るからだ。横を見て成長を感じるという。

こうしたシステムの合理化と徹底的な評価システムの見直しと遂行。繰り返し「時間」「生産性」の啓蒙とアナウンスを行うことによって、ついには残業時間がほぼゼロとなり、その年の社員への賞与は大幅にアップしたのだという。

現在は、この評価システムには手を加え、業績の良い人間の評価が上がる仕組みとして、インセンティブプランなども細かくアレンジしているという。時代やタイミングに合わせて適時制度を見直すことも忘れない。


「社員ファースト」な環境づくり。人的資本開示とDX化を進めることですべての生産性を向上

非効率な働き方は、DX(デジタルトランスフォーメーション/Digital Transformation)によって解消した。

例えば、中古車販売のための管理システムの刷新。従来は車両情報の入力を手作業で行うことが多く、例えばクルマを仕入れてから販売するまでは、何回でも車両情報を入力・更新する必要があった。しかし同社が開発したのはその入力を”二度目はない”システムに改善した。具体的には、査定する際に車検証のQRコードを読み込むことによって車両情報を入力するシチュエーションをなくしたということだ。

さらにデジタル化された車両情報とともに査定情報もデータベースに蓄積。併せて商談情報(顧客情報など)もデータベースとして持つことによって、シームレスに電子契約まで進める仕組みを構築した。もちろんその後の顧客の支払いまで連動するシステムのため、極限まで省力化を実現できたというわけだ。こうしたDXで社員の生産性は飛躍的に向上。超過残業をする社員がほぼいなくなったのは、こうしたソリューションの実現も大きい。

一方、社員教育にも積極的に投資を展開する。

「私たちの業界は人材が全てです。メーカーが製造設備や資本に投資するのと同様に、私たちは人に投資します。例えば、当社の社内教育研修予算は無制限に設定しています。それほど注力しているのです」(井上氏)

具体的には、社員一人一人がスキルアップするために、まず中古車販売関連のスキルを身に付けさせた後、一人一人のセールスパーソンが残したシステム上のログデータを解析して、メールの頻度やタイミング、売り上げを上げているアカウントセールスとの比較など分析するスキル、つまりデータマイニングの能力を養わせること。さまざまなスキルを身に着けさせるフローを築いているというわけだ。

「もちろん人事系のデータを定量的に蓄積して分析もしています。例えば、若手が入社から短期間で活躍できるように、現在では『業務マニュアル』の改定に力を入れています。テーマは『入社5年目の社員に直営店の店長をやってもらえるマニュアル』の作成です」(井上氏)

背景はこうだ。ある時井上氏と入社3年目社員との交流会の時、このような話を聞いたそうだ。「若手はみんな『自分マニュアル』を持っている」と。つまりオンボーディングの教科書として、自分なりに学習したことをまとめたマニュアルをそれぞれ作っていたというのだ。

ここに着想した井上氏は、これら社員の持つ自分マニュアルを全て回収し、教育研修のための教材として1冊に集約させた。そして入社1年目の社員には、そのマニュアルをアップデートする役割を与えたのだ。

「この仕組みによって、10月の全国の売り上げNo.1に輝いたのは、なんと今年5月に配属されて6カ月しか経っていない新卒社員の女性でした。会社が成長すると活躍人材が集まり、さらにパフォーマンスを発揮する社員が集まりだす。そんな社員たちがさらに活躍してもらえる。こうした好循環をマニュアルのアップデートというプロジェクトで叶えてしまえたのです」(井上氏)


「奨学金支援制度」など社員に対する投資を厚くした、その背景とは

こうして評価制度を改め、生産性の向上で残業時間の削減、さらには社員のスキルアップにも成功した同社。では、定着向上と離職防止はどのように実現させたか。結論から述べると、それは人事制度(社員へのサポート制度)を手厚くすることであった。その一つが「奨学金支援制度」だ。

2022年、米国では「学生ローン免除の政策」が発表されたが、日本でも2人に1人が奨学金の負債を抱えていると言われている。その平均額は324万円相当。約15年かけて返済していく計算になる。

将来を豊かにするための学費に対する返済が、若年層の暮らしを圧迫するという本末転倒の社会状況となっている。同社の井上氏は長年この問題を重要視していた。

そこで同社では2018年から奨学金支援制度をスタート。これが一部の社員、特に若年社員の離職を防ぎ、定着率の向上につながっているのだという。

きっかけとなったのは、井上氏が若手社員を連れて出かけた焼き肉店での出来事だった。ある時、夕食に誘った若手社員に将来の夢などを聞いた際、途端に社員は顔を曇らせて「奨学金の返済が終わらないので夢の実現はまだ先です」と答えたそうだ。社会で話題となっている問題を目の当たりにした井上氏は、「奨学金支援制度」を打ち出すことに至ったという。

