地方銀行が「選考ファストパス」で新たな採用チャンス!100人の入社承諾前辞退者とつながる千葉興業銀行の母集団形成術【連載第21回 隣の気になる人事さん】

株式会社千葉興業銀行

人事部 人材開発室 室長 加藤陽介(かとう・ようすけ)

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  • 毎年約100人に上る入社承諾前(後)辞退者を対象に、「3年程度以内に中途採用で再応募する場合は最終面接からスタートできる」プライオリティパス(選考ファストパス制度)を導入
  • 対象者との定期的なコミュニケーションの機会が生まれ、第二新卒・ポテンシャル採用の新たなタレントプールづくりにつながる
  • 大卒者の入社3年以内の離職率は34.9%、増え続ける第二新卒層。「働きやすさ」を伝えることで地方企業に新たな採用チャンスが生まれる

全国各地の人事・採用担当者や経営者がバトンをつなぎ、気になる取り組みの裏側を探る連載企画「隣の気になる人事さん」。

第20回の記事に登場した株式会社ABABAの久保駿貴さんは、千葉市に本店を置く地方銀行の株式会社千葉興業銀行を気になる企業として紹介してくれました。

▶ABABAの久保さんが登場した第20回の記事はコチラ
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千葉興業銀行では、新卒採用で入社承諾前(後)に辞退した人が3年程度以内に自社への転職を希望する場合、最終選考から参加できる選考ファストパス制度「プライオリティパス」を導入しています。

転職市場が厳しさを増す中、近年では継続的な人と人とのつながりを活かす「リファラル採用」や「アルムナイ採用」に取り組む企業が増加。既存の採用手法に頼るだけではなく、自社独自のタレントプールを育て、有効活用しようとする動きが盛んになっています。入社承諾前(後)辞退者をタレントプールに取り込む同社のプライオリティパスは、どのような可能性を秘めているのでしょうか。

入社承諾前(後)辞退者は毎年100人。この縁が途切れるのはもったいない

——千葉興業銀行では、採用活動においてどのような課題に直面しているのでしょうか。

加藤氏:他の多くの業界や企業と同様、母集団形成に苦労しています。ひと昔前なら黙っていても応募が集まったと聞きますが、今はそうはいきません。当社の実情でいうと、直近の新卒採用エントリー数は10年前と比べて4割減、ピーク時の20年前と比べれば7割減となっています。

地方銀行としての厳しい立場もあります。ここ最近の傾向として、当社を志望する学生はコンサルティングやITなどの他業種を併願するケースが増えており、東京都心部のこうした業種の大手企業に採用決定した場合は、当社を辞退されてしまうことも増えてきました。

もともと当社を志望する人の9割以上は千葉県民。地元志向が強い人には強い採用ブランド力があると自負していたのですが、現在の新卒採用ではそうも言っていられない状況です。

——こうした中、御社では入社承諾前(後)辞退者を対象とする選考ファストパス制度「プライオリティパス」を導入しました。この制度の概要を教えてください。

加藤氏:制度の対象となる人は、新卒時の最終面接合格者のうち残念ながら辞退した人、その全員です。当社の採用ページ上で個人情報取り扱いなどの規約に同意し、登録してもらうことで、プライオリティパスの権利を持つことができます。

対象者がプライオリティパスの権利を行使し、3年程度以内に中途採用で再応募する場合は、最終面接からスタート。執行役員人事部長と部門責任者による面接で、ここを通過すれば入社が決まるのです。

2025年卒以降の学生を対象としているので、実際の運用はこれからとなりますが、入社承諾前(後)辞退した人にはすでに案内を進めています。25卒では対象者の6割弱が登録してくれました。

——なぜこうした制度が必要だと考えたのでしょうか。

加藤氏:当社はずっと新卒採用が中心でした。中途採用に力を入れ始めたのはここ数年です。今後も中途採用を強化していきたいと考えていますが、ノウハウがまだまだ不足しているのも事実です。

そんななか、新卒採用では毎年100人前後の入社承諾前(後)辞退者が発生しており、「この方々との縁が途切れてしまうのはもったいない」という考えを強く持つようになりました。人事部門内でも同様に考える人が多く、発案から2カ月ほどで制度化に至りました。

有望な転職潜在層へアプローチし続けられる、独自のタレントプールへ

——プライオリティパスに登録した人とは、どのような形でコミュニケーションを取っているのですか。

加藤氏:1〜2カ月に1回、メールで情報発信をしています。当社の最新トピックスや若手向けの教育制度の内容、プライオリティパスの活用方法などを丁寧に伝えていく計画です。

