【初心者向け】裁量労働制とは?導入方法は?正しく運用するための基礎知識ー弁護士監修
労働者本人の裁量で、仕事の進め方や労働時間を決定できる「裁量労働制」。「みなし労働時間制」の一つで、労働時間を「実労働時間ではなく、決められた一定の時間働いたもの」とみなす制度です。働き方の多様化とともに導入を検討する企業もある一方で、適用業務が限定されることや導入時の手続きが多く手順が煩雑なことから、導入が思うように進まない企業もあるようです。今回は、裁量労働制の対象業務や正しい導入方法、残業や休日の扱いなど、運用時に注意したいポイントについて解説します。
裁量労働制とはどんな制度?
裁量労働制とは、実労働時間ではなく、あらかじめ設定した「1日当たりに働いたものとする時間分」を労働時間とみなす制度です。設定した「みなし労働時間」に対し、対象の従業員の実労働時間が長かったり、短かったりしても、みなし労働時間分を働いたものとして給与に反映されます。裁量労働制を導入した場合、基本的に企業は従業員の業務遂行の手段や就業時間などに関して、具体的な指示は行いません。労働時間管理を従業員本人の裁量に委ねるため、出退勤時間は従業員自身が柔軟に決めることができます。
裁量労働制は、英語で「discretionary labor system」「discretionary work system」などと表現します。従業員の給与を、時間ではなく成果による評価で決めるという点では、アメリカで生まれ、働き方改革関連法案にて日本にも導入された「ホワイトカラーエグゼンプション」(高度プロフェッショナル制度)と類似した制度ですが、制度そのものの目的や対象業務は大きく異なります。
(参考:『【弁護士監修】高度プロフェッショナル制度概要とメリット・デメリットを解説◆最新版』)
フレックスタイム制との違い
フレックスタイム制とは、「毎日、何時間働くか」「いつ出勤・退勤するか」を労働者一人一人が自由に決めることができる制度です。フレックスタイム制が、業種や職種を問わず就業規則に規定すればどの企業でも導入できるのに対して、裁量労働制は対象となる業務が定められているため、導入できる企業は限られます。
またフレックスタイム制では、必ず労働しなければならない「コアタイム」と労働者が自由に勤務時間を設定できる「フレキシブルタイム」を決めて運用するため、「みなし労働時間」の設定がありません。労働者は、契約に基づいた所定労働時間を必ず労働する必要があり、裁量労働制と比べて従業員の労働時間に対する裁量は少ないと言えるでしょう。
(参考:『フレックスタイム制を簡単解説!調査に基づく84社の実態も紹介』)
みなし残業制度との違い
みなし残業制度とは、実際の残業時間にかかわらず、雇用契約に基づいた一定の残業時間を働いたとみなす制度です。あらかじめ一定の残業代を含めた賃金契約を結ぶため、実際の残業時間が少なかったとしても「みなし残業時間」分は給与として支払います。
みなし残業制度と裁量労働制では、「労働したとみなす時間」の対象が異なります。みなし残業制度における対象は「所定労働時間を超えた残業時間」であるのに対し、裁量労働制における対象は「所定労働時間」と考えるとよいでしょう。
(参考:『【弁護士監修】固定残業代とは?人事がおさえるべき考え方や算出方法・注意点について』)
裁量労働制の種類と適用される職種
裁量労働制は「専門業務型裁量労働制」と「企画業務型裁量労働制」の2種類に分けられます。それぞれ対象となる業務が限定されているため、導入を検討する際には適用職種の確認が必要です。
専門業務型裁量労働制
専門業務型裁量労働制は、労働基準法第38条の3に基づいた制度です。「業務の性質上、業務遂行の手段や方法、時間配分などを大幅に労働者の裁量にゆだねる必要がある業務として、厚生労働省令及び厚生労働省告示によって定められた業務の中から、対象となる業務を労使協定で定め、労働者を実際にその業務に就かせた場合、労使協定であらかじめ定めた時間を労働したものとみなす制度」とされています。対象となる19の業務を以下にまとめました。
●専門業務型裁量労働制の対象となる業務
- 新商品や新技術の研究開発または人文科学や自然科学に関する研究の業務
- 情報処理システムの分析、設計の業務
- 新聞・出版事業における記事の取材または編集の業務または放送番組の制作のための取材、編集の業務