すでに奨学金支援制度を取り入れている企業はいくつか存在するが、同社の特徴は初任給から制度を適用できる点だという。ここには社会人経験がなく勤続年数が浅い未熟なうちからもサポートしたいという想いがあったそうだ。また、半年間の支払い猶予制度にも対応しており、現在では対象となる社員に対してしっかり3年間支援できるように整えている。

奨学金支援制度をスタートさせた当初は社員19人の内5分の1ほどがこの制度を利用した。現在、返済残高のある社員は1人のみだという。

実際に同制度を利用した社員はこのようにコメントしている。

「当時、福利厚生は基本的なもののみで、残業代で稼がなければ返済を賄うことができませんでした。実際に生活していくとそのありがたみが実感できます。またこのような制度を実現している当社は『常に変化し続けている会社』だという、その姿勢も見て感じ取れるので誇りに思っています」(同社資料から一部引用)

これだけではない。さらには運転免許取得のための補助金として30万円支給の制度を整えている。これは年次を重ねるごとに一部免除となり、3年在籍すれば全額免除となる

さらには4月入社の社員の場合、初任給支給が5月になるため、4月分の給与を補填(ほてん)という形で入社支度金10万円を一律支給する制度もあるのだ。

これらの支援金制度は、将来有望な人材に定着してもらうための投資だと考えれば微々たる額です。それよりも金銭面の心配がなく心理的安全性を確保して、存分に仕事に集中できる環境を提供することが重要なのです」(井上氏)

こうした取り組みが功を奏して、働き方改革に着手した2008年当時に42%だった離職率は、2021年の段階で7.9%にまで改善できた。ちなみに直近の採用状況では、新卒採用7人、キャリア採用6人のうち、1人の事例を除いて誰も離職していない(21年度実績)。

市場はシュリンク、業界統廃合の中で見据えるカーセブンの未来

井上氏の社長就任直後から敢行した働き方改革の成功で、抜群の安定感を見せているカーセブン。今後の展望と見据える将来についても聞いてみた。

「先ほどの話のように、自動車流通・販売業界は、最大手のシェアは拡大しているものの、中小・零細企業の異種統廃合は進んでおり、マクロで見ると業界はシュリンクしています。またデジタルやECが発展した現在において実店舗の位置付けなども見直されていくために、いかにサービスの差別化を打ち出していけるかが重要になるでしょう。人材の流動性はますます加速化が予見されますので、当社の社員には今後も一層の教育投資をして共に成長し続けていければと考えております」(井上氏)

現在では中古車の長期在庫を管理できるアプリを開発中とのこと。同業界は日数で管理するのが常であったが、仕入れ値の高い安いにかかわらず市場価格と照らし合わせながら販売できるという画期的なシステムをリリースする予定だという。

さらなる社員の定着につなげるためには、会社にどのような魅力が必要なのだろうか。井上氏にその答えを問うてみた。

「まず一つは『会社が日々成長していることを実感できているかどうか』、そして制度然り教育然りなど『社員にしっかりと投資しているか』が重要だと思います。先述の奨学金返済支援制度にしても同様です。自動車流通・販売業界は何といっても人材が資本の中心ですから、社員にお金をかけるということは、定着や離職防止に結果的につながっていくというわけです。

そして私の仕事は会社のあるべき方向性と成長を示してあげることです。事業計画を作って社員一人一人に説明すること。そのバックグラウンドを社員が理解することで会社と社員のエンゲージメントを高めることにつながります。そこで会社のビジョンやミッション、ステートメントなどをまとめた『フィロソフィーブック』を作成。社員と目線を一致させています」(井上氏)

「ワークする組織」を目指しているという井上氏は、社員たちに「自分たちに投資してくれているという実感」を持ってもらうことが大事だと伝えてくれた。そのための人的資本経営を常に模索していく構えだ。

【取材後記】

生産性と効率性の追求、そして働き方とその環境の改善で恒久的に成長していく会社を構想している井上氏。「まだまだ古い慣習は残っている業界。それは改善し続ける。改革に終わりはない」とコメントする。現状に甘んじず、日本や世界全体の未来を見据えて謙虚にまい進する同社のさらなる発展と成長にこれからも注目していきたい。

取材・文/鈴政武尊、編集/鈴政武尊・d’s journal編集部

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