「技術を知らねば商品は生めない」――。数々のヒットを生み出すソニーを支える人材はどうやって輩出されるのか?人材戦略と採用に迫る
ソニーピープルソリューションズ株式会社
代表取締役
日置 映正(ひおき・てるまさ)
2021年度に過去最高の営業利益を更新したソニーグループ株式会社(本社所在地:東京都港区、代表執行役 会長 CEO:吉田 憲一郎)。数々のヒット商品とともに、開発にまつわる物語を世に送り出してきた同社は、現在、多様な事業展開を通じて「復活」という物語を紡ぐ。
今回は、ソニーグループの人事・総務領域を担うソニーピープルソリューションズ株式会社(本社所在地:東京都港区、代表取締役:日置 映正)に取材を行った。採用・人材戦略を中心にソニーグループ(以下、ソニー)の「過去・現在・未来」について解明していこう。
(聞き手:パーソルイノベーション株式会社 取締役執行役員 大浦征也)
ハードからソフトへ。そして「ソニーショック」転機からの復活
――まず、ソニーグループのこれまでの事業の歩みについてお聞かせください。
日置映正氏(以下、日置氏):私が入社したのは、1995年。故・出井伸之氏が社長に就任し、「ハードからソフトへ」という考え方を基に、エレクトロニクス中心のものづくりから、ソフト・ITへとかじを切った転換の年でした。
実際に私の入社から8年目の2003年に、エレクトロニクス分野での利益減少などで、ソニーのビジネスは厳しい局面を迎えました。当時は「ソニーショック」などと呼ばれたものです。
以来、厳しい時代が続きましたが、2012年に社長 兼 CEOへ就任した平井一夫の下で思い切った変革が行われ、事業ポートフォリオの組み替えが進みました。
プレイステーションを中心としたゲーム、音楽、映画のエンタテインメント事業、そしてソニー生命やソニー損保・ソニー銀行などを展開する金融領域でのビジネスの割合を増やすとともに、グループ経営に注力していきました。
――変革の最中はどのような雰囲気だったのでしょうか。
日置氏:平井は、「ソニーを変えていきたい」「良くしていきたい」と言い続け、前向きに変革を進めていきました。現在、ソニーグループは6つの主要な事業領域から成り立っています。「One Sony」という言葉を掲げ、複数の事業領域で連携しながら、総合的にビジネスを強化しました。
(参照:ソニーグループポータル「2022年度上半期の売上高構成」より)
現在は、多角的な事業展開をしており、各事業が強固な市場ポジションを確立したポートフォリオ(組み合わせ)を実現しています。
――この数年間、外部からはソニーが快進撃を遂げているように見えます。内部から見た「現在」やグループ経営を通じた変化についてお聞かせください。
日置氏:社員にとって、会社が良くなっていることが自信にもつながっているように感じます。しかし「人がやらないことをやる」「チャレンジ精神を持つ」という点で本質的には変わっておらず、中にいる人たちは相当な努力をしています。
また、事業領域ごとに自立することで、それぞれビジネスモデルの変革や構造改革に取り組み、強い事業に成長しています。例えば事業間でコラボレーションをしたり、プロダクトとプロダクトを掛け合わせて、新しいサービスやコンテンツを生み出したりという良いサイクルも生まれています。
「個の尊重」「多様性」を巡る今昔物語
――続いて、人材戦略について伺います。ソニーの「今」と「昔」でどんな変化がありましたか。
日置氏:「人材戦略」という点では、変化はしているものの、本質的にはあまり変わっていないように思います。
近年、社会では「多様性」という言葉がよく聞かれるようになりましたが、ソニーでははるか以前から、「個を尊重する」「多様性を大切にする」というカルチャーが根付いていました。
同じ形の石を積むとすぐに崩れてしまうけれど、違う形の石を並べると「石垣」のように丈夫になるという、創業者の「人材石垣論」が共有されていたのです。
多様な社員がその個性を発揮するために、実力主義、成果主義というものを良い意味で大切にしています。仕事の職位を超えて、適した人に仕事をアサインし、成果を出してもらうというサイクルは、会社にとっても社員にとっても喜ばしいことです。
――人事制度づくりで心掛けていることを教えてください。
日置氏:ソニーが人事制度で大事にしていることは、「使われない制度はつくらない」ということです。つまり制度を導入したら、「もっとこうしたい」「ここを変えてほしい」という声を取り入れて、その制度を成長させることが大切なのです。