- 衣服、室内装飾、工業製品、広告などの新たなデザインの考案の業務
- 放送番組、映画などの制作事業におけるプロデューサーまたはディレクターの業務
- コピーライターの業務
- システムコンサルタントの業務
- インテリアコーディネーターの業務
- ゲーム用ソフトウェアの創作の業務
- 証券アナリストの業務
- 金融工学などの知識を用いて行う金融商品の開発の業務
- 大学における教授研究の業務(主として研究に従事するものに限る)
- 公認会計士の業務
- 弁護士の業務
- 建築士(一級建築士、二級建築士及び木造建築士)の業務
- 不動産鑑定士の業務
- 弁理士の業務
- 税理士の業務
- 中小企業診断士の業務
(参考:東京労働局『専門業務型裁量労働制の適正な導入のために』)
企画業務型裁量労働制
企画業務型裁量労働制は、労働基準法第38条の4に基づく制度で、「労働基準法で認められる事業場の業務に労働者を就かせたときに、その事業場に設置された労使委員会で決議した時間を労働したものとしてみなすことができる制度」とされています。企画業務型裁量労働制の適用が法律で定められている「対象業務」「事業場」「労働者」についてまとめました。
●企画業務型裁量労働制の対象となる業務
対象業務は、次の4要件全てに該当する業務です。
- 業務が所属する事業場の、運営に関するものであること(対象事業場の属する企業などに係る事業の運営に影響を及ぼすもの、事業場独自の事業戦略に関するものなど)
- 企画、立案、調査および分析の業務であること
- 業務遂行の方法を大幅に労働者の裁量に委ねる必要があることが、業務の性質に照らして客観的に判断される業務であること
- 企画・立案・調査・分析という相互に関連し合う作業を、いつ、どのように行うかなどについての、広範な裁量が労働者に認められている業務であること
●企画業務型裁量労働制の対象となる事業場
対象業務が存在する以下の事業場に限り、導入が可能です。
- 本社・本店である事業場
- 当該事業場の属する企業などに係る事業の運営に大きな影響を及ぼす決定が行われる事業場
- 本社・本店である事業場の具体的な指示を受けることなく独自に、当該事業場に係る事業の運営に大きな影響を及ぼす事業計画や営業計画の決定を行っている支社・支店などある事業場
ただし、「個別に製造などの作業や当該作業に係る工程管理のみを行っている事業場」および「本社・本店または支社・支店などである事業場の具体的な指示を受け、個別の営業活動のみを行っている事業場」は対象外となります。
●企画業務型裁量労働制の対象となる労働者
対象となる労働者は、次のいずれにも該当している必要があります。
- 対象業務を適切に遂行するための知識や経験などを有する労働者
- 対象業務に常態として従事している労働者
(参考:東京労働局『「企画業務型裁量労働制」の適切な導入のために』)
裁量労働制の導入方法
「専門業務型裁量労働制」と「企画業務型裁量労働制」では導入方法が異なります。ここでは、それぞれの裁量労働制を正しく導入するための手順を解説します。
専門業務型裁量労働制の導入方法
専門業務型裁量労働制の導入フローは以下の通りです。
フロー①:労使協定を締結する
まず、制度を導入する事業場ごとに労使協定を締結します。労使協定とは、「書面での労使間の決めごと」のこと。専門業務型裁量労働制を導入すると従業員の働き方や給与体系に大きく影響するため、企業と従業員代表者とで十分協議した上で定める内容を決定します。なお、労使協定の締結にあたっては、適切な手続きおよび選挙が行われないと、労使協定があっても裁量労働制は無効となります。内容に不備がないよう、慎重に進めましょう。
●労使協定で定める内容
①制度の対象業務
②対象となる業務遂行の手段や方法、時間配分などに関し労働者に具体的な指示をしないこと
③労働時間としてみなす時間
④対象となる労働者の労働時間の状況に応じて実施する健康・福祉を確保するための措置の具体的内容
⑤対象労働者からの苦情処理のために実施する措置の具体的内容
⑥協定の有効期間(※3年以内とするのが望ましい)
⑦上記の④および⑤に関し労働者ごとに講じた措置の記録を⑥の期間およびその期間満了後3年間保存すること
