会社を飛び出し、自分のキャリアは自分で決める!企業版ふるさと納税(人材派遣型)を活用した第一生命保険の“キャリアオーナーシップ”とは【連載 第19回 隣の気になる人事さん】

第一生命保険株式会社

人事部 人事課 マネジャー 竹内晴哉(たけうち・はるや)

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  • 社内外のポストに挑戦できる公募制度や副業制度に加え、企業版ふるさと納税(人材派遣型)を活用し、自治体で働くキャリアプランも実現
  • 民間企業とは異なる業務や意思決定プロセスを経験し、社員が「もっとフレキシブルにたくさんの仕事に挑戦したい」というマインドに変化
  • 施策を推進する人事自身もベンチャー企業へのレンタル移籍や副業を経験。「外へ飛び出すワクワク感」を伝えることで社員が動いた

全国各地の人事・採用担当者や経営者がバトンをつなぎ、気になる取り組みの裏側を探る連載企画「隣の気になる人事さん」。

第18回の記事に登場した株式会社サンゲツのみなさんは、約30社のグループ企業と1000を超える営業拠点を有する第一生命保険株式会社を気になる企業として紹介してくれました。

▶サンゲツのみなさんが登場した第18回の記事はコチラ
若手社員のキャリア意識を刺激する「社内報」でエンゲージメント向上!老舗インテリア企業・サンゲツの人的資本経営

昨今、若い世代では「仕事より私生活を充実させたい」「管理職にはなりたくない」と考える人が増え、ミドル・シニア層でも仕事へのモチベーション低下が懸念されるようになりました。こうした中で求められているのが、従業員が主体的に自らのキャリアを考えられるようにするための人材開発・組織開発です。

第一生命保険では社員の「なりたい・ありたい」を支援するために、Myキャリア制度(社内公募制度)や社内外における副業などさまざまな施策を展開。さらに企業版ふるさと納税(人材派遣型)の仕組みを活用し、社外へもキャリアローテーションの可能性を広げ、2024年7月1日時点で82の地方公共団体などに86名の幅広い職位の社員を派遣しています。

※企業版ふるさと納税の正式名:地方創生応援税制

広がるキャリア自律の道。企業をまたいで「人事と事業企画」を兼任

——第一生命保険の人財育成方針の概要をお聞かせください。

竹内氏:当社では、事業戦略を実現するため、社員の多様な個性を活かしながら個々のウェルビーイングを高めることに取り組んでいます。社内では「進んで声を挙げよう」「自ら学び挑戦しよう」「組織や担当を超え一緒に取り組む」という指針を掲げ、会社が人財を育成するという観点ではなく、社員一人ひとりがウェルビーイングを自律的に高めていくことを目指しています。

——人財育成施策として「Myキャリア制度」(社内公募制度)を導入していますね。

竹内氏:もともと社内公募制度は設けていたのですが、Myキャリア制度としてリニューアルしてからのここ数年間で公募職務が大幅に増えてきました。社内ポストだけでなく、第一生命グループ各社や、外部企業へレンタル移籍するという選択肢もあります。私自身も外部のベンチャー企業へのレンタル移籍を経験した一人です。

——なぜ竹内さんはベンチャー企業へのレンタル移籍を決断したのですか。

竹内氏:社内で一定の経験を積むと、自分が社会でどれだけの価値を発揮できるのかが気になり始めたんです。当社の“普通”と世の中の“普通”にどんな違いがあるのかにも関心がありました。

実際にレンタル移籍を経験して、キャリアへの考え方が大きく変わったと感じます。以前は社内でどんなキャリアを描きたいかを考えていましたが、社外に出てからは「世の中にどんな貢献をしたいか」を考えるようになりました。

すでに多くの顧客と大きな社会的責任を抱えている大企業では、企業として何を提供するかの視点で物事を議論しがちです。一方ベンチャー企業では「あなたは何がしたいのか」「どんな仕事で価値を発揮したいのか」を問われることが多く、自分を主語にして考える習慣が身に付きました。

——外の世界を経験したことで、退職の選択肢が頭をよぎることはありませんでしたか?