ソニーはさまざまな人事制度に取り組んできました。例えば「社内募集制度」は、社内向けに求人情報を公開し、マッチングすれば上司の許可なく自分の意思で自由に異動ができるというものです。これは1966年に他社に先駆けて制度化し、現在まで57年にわたって続いています。
また、2015年度からは「キャリアプラス」という社内兼業を推進する制度や、プロ野球型の「社内FA制度」なども始まり、制度も成長しつつあります。
その他にも、両立支援制度「Symphony Plan(シンフォニー・プラン)」という、社員のライフイベントに応じて、ライフイベントと仕事を調和させ、仕事を継続しながら力を発揮できる環境を用意するといった制度もあります。
「中途採用」のカルチャーが早期から根付いていた理由
――近年「新卒一括採用一辺倒」ではなく、「中途採用」の割合を増やす大企業が増えています。ソニーの場合には、それよりずいぶん前から中途採用に積極的だった印象があります。
日置氏:確かにそうです。新しいことを始める時には、経験のある人を外から採用してくるというカルチャーがソニーには根付いています。新しい人材を受け入れる器のある会社なので、今も昔も「中途か、新卒か」ということにとらわれることはありません。
チャレンジ精神や好奇心があり、最後までやり抜ける「ソニーらしい」人が、新卒、中途を問わず、いろいろなところから集まってくれています。また、さまざまなことに首を突っ込むような「おせっかい」な社員が多いことも、ソニーらしさを表すキーワードかもしれませんね。
――中途採用の変化を定点観測できる立場にあると思います。どんな変化を感じ取っていますか?
日置氏:まず、転職市場が広がったことを感じています。ひと昔前と比べると、転職に対するネガティブなイメージはなくなってきました。採用候補者の方からは、前向きな想いでキャリアアップを望んでいることが伝わってきます。
採用する側としても、ソニーを好きになってもらうように努めないと失礼だと思いますので、「ソニーらしさ」を候補者の方に伝えて共感してもらえるよう、採用部のメンバーとも目線合わせを心掛けています。
――中途採用については、どのような職種を強化しているのでしょうか。
日置氏:ソフトウエア系のサービス・コンテンツをつくることができる人材の採用に力を入れています。中途採用の市場でも、やはりロボティクスやソフトウエア領域などが活況で、獲得競争は高まっています。
また、イメージセンサーを中心とするイメージング&センシング・ソリューション事業の採用にも力を入れていますが、国内における経験者の絶対数が少ないという現状があります。単に「モノをつくる」だけでなく、ソリューションまで入り込むことができるエンジニアは、ソニー社内でさえ取り合いになっていますね。
さらに、グループ経営に注力する中で、コーポレートの職種(法務、経理、人事、事業戦略など)も採用強化中です。
――採用手法で大切にしていることはありますか?
日置氏:中途採用の手法については、「ソニーのことを理解してもらう」「共感してもらう」というテーマを大切にしています。書類だけではわからない点もあるので、ダイレクトなコミュニケーションを重視しており、候補となり得る方とのタッチポイントを増やすために、各種の取り組みを強化しています。
――中途採用の転職市場における強みとは?
日置氏:世の中からどう見えているのかは、私たちが客観的に語ることができない部分もあると思いますが、多様な事業の中で、多くのチャンスがあるという点については確かな強みだと思っています。仮にエンジニアとして入社した場合、配属先の事業が変わるだけで、転職並みに新しいキャリアが積めるという点は魅力ではないでしょうか。
そして、なんといってもソニーの「人」。最終的にはこれに尽きると思います。早期からダイバーシティーとグローバル化に取り組んできた当社には、国や文化を超えてすでにさまざまな人材にとって働きやすい風土が根付いています。中途採用の人を歓迎し、活躍できる環境を提供できる点も、ダイバーシティーのひとつです。
また、一度退職した後に再びソニーへ戻ってくる人もいますね。寛容な空気が当たり前のように存在しているので、外に出るとその良さに気付くこともあるようです。
世界的ヒットコンテンツを生み出してきたソニーの人材戦略とは
――採用以外の人材戦略の重点テーマはありますか?