このほか、「時間外労働」「休憩時間」「休日労働」「深夜業」に関する内容が、専門業務型裁量労働制対象の従業員とその他の従業員とで異なる場合は、同様に労使協定で規定するとよいでしょう。
フロー②:協定届を作成する
次に、労使協定で定めた内容を基に「専門業務型裁量労働制に関する協定届」を作成します。「業務の種類」の欄は先述した対象業務の中から対象となる業務を選んで記載します。初めて作成する場合は、厚生労働省による記載例を参考にするとよいでしょう。
(参考:厚生労働省『専門業務型裁量労働制』)
フロー③就業規則を変更する
労使協定を締結したら、その内容に沿って就業規則を変更します。労使協定は、罰則の適用を受けないとする「免罰的効力」を持つにすぎません。労働者に対して労働契約を規律する際は、就業規則で規定して初めて「規範的効力」が発生します。企業と従業員間のトラブル防止のためにも、漏れなく整備することが重要です。
●就業規則へ規定しておくべき内容
①労使協定の定めにより、専門業務型裁量労働を命じることがあること
②専門業務型裁量労働制の対象者は、始業・終業時刻の定めに例外があること
③専門業務型裁量労働制の対象者は、休憩時間の定めに例外があること
④休日・深夜の労働を行う場合は、別途申請が必要であること
●就業規則への規定例
第○条 専門業務型裁量労働制は、労使協定で定める対象労働者に対して適用する。
2 前項で適用する労働者(以下、「裁量労働適用者」という。)が、所定労働時間に勤務した場合には、第○条に定める就業時間にかかわらず、労使協定で定める時間労働したものとみなす。
3 前項のみなし労働時間が所定労働時間を超える部分については、賃金規程○条のとおり、割増賃金を支給する。
4 始業・終業時刻は、第○条を基本とするが、業務遂行上の必要に応じ、裁量労働適用者の裁量により具体的な時間配分を決定するものとする。
5 休憩時間は、第○条の定めによるが、裁量労働適用者の裁量により時間変更できるものとする。
6 裁量労働適用者の休日は第○条の定めるところによる。
7 裁量労働適用者が休日又は深夜に労働する場合については、あらかじめ所属長の許可を受けなければならない。
8 前項により所属長の許可を受けて休日又は深夜に労働した場合には、会社は賃金規程○条より割増賃金(残業代)を支払うものとする。
(参考:東京労働局『専門業務型裁量労働制の適正な導入のために』)
(参考:『【社労士監修・サンプル付】就業規則の変更&新規制定時、押さえておきたい基礎知識』)
フロー④:労働基準監督署長へ届け出をする
作成した協定届と改正した就業規則は、いずれの内容も労働者へ十分に周知した上で所轄の労働基準監督署長へ届け出をします。「協定届」は原則、事業場ごとに行いますが、「就業規則変更届」は、複数の事業場がある場合本社で一括して届け出をすることも可能です。
フロー⑤:雇用契約書を更新する
裁量労働制の対象となる従業員とは、新たに雇用契約書の結び直しが必要です。始業・終業時刻および所定時間外労働の有無に関する事項の一つに「裁量労働制」の項目を追加し、労使協定で定めた内容に基づき労働時間を記載しましょう。
●雇用契約書の裁量労働制に関する事項の記載例
・裁量労働制:始業( ●時●分) 終業(●時●分)を基本とし、労働者の決定に委ねる。
・裁量労働制:労働者の決定に委ねる。
(参考:『【雛型付】雇用契約書とは?簡単に作成する方法と各項目の書き方、困ったときの対処法』)
企画業務型裁量労働制の導入方法
企画業務型裁量労働制の導入フローは以下の通りです。
フロー①:労使委員会を設置する
まずは、事業場内に企業側およびその企業の従業員の代表者で構成する「労使委員会」を設置します。労使委員会には賃金や労働時間などの労働条件を調査審議し、事業主へ意見を述べる役割があります。委員の人数に決まりはありませんが、労使1名ずつから成るものは認められません。また、従業員の代表委員が全体の半数を占める必要もあります。
労使委員会の設置にあたっては、日程や手順など必要事項を企業と従業員とであらかじめ話し合っておくとよいでしょう。
●労使委員会設置時の要件
①委員会の委員の半数は、事業場にある労働者の過半数で組織する労働組合、これがない場合は労働者の過半数を代表する者に任期を定めて指名されていること