時期を見て内容も変えていきたいですね。4月のタイミングでは、別の会社へ進んだ皆さんの門出を心から祝福し、応援したいと思っています。

学生によっては「一度は辞退した」ことに負い目を感じているかもしれません。そうした気持ちに寄り添った発信を心がけていきたいですし、ゆくゆくはプライオリティパス対象者向けの説明会やイベントも企画してみたいですね。

5年、10年と続けていけば、この独自のタレントプールが大きな強みになるはずです。人材紹介サービスやスカウトサービスなどで転職顕在層を探す方法とは別に、独自のタレントプールがあれば転職潜在層へ、しかも一度は当社の最終選考へ進んだ人にアプローチし続けられるわけですから。

——ただ、学生の時点では採用決定者として評価していても、社会人となってからの3年以内の経験や成長度合いによっては、御社の採用基準に合致しなくなる可能性もあるのでは?

加藤氏:まったく懸念がないわけではありません。

当社では新卒入社者の初期教育を工夫しており、脳科学の知見を取り入れて「学び方そのものを学ぶ」「記憶力の高め方を学ぶ」といったカリキュラムも展開し、社会人基礎力を高めることに注力しています。また、各方面のプロフェッショナルを招く講座も積極的に開いています。

こうした初期教育を受けた当社の若手と他社で過ごした人との間には、社会人2年目ごろになると多少の差が出てくるかもしれません。

ただ、プライオリティパスの対象者は第二新卒層であり、当社にとってはあくまでもポテンシャル採用です。経験が浅くても、まずは自社で育てるという覚悟を持って採用し、新卒1〜2年目対象の教育コンテンツも活用していきたいと考えています。もちろん、ご本人が他社で学んできたことを活かし、優位性を発揮する場面もあるはずです。

地元企業ならではの「働きやすさ」を伝えて採用力強化

——加藤さんは過去の取材で「地元で働きたいと考えたときに転職先の選択肢に入れてほしい」と話しています。プライオリティパスを活用して再び御社を志望する人には、どんな志向性があると想定していますか。

加藤氏:新卒時点では働きがいを重視し、グローバル企業や全国区の企業へ進んでも、時とともに「やっぱり働きやすさを大切にしたい」と考えるケースは多いと思います。

私自身も就職活動のときは海外志向でしたが、最終的には地元の千葉興業銀行に決めた経緯があります。私は「将来は働きながら親の介護にも向き合えるようにしたい」と考えたからです。入社してみると、似た考え方の人が多いことに気付きました。

子育てをしながら長く働く上でも、「近くに自分の親がいたほうが安心だから」と地元企業を選ぶ人が多いです。

学生のうちはなかなかそこまで考えないかもしれませんが、社会に出て、ある程度働いてみてから気付くこともあるでしょう。そんな心境の変化も想定しながら接点を持ち続けていきたいですね。第二新卒の時期を過ぎてプライオリティパスが使えなくなっても、10年後や20年後でも、何かの折りに当社を思い出してもらえたらうれしいです。

——地元人材が大都市圏に流れてしまいがちな地方企業にとって、大きな可能性を秘めた取り組みだと感じました。

加藤氏:私もそう思います。

2024年10月に厚生労働省が発表した「新規学卒就職者の離職状況」によると、大卒者の就職後3年以内の離職率は34.9%で、前年度比2.6ポイントの上昇となっていました。つまり、入社3年以内に他社へ目を向ける人が増えているということです。これは裏を返せば、地方企業にとってチャンスだと言えるのではないでしょうか。

就職活動時の縁だけで終わらせることなく、継続的にコミュニケーションを図って、地元に根ざした自社の強みを理解してもらう。そんな取り組みを粘り強く続けていくことが、長期的な採用力強化につながる道だと信じています。

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取材後記

学生目線で見たプライオリティパスは、「新卒時点で入社しなくても将来の転職先候補をプールできる」うれしい仕組みだと言えるのかもしれません。加藤さんは「そうした保険をかけるような気持ちで応募してくれてもいい。学生との接点の中で自社の魅力を伝え、ファンに変えていくことが人事の腕の見せどころ」だと話していました。人生に多様な機会をもたらすこの制度は、働く人の心理に寄り添った、現代ならではの取り組みだと感じました。

企画・編集/海野奈央(d’s JOURNAL編集部)、野村英之(プレスラボ)、取材・文/多田慎介、撮影/塩川雄也

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