竹内氏:私の場合は大企業とベンチャー企業のどちらかに振り切るのではなく、両方を続けることに魅力を感じました。なので今でも、当社の人事と並行して、ベンチャー企業での事業企画に副業として取り組んでいるんです。ベンチャー企業で事業企画や事業開発を学んで知見を広げ、大企業でそれを実践・実装しながら影響範囲を広げていく。そんな経験を積めています。

社員のキャリア志向と自治体ニーズをマッチングし、地域貢献を加速させる

——現在では企業版ふるさと納税(人材派遣型)を活用し、地方公共団体などでもキャリアを積めるようにしています。この制度を導入した背景を教えてください。

竹内氏:当社は日本各地に支社があり、多数の社員が地域に根ざして働いています。各地の自治体とは包括連携協定なども多く取り交わしており、地域貢献の取り組みをさらに加速させていくことが重要課題となっていました。

社員のキャリアの可能性を広げられる可能性の一つとして企業版ふるさと納税(人材派遣型)の活用を検討した際に、私は「この仕組みなら地域貢献への課題も解決できる」と感じました。当社の各拠点には地域課題をよく認識している社員がいて、支社でさまざまな施策の企画の上流から下流まで経験している人や、女性活躍推進など時代が求めるテーマへの知見を持つ人も多いからです。自治体からも「民間の知見を取り入れたい」という声を聞いていたので、社員・会社・地域が三方よしになれる施策として価値を感じ、経営層へ提案することにしました。

——経営層への説明や稟議などは順調に進みましたか?

竹内氏:当社はすでにグループ外の企業でのキャリアローテーション施策が進んでいたので、説明や稟議の苦労は特にありませんでした。最初に調整した大阪府阪南市への派遣に当たっても、当時の人事担当役員や人事部長と問題なく合意形成できましたね。

グループ外の企業へのキャリアローテーションが当たり前になっていない企業では、最初はハードルがあるかもしれません。対自治体では、契約面などで通常の企業間取引とは大きく異なる部分もあるからです。その場合はまず企業間での人財交流から始めたほうがいいかもしれませんね。

企業の壁を越境する実績をつくれれば、国が進める政策である企業版ふるさと納税(人材派遣型)の活用も無理なく進められるのではないでしょうか。社員のキャリア形成が第一の目的ですが、企業にとっては制度を活用することによる税務面でのメリットもあります

CSRの側面で見てもポジティブな影響があるはずです。当社は「令和4年度 企業版ふるさと納税に係る大臣表彰」をいただき、社会に露出する場面が増え、自治体からの引き合いもさらに増えていきました。

——社員に対しての制度周知や募集については、どのように取り組んだのでしょうか。

竹内氏:Myキャリア制度の公募先を紹介するポータルサイト内で周知しています。最初の段階では、地域貢献に興味を持ち、キャリアの幅を広げたいと考えていた社員から手が挙がりました。

公募の際には各自治体と擦り合わせし、どんな人財のどのような力が必要なのかを把握しながらマッチングしています。各自治体への派遣にあたっては社員の同意を前提としています。Myキャリア制度での公募型に加えて、各支社から候補人財に打診し社員が同意したうえで、自治体へ派遣するケースもありますね。

——自治体への派遣に当たり懸念していたことは?

竹内氏:これまでと比べて意思決定プロセスや仕事の進め方が大きく異なり、行政を担う人間として地元住民と接する立場にもなります。その意味では苦労することも多いはずだと考えていました。

だからこそ最初のマッチングが重要なのです。派遣前に社員と自治体関係者が会話する場を設け、どんな役割で、どのような期待をしているのか、擦り合わせができるようにしています。その上で適したポジションに配置してもらっています。

自分のキャリアは自分で決める。外に出たことで「怖いものがなくなった」

——ここからは、大阪府阪南市での業務を経験した清水裕美子(しみず・ゆみこ)さんにお聞きします。清水さんはなぜ企業型ふるさと納税(人材派遣型)を活用した制度に手を挙げ、自治体でのキャリアを積みたいと考えたのでしょうか。

清水氏:私は入社から17年間、アンダーライティング部門で保険契約関連の業務に携わり、事務のRPA化(ロボティック・プロセス・オートメーション:事業プロセスの自動化)などさまざまな事務変更に関わることができました。ただ、ずっと同じ部門にいたこともあって、これから先のキャリアを自分で考え、自分で決めたいという想いもありました。