②委員会の議事において、議事録が作成・保存されるとともに労働者に対する周知が図られていること
フロー②:労使委員会で決議を行う
次に、労使委員会で企画業務型裁量労働制の内容を決議します。決議の要件は、出席している労使委員の5分の4以上の多数による決議が必要です。
適正な決議をするためには、決議にあたって十分な情報を各委員が周知している必要があります。そのため、企業は対象者の賃金制度や評価制度での情報は労使委員会に対して開示するのが望ましいでしょう。
●労使委員会で決議する事項
①対象業務の具体的な範囲
②対象労働者の具体的な範囲
③労働時間としてみなす時間
④対象労働者の健康・福祉確保の措置の具体的内容
⑤対象労働者からの苦情処理のために実施する措置の具体的内容
⑥対象労働者個人からの同意の取得・不同意者の不利益取り扱いの禁止について
⑦決議の有効期間(3年以内が望ましい)
⑧企画業務型裁量労働制の実施状況に関する労働者ごとの記録を保存すること(決議の有効期間中および満了後3年間)
フロー③:就業規則を変更する
企画業務型裁量労働制の導入は、専門業務型裁量労働制同様、従業員の労働時間や賃金に関わることです。そのため、労使委員会で決議された内容は就業規則に規定して従業員に対し十分周知する必要があります。
●就業規則への規定例
第○条 企画業務型裁量労働制は、〇〇株式会社本社事業場労使委員会の決議(以下「決議」という。)で定める対象労働者であって決議で定める同意を得た者(以下「裁量労働従事者」という。)に適用する。
2 前項の同意は、決議ごとに個々の労働者から書面により得るものとする。
3 裁量労働従事者が、所定労働日に動務した場合には、第○条に定める就業時間にかかわらず、決議で定める時間勤務したものとみなす。
4 始業、終業時刻及び休憩時間は、第○条に定める所定就業時刻、所定休憩時間を基本とするが、業務遂行の必要に応じ、裁量労働従事者の裁量により具体的な時問配分を決定するものとする。
5 休日は、 第○条の定めるところによる。
6 裁量労働従事者が、休日又は深夜に労働する場合については、あらかじめ所属長の許可を受けなければならないものとする。
7 前項により、許可を受けて休日又は深夜に業務を行った場合、会社は賃金規程○条により割増貨金(残業代)を支払うものとする。
フロー④:労働基準監督署長へ届け出をする
労使委員会で決議した内容を、所定の様式で所轄労働基準監督署へ届け出ます。企画業務型裁量労働制は労使委員会による決議だけでは導入できず、届け出をして初めて有効な制度となります。就業規則も同様に改正後は速やかに届け出るようにしましょう。
フロー⑤:対象労働者の同意を得る
企画業務型裁量労働制を導入する際は、個別に対象の労働者本人から同意を得る必要があります。同意を得る際は、従業員に対する「十分な説明」や「書面での確認」など、労使委員会で決議された手続き方法に沿って、適正に行います。同意が得られない場合も、労働者に対して解雇や不利益な扱いをしないように注意しましょう。
フロー⑥:制度の実施と、制度導入による手続きを行う
ここまでの手順が完了し、実際に対象となる従業員が対象業務に就くことで、企画業務型裁量労働制が実施できます。導入後には、労使委員会で決議された従業員への措置を講じましょう。例として、「労使委員会で決議する事項」で先述した「対象労働者の健康や福祉を確保する措置」「対象労働者からの苦情処理に関する措置」が該当します。このほか、制度導入後は、労使委員会で決議をした日から起算して6カ月以内ごとに1回、所轄労働基準監督署への定期報告が必要です。
(参考:厚生労働省『企画業務型裁量労働制』)
裁量労働制の運用はここに注意
裁量労働制は残業時間や残業代の考え方が通常とは異なるため、導入後は適切に運用することが重要です。ここでは、正しく運用するために押さえておきたいポイントを解説します。
残業時間の扱い
裁量労働制には「残業」という概念がありません。先述したとおり、裁量労働制はあらかじめ企業側との協定で定めた時間を労働時間とみなす制度です。例として、1日のみなし労働時間を「8時間」と設定した場合、実際に働いた時間が「2時間」や「5時間」など規定より少なくても8時間働いたとみなします。一方で、働いた時間が「10時間」や「13時間」と規定を超過していても、その日の労働時間は8時間と考えます。いわゆる「定時」と呼ばれる一定の始業・終業時間に対する規定がないため、みなし労働時間を超過して労働しても「時間外労働」とは評価されず、時間外手当が生じないのが裁量労働制(深夜、休日は除く)です。
