「普通に指導したつもりなのに…」管理職のやりがち“無意識”ハラスメントと言い方防止術
大室産業医事務所
産業医/大室産業医事務所代表 大室正志(おおむろ・まさし)
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明白なパワハラ認定事案が減る一方で相談窓口への通報は増加。研修をやればやるほど、無意識のハラスメントが増える傾向も
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「感情的になる」だけでなく、「ロジカルに詰める」「嫌みを言う」もハラスメントになり得る。何気ないテキストのやり取りにも要注意
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管理職や人事は「相談件数をゼロにするのは不可能」と覚悟すべき。部下を主語にして、部下の声に耳を傾ける習慣を
ハラスメント防止への高い意識と行動が求められる時代。企業の管理職には「自分の言動や振る舞いがハラスメントにならないか」と、戦々恐々としながら過ごしている人も多いのではないでしょうか。
厚生労働省は事業主に向けた啓発の一環で「パワハラの6類型」(精神的な攻撃、身体的な攻撃、過大な要求、過少な要求、人間関係からの切り離し、個の侵害)を紹介しています。ハラスメント防止研修などで、こうしたパワハラのパターンについて学ぶ機会も増えているはず。
しかし、産業医として数多くの企業に関わる大室正志氏は「6類型のような明白なNGケースは減っている」としつつも、「相談窓口への通報件数は増加し続けている」と指摘します。管理職の多くが認識するパワハラと、現場で従業員がパワハラだと感じる言動・行動には乖離がある——。そんな現実が浮かび上がってくるのです。
いつのまにか部下の心を傷つけてしまう無意識のパワハラを防ぐために、管理職は何をすべきなのか。求められるアクションを聞きました。
パワハラ認定まではいかなくても「窓口に通報される」ケースが急増
——大室さんは、企業が実施するハラスメント対策の現状をどのように見ていますか。
大室氏:国の指針や通達が出されたこともあり、現在では多くの企業でパワハラ相談窓口が設置されるようになりました。
ひと昔前は相談窓口があっても実際に通報する人は多くなかったのですが、最近では通報件数が顕著に増えていると感じます。ある企業では通報窓口担当者の過重労働が問題となり、私は産業医として面談を行いました。
——通報される内容は、厚生労働省が示す「パワハラの6類型」にあたるものが多いのでしょうか。
大室氏:いいえ、6類型にあたるような、明らかにNGな言動・行動で通報されるケースはとても少なくなっています。だけど相談窓口への通報件数は逆に増えているのです。
これは私が見たところの感覚値ですが、通報された事例の中で、6類型に照らし合わせて実際にパワハラ認定されるのは2割程度ではないでしょうか。残る8割は今の基準ではパワハラだと断定できないものの、部下は何かしらの理由で「ハラスメントを受けた」と感じています。
当事者の部下が心に傷を負ったり、前向きに仕事ができない状況になったりしているのであれば、当然ながら早急に対応しなければなりません。管理職にとっても、仮にパワハラ認定をされなくても、相談窓口に通報されてしまった時点で精神的なショックが大きいでしょう。
管理職が受けるハラスメント防止研修などでは、厚生労働省のガイドラインに沿って6類型のハラスメントを学んでいるはず。でもその前段階にある、管理職が意識していないところでも、「部下がハラスメントだと感じてしまう行為」があることを知るべきだと思います。
感情をぶつけるだけでなく、「ロジカル」「嫌み」もハラスメントになる
——管理職がやってしまう「無意識のハラスメント」には、どのようなものがあるのでしょうか。
大室氏:大きく分類すると、「感情的になる」「ロジカルに詰める」「嫌みを言う」の3つのパターンがあります。順を追って説明しましょう。
1つめの「感情的になる」は、6類型でも指摘されているわかりやすいパワハラの例です。部下がミスをしたときなどに、声を荒らげて「何をやっているんだ!」「やる気があるのか!」などと怒鳴ってしまうパターンですね。冒頭でもお伝えしたように、こうしたケースは明らかなハラスメントだという認識が広がり、最近ではほとんど見られなくなりました。
2つめの「ロジカルに詰める」は、多くの職場で日常的に起きています。部下がミスをした際、普段の会話のトーンと比べて急にぶっきらぼうになり、「なぜミスをしたんですか?」「どういうことですか?」と端的に詰めてしまう。「内容はもうわかったので、このように対応してください」など、必要最低限のコミュニケーションだけになってしまうこともあります。こうした対応によって、部下は不安や恐怖を感じてしまうのです。
最近では、テキストのやり取りで「!」や「絵文字」などがない無味乾燥な文章を若手が怖がる、いわゆる「マルハラ」という言葉も出てきましたよね。上司から、普段とは違うトーンで急に「了解しました。」などと端的に返ってくることにストレスを感じる。そんな部下がいる可能性も考慮すべきだと思います。
そして3つめは、感情もロジックも我慢した結果「嫌みを言う」パターンです。前の例と同じく部下がミスをした場面でいえば、「今まで何度も言っているように」「再三注意してきましたが」など、自然に嫌みが出てしまう人もいます。
これは、「自分がされて嫌な気持ちになった」と思い出す人も多いのではないでしょうか。メールのやり取りなどで、前の文章をわざわざ引用して「以前にもお伝えした通り…」と書く。あるいは会議の場で「これは当然確認していると思いますが…」などと釘を刺す。言葉尻だけを見れば丁寧なのかもしれませんが、言われた側はじわじわとストレスを覚えるはずです。