プライベートではPTAや子ども会などの団体に参加し、行政との折衝にもどかしさを感じることも。「この仕組みを変えればもっと便利になるのに…」などと考える機会が多く、地域に何か貢献できることはないかという個人的な想いが強かったんです。

そんなときにMyキャリア制度のポータルサイトで初めて「自治体」という選択肢に出会い、挑戦することを決めました。

——阪南市ではどのような業務を担当したのですか。

清水氏:阪南市ではシティプロモーション推進課主幹(兼)政策共創室主幹の立場で、スマートシティの推進やSDGsの推進に携わりました。デジタル田園都市国家構想交付金を活用した事業を進めたり、スマートシティ推進計画やSDGs普及啓発のイベントを行ったりという仕事です。行政は職員数が限られるので、委託事業者であるコンサルティング会社やテレビ局などとの連携も数多く経験しました。

——自治体での業務で苦労したことは?

清水氏:会社の意思決定は割とシンプルで、決裁ルートが明確です。しかし自治体では議会と連携しながら意思決定し、パブリックコメントなどを通じて市民の声も反映させなければいけません。一つのことを進めるのに時間がかかり、かつ単年度会計なので1年以内に完結させる必要があります。こうした仕事の進め方やスケジュール感に、当初は戸惑っていました。

それでも業務を前に進められたのは、周囲の助けがあったからこそ。近年では中途採用を拡大している自治体が増え、阪南市でも中途採用者が多かったんです。私の周囲には民間企業出身の人も多く、民間と自治体の違いを理解した上でのアドバイスをもらえたので、大いに助かりました。

——阪南市での経験を経て、キャリアへの考え方にはどのような変化がありましたか?

清水氏:一度外に出たことによって、怖いものがなくなりましたね。以前は「一つの仕事で3〜5年は経験を積まなければ成長できない」と勝手に思っていましたが、今では「もっとフレキシブルにたくさん挑戦すればいい」と考えるようになりました。

当社に戻ってからは以前とは違うリーテイル部門に所属。部門が変わったことで別会社に来たような感覚になり、新鮮な学びを得ています。経験を積み、また挑戦したいことが出てきたときには、Myキャリア制度を再び活用したいと思っています。

「社外での経験を活かし自身のキャリアは自身で切り開く」志向を持ってほしい

——改めて竹内さんにお聞きします。社外でのキャリア形成に挑む社員の方々へ、人事はどのようなことを期待していますか。今後の取り組みの展望と併せて教えてください。

 

竹内氏:清水さんが語ってくれたように、社外で経験を積むことによって、社内にはなかった新たな視点を得ることができます。

私自身はベンチャー企業に身を置いて、大企業出身の自分がマイノリティになる経験をしました。自分がマジョリティではない立場になり、どんなことに苦労するのかを学べたことは、人事として多様性のある組織をつくっていくミッションに大いに活かされています。

社外のキャリアでは新しい経験・スキルだけでなく新しいネットワークも獲得できます。これは当社に戻ってきてからのビジネスチャンスにもつながるでしょう。だからこそ社員一人ひとりに、社外での越境学習の経験を活かし、自分自身が何をやりたいのか立ち返って考え、自身のキャリアは自身で切り開いていく志向を持ってほしいですね。

「自分」を主語にして未来を描く人へ、私は今後も人事として、サポートできることを増やしていきたいと考えています。

取材後記

どんなに制度や仕組みが優れていても、社員が自発的に活用できるようになるまでには壁があるものです。なぜ第一生命保険では多くの社員が外へ積極的に飛び出すようになったのか。その鍵は、自らの経験をもとにして外へ飛び出すワクワク感を伝える竹内さんの存在だと感じました。「自分が納得できないもの、やってみたくないものは人に勧めたくない」。竹内さんはそう話します。社員のキャリア自律を促していくには、まず人事自身が人事の殻を破り、新たな世界に挑んでみるべきなのかもしれません。

企画・編集/海野奈央(d’s JOURNAL編集部)、野村英之(プレスラボ)、取材・文/多田慎介、撮影/塩川雄也

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