残業代について
週40時間、1日8時間と定められている法定労働時間は、裁量労働制のみなし労働時間にも適用されます。そのため、裁量労働制のみなし労働時間を、法定労働時間「1日8時間」を超えて設定した場合、超過して定めた時間分は時間外労働として扱い、「時間外手当」を残業代として支払います。その場合は、みなし労働時間に基づいて算出した金額を固定残業代として、あらかじめ給与に上乗せしておくのが一般的です。
また、時間外手当は労働基準法第37条第1項により、通常の賃金に25%以上割増賃金の上乗せが必要です。
●時間外手当の割増賃金の計算例
みなし労働時間9時間、1時間あたりの賃金2,000円の場合(割増賃金率:25%)
・1日当たりの法定時間外労働=9時間-8時間=1時間
・1日当たりの時間外手当=1時間×2,000円×1.25=2,500円
ただし、みなし労働時間が「8時間以内」の場合は、実労働時間と関係なく法定労働時間内の労働時間とみなすため残業代は発生しません。
(参考:『【社労士監修】残業手当の正しい計算方法とは?企業が注意したいポイントを簡単に解説』)
休日労働の扱い
従業員が休日に労働した場合は、裁量労働制においても通常の従業員と同様の扱いとなるため、休日出勤手当として労働基準法第37条第1項により35%以上の割増賃金を支払う必要があります。企業独自の所定休日の場合は、みなし労働時間制が適用できますが、法定休日の場合は適用外のため、実労働時間に対して割増賃金を算定しましょう。なお、所定休日に裁量労働制を適用する場合は、労使協定や労使委員会の決議による規定が必要です。
●法定休日に勤務した場合の割増賃金の計算例
1時間あたりの賃金2,000円、法定休日(1日のみ)に午前9時から12時まで勤務した場合(割増賃金率:35%)
・法定休日勤務に対して支払うべき賃金=3時間×2,000円×1.35=8,100円
深夜勤務の扱い
深夜時間帯(夜22時~翌朝5時)に労働した場合も、労働基準法第37条第4項の割増賃金が適用されます。そのため、従業員が裁量労働制のもとに深夜勤務をした場合は、深夜労働時間数に対し25%以上の割増賃金を支払います。
●深夜勤務の割増賃金の計算例
1時間あたりの賃金2,000円、夜10時から翌朝1時まで深夜勤務をした場合(割増賃金率:25%)
・深夜勤務に対して支払うべき賃金=3時間×2,000円×1.25=7,500円
(参考:東京労働局『専門業務型裁量労働制の適正な導入のために』)
休日の扱い
裁量労働制においても、休日に関する規定は労働基準法の定めの通りです。そのため、法定休日は少なくとも毎週1日、または4週間を通じて4日以上付与する必要があります。
代休・振替休日の扱い
従業員が裁量労働制の適用外となる休日に労働した場合、その時間分を代休として扱うことも可能です。しかし、代休は付与義務があるものではないため、賃金精算とすることも可能です。
また、勤務時間を「振替休日」として扱う場合は、その日の労働時間がみなし労働時間に満たない勤務時間であっても、企業が定めたみなし労働時間分は働いたものとみなすため、1日単位で付与する必要があります。
(参考:『【社労士監修】代休-振休との違いは?法律違反にならない設定方法や賃金の計算方法-』)
年次有給休暇について
年次有給休暇は、裁量労働制においても通常の従業員同様に付与します。しかし、裁量労働制の対象となる従業員は出退勤や労働時間が自由なため、全員が規定通りに年次有給休暇を取得しているのか、わからないケースも考えられます。従業員が年次有給休暇を取得する際は、あらかじめ決められた届け出をするよう就業規則などへ規定し、社内で徹底するとよいでしょう。
(参考:『【弁護士監修】有給休暇は2019年4月に取得義務化へ~買い取りルールや計算方法~』)
時間管理の方法
労働時間を従業員の裁量に委ねる裁量労働制ですが、従業員が長時間労働を行わないよう、労働時間を管理する必要があります。勤怠管理が不十分だと深夜・休日の労働に関して把握できず、本来支払うべき割増賃金が未払いとなる可能性があります。そのため、裁量労働制の対象となる従業員も、通常の従業員同様に「勤怠管理システムを利用した出退勤記録」や「従業員へのヒアリング」などを通して、従業員の労働時間を把握するとよいでしょう。