日置氏:事業が変わっていくと、新しい人たちが入ってきます。「個を尊重し合う」というカルチャーの中で、互いに刺激し合い、力を発揮できる場をつくっていくことが人事にとっての普遍的なテーマですし、そのための手段を常に進化させる必要があるというのが全体的な考え方です。
組織の秩序のための「集団管理」をしていないことは、もしかするとソニーの弱みかもしれませんが、伸び伸びと仕事ができるような組織をつくり、個を尊重する制度で組織をまとめていくという考えは、ソニーグループの魅力と言えますね。
これから先、個人と企業の関わり方はさらに多様化していくでしょう。さまざまな”在り方”を広く許容する会社にならなければと、個人的には思います。
――人事において、現状の課題があれば教えてください。
日置氏:目下の課題としては、女性エンジニアの不足、マネジメントの男女比です。エンジニアについては、各学校と連携して、進路選択の早い段階から選択肢として理系を考えるきっかけになる取り組みも始めたのですが、日本全体で理系の学部に占める女性の割合が少ないという現状があります。
転職先として選んでもらうためにも、ソニーの働きやすさ、特に仕事と育児の両立がしやすい環境であることをわかっていただけるように情報を届けていく方法を模索中です。一人一人の社員が自分らしく働ける環境であることをぜひ皆さんに知っていただきたいです。
また社内の育成環境についても同様に注力していかなければなりません。特に理数的、科学的な志向を持つ人材をしっかりと見いだし育てていく必要性を感じています。
――ソニーには世界的ヒット商品やコンテンツが多数あり、それを生み出した人材がいました。そのような人々は、どのように育ち、表舞台に上がっていったのでしょうか。
日置氏:今と昔でだいぶ事情は異なっているかもしれません。
ソニーのプロダクトは、技術的に尖っている(先鋭的な)ものと、コンセプトで仕立て上げているものがあります。過去を振り返ると、その2つをハイブリッドで回していくことで、マーケットやカルチャーをつくっていきました。
以前は、企画の現場に「ちょっと尖った社員」を入れて、エンジニアと議論しながら企画や商品をつくり、その過程で人が育っていました。これは「プロダクトプラニング」という商品企画に特化した職種で、商品のことを考える人が大事に育てられ、いずれマネジメントに携わるというサイクルがあったのです。
しかし技術が進化した現代では、商品企画の仕事にエンジニア的な知識を要する場面が増えています。
というのも、エンジニアリングやデータサイエンス、分析のバックグランドが必要なケースがあれば、お客さまの声を吸い上げる営業型・マーケティング型を要するケースもあり、プロダクトによって求められるバックグラウンドが異なっているからです。
しかし変わらない風土も存在します。それは今も昔も、ソニーにはマニアックで凝り性な人が多く在籍しているということです。
以前の商品企画には、尖っていて派手なイメージもありましたが、現在はセンスのあるエンジニアが活躍する場面が増えており、「凝り方」の発揮の仕方が変わっていると感じています。
――市場でも「プロダクトアウト」の概念が変わっています。
日置氏:そうですね。市場のニーズが細分化し、ヒット商品は生まれにくい時代となっています。時代と市場が求めているものが変わることで、戦略企画をする人材もその変化に対応しなければなりません。
乱暴な言い方ですが、現在は技術をちゃんと知った人が企画・開発しないと、マーケットのニーズが正しく把握できずユーザーは付いてきてくれないのかもしれません。ですから「エンジニア人材」の求められる領域も多様化していくと思っています。
――多様なビジネスを展開するソニーは、今後どんなことにチャンレンジしていくのでしょうか。
日置氏:現在は6つの主要な事業領域に分かれていますが、これだけで完結するわけではなく、ほかの分野にもチャレンジしています。一つ例を挙げますと、「モビリティ」です。
昨年、本田技研工業株式会社とモビリティ事業を行う新会社「ソニー・ホンダモビリティ株式会社」を設立しました。
ソニーのイメージング・センシング、通信、ネットワーク、エンタテインメント技術などを結集し、新しいモビリティとモビリティ向けサービスの実現を目指しています。グループとしてこの事業をどう支援していくのか、楽しみでもあります。
――ソニーピープルソリューションズの今後の役割は?
日置氏:私たちは、ソニーグループの人事専門組織として独立した事業会社です。人事戦略を専門に考え、実行する組織なのですから、専門性を高め、人事サービスやソリューションの提供を通じて、ソニーらしさ、ソニーの文化継承に貢献していきたいと思います。
――ありがとうございました。
(聞き手:パーソルイノベーション株式会社 取締役執行役員 大浦征也)
【取材後記】
エレクトロニクス事業のイメージが中心だったソニー。ビジネスの多角化により、現在は異なる何本もの「強い柱」が互いに支え合い、グループの強さをもたらしている。
創業者の1人である盛田昭夫氏の「ハードとソフトはソニーグループのビジネスの両輪」という考え方が、時を超えて実現に近づいているように見える。また、それぞれのセグメントでは、多様な「個」が、事業の成長を支えているようだ。
今後もソニーの「快進撃」の続きを注視していきたい。
企画・編集/鈴政武尊・d’s JOURNAL編集部、制作協力/シナト・ビジュアルクリエーション
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