部下を主語にして無意識のハラスメントを防止する
——日ごろのやり取りを振り返り、「自分もついやってしまっている」と思い当たる人もいそうです。何を意識すれば、こうした言動・行動を防げるのでしょうか。
大室氏:共通して言えるのは、自分ではなく部下を主語にして考える習慣を持つことだと思います。対応策についても一つずつ見ていきましょう。
■感情的にならないためのポイント
感情が出てしまうときの管理職は、主語が「自分」になっています。そうならないためには、普段から「部下を顧客だと考える」習慣を持つことをオススメします。部下との関わりは管理職の重要な仕事であり、部下に気持ちよく働いてもらうことがマネジメントの役割だと考えるのです。
たとえば部下が遅刻したときも、相手を顧客だと思えば頭ごなしに怒鳴ることはしないはず。「自部署内で済めばいいけど、他部署が絡む場面だとあなたが損をする。だから遅刻しないための方法を一緒に考えよう」と、部下を主語にしてアプローチできるようになるでしょう。
1on1などの対話の場面でも、基本的には主語を部下にするべきだと考えます。上司が主語だと「俺も昔は苦労したんだ」「俺が若手のころは…」という会話になってしまい、部下に感情をぶつけてしまいかねません。上司が自分を出すのは最低限。「自分少なめ」を常に意識することで、感情的にならず、スムーズに部下の考えを引き出せるようになるはずです。
■ロジカルに詰めないためのポイント
部下の非をロジカルに指摘することがすべて間違っているわけではありません。ミスの概要や原因を知るために「まず結論から話しなさい」と指摘するのは、ビジネスのコミュニケーションとしては正しいでしょう。
でもミスをしてしまった際の部下は、「上司に慰めてほしい」と思っているかもしれません。つまり部下はカウンセリングを求めているわけです。結論や論点を重視することも大切ですが、その前にカウンセリング・マインドを持ち、「何があったの?」「どんな状況なの?」と聞いてあげるだけでも、部下のストレスは軽減されると思います。
ちょっと突飛な例かもしれませんが、親しい友人が「実は離婚しようと思っていて…」と打ち明けてきたときに、いきなり「それなら良い弁護士を紹介するよ」と返すでしょうか?まずは友人の状態を心配して、何があったのかを聞こうとしますよね。上司と部下の関係でも、論理や解決策を重視するコンサルティング脳と、相手の心情を重視するカウンセリング脳を使い分けるべきです。
■嫌みを言ってしまわないようにするためのポイント
感情やロジックを我慢して、つい嫌みを言ってしまうのは誰にでもあることです。一方で世の中には、言いにくいことを言いつつ、相手に嫌な思いをさせないよう、うまく笑いに変えられる人もいます。接客や営業の仕事で経験を積んでいる人には、言うべきことを柔らかく、面白く伝えるのがうまい人が多いですよね。
ただ、これは簡単なことではありません。どうしてもうまく伝えられないときは、自分の気持ちを社内だけでなく、社外の場所で安定させることも大切。何もかも社内で完結させる必要はありません。家族との気の置けない会話でもいいし、行きつけのスナックで愚痴を吐くのでもいい。自分がうまく気持ちを吐き出せる場を持っておくべきだと思います。
「相談窓口への通報はゼロにはできない」という諦観も必要
——お話を伺う中で、上司・部下のコミュニケーションの難しさを改めて感じました。「何を言ってもハラスメントになってしまうのでは」と、無力感を覚える人もいるかもしれません。
大室氏:コミュニケーションには変数が多く、相手をまったく傷つけないことは不可能でしょう。部下の受け取り方や心の状態次第で、何気ない一言に傷つくこともありますから。それなのに会社が100パーセントのハラスメント防止を目指すと、今度は管理職が傷ついてしまいます。
人事やコンプライアンスなどの関連部門では「パワハラ認定はゼロにできても、相談窓口への通報はゼロにはできない」という、ある種の諦観も必要ではないでしょうか。
皮肉なことに、ハラスメント研修などをやればやるほど、無意識のハラスメントが増えてしまう傾向もあります。感情的になるのがダメだと理解すればロジカルになり、感情もロジカルもダメだと思えば嫌みが出てしまうのです。
そんな現状を考えると、ハラスメントになりかねない場面を少しでも減らしていくには、やはり職場での上司・部下の関係性を向上させていくしかありません。管理職を追い詰めることなく、管理職が余裕を持った状態で「部下を主語にして」コミュニケーションできるようにサポートする。そのための働きかけや場づくりを工夫していただければと思います。
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取材後記
大室さんは取材の中で「管理職になったら素の自分を出すことを諦め、“きぐるみ”を着て生きていく覚悟が必要」だと話していました。よほどのカリスマ性を持つ人でない限り、素の自分を出す管理職はハラスメント予備軍になってしまう。今はそんな現実を直視しなければいけない時代なのかもしれません。管理職を務める当事者も、そのハードな役割をサポートする人事も、「ハラスメントを根絶すべき」という強迫観念を捨てて、部下の声に冷静に耳を傾けるべきなのだと感じました。
企画・編集/海野奈央(d’s JOURNAL編集部)、野村英之(プレスラボ)、取材・文/多田慎介、撮影/塩川雄也
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