管理職の扱い
労働基準法第41条で「管理監督者は労働時間、休憩、休日の制限を受けない」とされていることから、一般的に、「管理職には残業代が不要」と考えられています。しかし、「部長」「課長」といった管理職としての肩書きがあっても、経営には関わらずに上司の指示で働いたり、出退勤時間を管理されたりする従業員は労働基準法第で定められた「管理監督者」には該当せず、休日・深夜業務における割増賃金が必要です。裁量労働制を適用する場合は、管理職一人一人の立場や業務内容、待遇などを確認し、適切に対応しましょう。
●管理監督者の判断要素
・経営に関わる決定権や部下への労務管理や指揮監督の権限があるか
・労働時間や出退勤時間など、勤務形態について裁量権があるか
・管理監督者の地位に見合った高額な賃金支給などの待遇があるか
在宅勤務の扱い
裁量労働制の対象となる従業員もテレワークなどの在宅勤務が可能です。ただし、オフィス勤務の従業員と比べ在宅勤務の場合は正確な労働時間が把握しにくくなります。そのため、裁量労働制を適用する場合は対象従業員の健康確保の観点から、協定や決議で定めた通りに勤務状況を把握し、適正な労働時間管理を行う必要があります。また、必要に応じて労使協定で定めたみなし労働時間が適正か、業務量や期限の設定が不適切ではないかを労使で確認するとよいでしょう。従業員の時間配分の裁量が失われていないかを確認し、結果に応じて業務量の見直しも必要です。
(参考:厚生労働省『情報通信技術を利用した事業場外勤務の 適切な導入及び実施のためのガイドライン』)
(参考:『【弁護士監修】在宅勤務の導入方法と押さえておきたい4つのポイント◆導入シート付』)
時短勤務の扱い
裁量労働制の対象従業員についても時短勤務が可能です。従業員が育児や介護を理由に時短勤務を申し出た場合は、みなし労働時間ではなく、実労働時間における所定外労働や深夜労働を制限し、短時間勤務を導入する必要があります。裁量労働制に時短勤務を取り入れる場合は、労使で定めたみなし労働時間よりも短いみなし労働時間の適用が必要となるため、労使協定の変更や労委員会による新たな決議を行います。それに伴い、企業が求める目標の変更や、それに伴う賃金の変更などの対応が必要です。
(参考:『【弁護士監修】短時間勤務制度を育児や介護、通院等で正しく運用するための基礎知識』)
副業の扱い
企業が認めていれば、裁量労働制の対象従業員でも副業は可能です。しかし、副業は一般的に休日などを利用して行うため、「本業に支障が出ないか」「従業員の健康管理できているか」といった懸念点もあります。企業は、従業員の健康管理といった観点で定期面談やヒアリングを行い、問題がある場合は改善指導を行うなどして対応しましょう。
裁量労働制のメリット
導入手順も多く、対象企業が限定される裁量労働制ですが、導入することでどのようなメリットがあるのでしょうか。ここでは、裁量労働制のメリットを企業と従業員の両面から見ていきます。
企業にとってのメリット
裁量労働制の導入により、企業の「業務効率化」や「生産性向上」につながります。業務の進め方や労働時間を従業員に一任するため、従業員は自分に最適な方法やペースで業務を進められるのが理由です。
また、必要な「人件費が把握しやすい」こともメリットです。たとえば、次年度1年間の人件費の予測値を立てたいときも、裁量労働制は基本的に残業代が発生しないため早い段階で算出が可能です。企業の支出の中でも大きな割合を占める人件費に対して先の見通しが立てられると、スムーズな事業運営も期待できます。
従業員にとってのメリット
一方、従業員にとってのメリットは「労働時間の短縮」や「ワークライフバランスの実現」が挙げられます。裁量労働制は、通常勤務の従業員に適用される始業・就業時間の適用外となるため、従業員の工夫や業務の処理能力の向上によって、所定労働時間より短い時間で成果を上げられます。それにより給与が減ることもありません。
また、平日の日中でも自分の予定に合わせた時間の使い方ができます。働き方も自由になるので、結果的に仕事とプライベートのバランスを保ちやすくなるでしょう。
裁量労働制のデメリット
裁量労働制には多くのメリットがある一方で、適切な管理が行われないとデメリットや問題となるケースもあります。ここでは、企業と従業員それぞれの視点から見たデメリットを確認しましょう。
企業にとってのデメリット
裁量労働制の導入にあたっては多くの手続きが必要なため「導入時の手続きの煩雑さ」が大きなデメリットです。専門業務型裁量労働制では労使協定の締結、また企画業務型裁量労働制では労使委員会の設置と決議が必要となります。この仕組みについて熟知している担当者がいない場合は、手続きを負担と感じることもあるでしょう。また、給与計算をする際も通常の従業員とは賃金形態が異なるため、扱い方を変える必要もあります。
従業員にとってのデメリット
従業員の業務が思うように進まない場合や、急な対応が多く業務が立て込んだ状態が続く場合は、「長時間労働の常態化」が起こる可能性もあります。この状態が長期化すると、過労などの深刻な問題に発展する可能性もあります。
また、みなし労働時間より多く働いた場合は「残業代が出ない」ことをデメリットと感じる従業員もいるでしょう。そのため、労働時間の管理とみなし労働時間は従業員の業務量や能力とのバランスを見ながら、正確に算定することが重要です。
裁量労働制に関して訴訟に発展した事例
裁量労働制は導入にあたり多くの規定があります。しかし、その規定から外れた場合、裁量労働制が不当だとして裁判に発展するケースが多いようです。
事例①:専門業務型裁量労働制の対象業務外として、未払い残業代の請求が認められた例
8時間のみなし労働時間を採用していた企業に勤務していた元従業員が、裁量外の労働をしていたとして未払い残業代を請求した裁判です。判決の結果、会社に対し未払い残業代の支払い命令が下されました。
原告は本来のシステムエンジニア業務のほか、プログラミングや営業も行っていたことから、裁判では原告の労働の実態が裁量労働に該当するか否かが争点となりました。裁判所は、プログラミングや営業の業務は裁量労働の要件を満たしていないと判断。納期の設定やノルマについても現実的ではなかったこと、業務において拘束性のある具体的な指示があったこと、また裁量労働制の対象者に必要な「健康の確保を図るための措置」も実施されずに過労死認定の基準を超える労働を強いていたことなど、専門業務型裁量労働制の不当適用となる実態があったことが判決の一因となりました。
事例②:税理士資格を持たない従業員に裁量労働制を適用したとして、未払いの割増賃金および付加金の請求が認められた例
公認会計士資格および税理士資格がないにもかかわらず、専門業務型裁量労働制の対象となっていた元従業員が、専門業務型裁量労働制が不当適用であったとして、会社に未払割増賃金などの支払いを請求した裁判です。判決の結果、割増賃金については原告の請求全額相当、付加金については請求金額の約10%の支払いを命じました。
原告は税理士の補助業務を担当するスタッフとして入社し、確定申告に関する業務や土地などの簡易評価の資料作成などを行っていました。しかし、公認会計士資格および税理士資格を有していませんでした。裁判では、専門業務型裁量労働制の対象業務である「税理士の業務」として認められるかが争点となりましたが、裁判所は「専門業務型裁量労働制の対象となる 『税理士の業務』とは、税理士法3条所定の税理士となる資格を有し、同法18条所定の税理士名簿への登録を受けた者自身を主体とする業務が相当である」として、専門業務型裁量労働制の適用外を言い渡しました。
まとめ
従業員の柔軟な働き方を実現できるとして注目されている裁量労働制。企業にとっても、正しく活用することで業務効率化や生産性向上など、多くのメリットが期待できます。裁量労働制の種類によって導入できる企業が異なるため、まずは自社が導入の対象なのかを確認し、正しい手順で手続きを進めることが重要です。導入後は従業員の労働状況や健康状態などにも目を向けながら、ルールを守って裁量労働制を適切に運用しましょう。
(制作協力/株式会社はたらクリエイト、監修協力/弁護士 溝口哲史、編集/d’s JOURNAL編集部)
就業規則フォーマット一式(意見書、就業規則届、就業規則変更届)
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